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【完全改作版】 この世のディテールを書き留めるということ ――白い十字架と午後4時の奇跡

本作は、配信後、大幅に改作した【確定版】となります。

作中に、ニシムラ氏との出会いと再会のディティールを新たに挿入いたしました。これは、机の上で都合よく作り上げた安っぽい嘘ではありません。現実に目の前にありながら、私があえてすくい上げて書かなかっただけの、生々しい事実です。

「神は細部に宿る」と言いますが、作り物の文学が描く細部は、剥き出しの現実の細部の前には全く無力です。あの時、書かずに残しておいた現実を入れなければ、この作品は絶対に完成しないのだという強烈なひらめきがあり、今回の改作に至りました。

嘘偽りのない「語りのリアリズム」が起こす奇跡を、ぜひ最後までご賞味ください。


71歳、二刀流壁打ちテニスのエッセイストhideです。

表現者として生きるなかで、私はハッと思うのです。この世に溢れる一瞬のディテール(細部)を取りこぼさずに、しっかりと書き留めること。それは、なかなか人間にできることではありません。

しかし、人間が生きていれば、その人生にまつわる全ての出来事は、実は奇跡の連続なのです。神様がその時々の奇跡のシーンを、私に見せてくれている。だからこそ私は、自分のアンテナを鋭く研ぎ澄まし、今日私の身に起きた「無限の素材」を、あえてそのまま、即興の問わず語りのドキュメンタリーとして、ここに生々しく定着させておきたいのです。

「神は細部に宿りたまう」とは、実に、このことを言うのです。

私の生き方そのものが紡ぎ出した、ある一日の奇跡の軌跡を、どうぞご賞味ください。

今日は朝早くから用事があって出かけていたんですが、そうですね、1時半頃に帰ってきたんです。

門扉を開けて、ふと足元に目をやると、あのどくだみが目に入ってきて、まるで「私を見てください」と囁いているようです。

一瞬で、その花に目が行きました。

「これは白い十字架だ」

なんて、清々しいんでしょう。目にした瞬間、心と体が一気に清められちゃったんですね。

思わず写真を2枚、撮りました。

4つの花がお揃いで並んでいる写真。


ひとつだけはみ出している花の写真。


どくだみのイメージが変わりますよね。まるで、聖女、という感じです。これは聖なる花です。

お茶にする前は面倒な雑草と思っていたんです。1年間飲み続けて、その素晴らしさに気づいてはいたんです。それが今日はどういうわけか、この白い十字架の花が、突然目に飛び込んできたんです。

私は確信しました。私も妻もこのどくだみ茶にぞっなわけを。どくだみ茶で心と体がしっかり清められるというわけだったんですね。

調べてみると、花の咲くこの5月が、どくだみ茶を作るのに最適の季節だということが分かったんです。妻がどくだみ茶を毎日愛飲するようになったので、その期待に応えて1週間ほど前に、夫婦が2年分飲めるくらいのどくだみ茶を作り上げました。大きな煮干しの袋を再利用したのですが、4袋分できました。1袋にけっこう詰め込んでいるので、夫婦で飲んでも2年分はもつと思うんですけれども。

この再利用のアイデアを教えてくれたのは私の友人です。彼はマメな人で、ほころんだ靴下を手縫いで直しますし、ダブダブのワイシャツも仕立て直しちゃうんです。実に器用で、私と同じく自前の床屋もやってしまいます。使えるものはそれこそ何でも取っておいて、まるで再利用の魔法使いです。彼と出会ったのは1年ほど前ですが、これほど物を大切にする人は初めてです。

神様は素敵な方をプレゼントしてくださいました。そんな彼を真似て、私もこの煮干しの袋で節約しました。我が家ではどくだみ、びわ、よもぎ、それにスギナの4種類の野草茶を常備しているんですよ。

もう耳にタコができていると思うんですけれども、皆さんも花の咲いているこの時期、是非どくだみ茶にチャレンジしてみませんか。白い十字架の花のこのどくだみが、きっとあなたの健康を守ってくれるはずです。

――と、ここまでが私のいつもの「問わず語り」。しかし、なぜこの日、私の目にあのどくだみが「白い十字架」として突如飛び込んできたのか。実は、その門扉を開ける直前、私は運動場で神様からのプレゼントのような、凄まじい奇跡の時間を過ごしていたのです。

時計の針を、午後4時に少しだけ巻き戻させてください。

午後4時頃、私はいつもの壁打ち運動場へ向かいました。ここは遊具のある公園に隣接するように、コンクリートの壁が2面ある場所です。公園に到着したその時でした。水鉄砲を手に、いわゆる「一軍」の群れを引き連れた小学4年生の女の子が、私の横を通り過ぎる、まさにその瞬間に、私に向かってこう言葉を発したのです。

「二刀流」「プロ」「世界大会に出るの?」

私はハッとしました。彼女たちの中で、私が普段から実践している二刀流壁打ちテニスの姿が、しっかりと「凄いプレイヤー」として認知され、一目置かれていたのです。驚きに胸を突かれる私を置き去りにして、女の子とその群れは、運動場を取り囲む公園の道をずっと向こうへと、軽やかに走り去って行ったのでした。

女の子の一群が去った後、今度はここで、ニシムラさんと言う人との出会いが用意されていたのでした。

ニシムラさん、本当に話好きというか、人とのハードルが低いんです。人と楽しくお話しするのが好きっていう感じの人です。気軽におしゃべりして、すぐに友達になれるような、そういうタイプの方なんです。

そのニシムラさん、北関東の、少しのんびりしたところの出身とのこと。工業高校を出て、現場の仕事を色々やってきたんですね。あ、彼は中学、高校では柔道のクラブに所属していたんです。その影響が大きいですね、がっちりした筋肉質の体幹、素晴らしいものがあります。彼は職業を色々変わったんですが、現場の力仕事を続けてきました。事務職よりは、体を使った現場の仕事ということなのでしょうね。

この時代、夫婦は共稼ぎじゃないとやっていけないと彼は言います。もちろん奥様も仕事をしているようです。今日は仕事が休みのようです。日曜日、臨時の仕事をやったので、代休と言っておられました。

水飲み場の近くには小山があります。そこを上ったり降りたり、たくさんの子供たちが遊んでいます。ニシムラさんの長男と次男は、その小山で駆け回っています。

ニシムラさん、語ってくれました。男の子2人が生まれて、3人目の娘が生まれたとのこと。ご夫婦で3人目を期待しておられたんですね。ニシムラさん、可愛くてしょうがないという目をしています。その3歳の女の子がお父さんの肩車。女の子、可愛いですよね。

ところが突然、その女の子が、車がひっきりなしに行き来する、向こうの公園入り口の道路に向かって駆け出していきます。私との話に夢中になっていたニシムラさん、慌てて後ろを追いかけていきます。私も心配で、その後ろ姿を見守ります。ニシムラさん、走る走る。娘さんも早足で駆けているので追いかけるのが大変。道路のところまで追いかけて、なんとか捕まえて戻ってきました。何か遊び道具を取りに、家に向かったようなのです。ニシムラさん、大笑いです。

私が若い時には、土日は自分の趣味とか、好きなことに没頭したりしたんで、ニシムラさんのように子供とあんまり遊んであげていなかったのが悔やまれました。
そこで、ニシムラさんに質問しました。
ニシムラさんはそういうことはありませんか、と。

ニシムラさんが語ってくれました。「今時そんなことやってたら、夫婦うまくやっていけません。私は子供をこういう風に遊んであげたりするし、ご飯だってたまに作ったりするんですよ。ゴミ出し、家の掃除、何でもやります。まあ料理は妻がもっぱらやるので、私は後片付けですね」
ニシムラさん、さらに話してくれました。今は夫婦共働きで、その家計で何とかやりくりできているんです。夫婦仲良くやっていかなくちゃ、これからは無理ですね。世の中の夫婦は、今はそうだと思いますよ、と。

なるほど、ニシムラさんの話を聞いて、自分の時代とは様変わりだなと思います。あーそうそう、ニシムラさん40歳。私の息子と同世代です。

ニシムラさんとそんな話を交わした後、私は自転車を止め、持参した2本のラケットとボール、貴重品の入った黒いリュックサックを背負って壁打ち運動場へと足を踏み入れました。コンクリートのベンチに荷物を置くいなや、その場がすでに満員に近い混雑であることに気づきます。

そこには、私のよく知る小学4年生のスケガワ君がいるじゃないですか。周りの連中も、地元の野球チームの仲間たちです。彼らは壁の左側のスペースを使っていました。私は右側の空いたスペースを借りようかと思案していると、スケガワ君が私に言い放ちました。

「hideさん、会うのは1ヶ月ぶりだね」

「あれそうだったっけ 、1ヶ月も会っていなかったかなあ」

スケガワ君をまじまじと見つめます。

それにしてもスケガワ君、背丈は仲間の中では一番低いけれども、誰にも負けない頑張り屋さんなのです。この日はピッチャーになって、壁のところのバッター めがけて全力投球です。

仲間は5人くらい。彼らはみんな、私の大切な友達です。一斉に私に注目する彼らに向かって、大きな声で話しかけました。

「みんなご無沙汰してるけど、今度一緒に遊ぼうね!」

彼らとは以前、野球を一緒にやったこともあるのです。

スケガワ君の全力投球を見て、私は、「あの壁のところでバッターになって、スケガワ君が投げるボールを思い切り打ち込んでみたいな」と、しみじみ思ったのでした。

そうしているうちに、突然、西の方の空が一気に鉛色の黒い雲に覆われ、空模様が怪しくなってきました。雷はまだ鳴ってはいないものの、雲の模様が「これは間違いなく雷が来るぞ」という不穏な空気を孕んでいます。

スケガワ君が急に叫びました。

「カミナリ、カミナリ、帰ろう、帰ろう!」

彼らが急に帰り支度を始めるのを見て、私も煽られるように焦りました。これは壁打ちテニスどころじゃない。家の窓を開けっぱなしにしてきたぞ、早く帰らなくちゃ! 道具を大急ぎでまとめ、隣の公園の自転車を止めている場所へ向かって、一目散に走り出しました。

しかし、神様が用意してくださった出会いは、まだ終わりではなかったのです。

自転車の方へ走っていく途中、そのさらに奥にある広いコンクリートの広場が目に留まりました。そこには、私がかつてよく話をしていた一人の男の子が、親友らしき仲間と2人で佇んでいました。
顔なじみの彼が、私の姿を見るなり、大きな声で叫びました。

「ユーモア短歌!」

それは、かつて私がYouTuberとして活動していた頃の代名詞。たくさんの子供たちが、親しみを込めて私をそう呼んでくれていたのです。私はつかつかと彼らの方へ歩み寄り、こう告げました。
「これからは、二刀流と呼んで!」
それが、今の私の新しい呼び名だと伝えたのです。

noteでエッセイを書き始めたこと、そのnoteで今グランプリの募集があって魂を込めて精力的に応募していること、去年の8月から始めて今や9万4000人を超えるビューがあること、これからエッセイストとして本格的に活動していくことなどを、熱を込めて彼らに語ったのでした。

中学生になった彼は、私の話をしっかり聞き終わった後、「今あなたは何歳?」という 私の問いに、「中学3年」と答えてくれました。

彼の説明によると、私と彼はもう4年もの付き合いになるのだそうです。
昔は運動場で目いっぱい遊んでいた彼らも、きっとそこは「卒業」したのでしょう。今はもっぱらこのコンクリートの広場で、スケートボードに興じているようでした。

彼はニコニコの笑顔で、「これからもhideさんのことを応援するよ」と嬉しいことを言ってくれたのでした。隣にいた友達も、同じように私のこれからの歩みを応援してくれるようです。彼らのなんだか大人になった温かい視線に触れた時、私は心の中で静かに、しかしきっぱりと確信したのでした。
「ああ、noteでのエッセイは、本当にやりがいがあるなあ」

ただ、ここでちょっと、秘密を打ち明けますね。

迫り来る黒い雲に急かされながら、私が自転車である道を猛スピードで吹っ飛ばして逃げ帰っていた時のことです。
なんと、さっき別れたばかりのあのニシムラさんが、子供と遊んでいるところに遭遇するんですよ。
そこでも私は、ニシムラさんと挨拶を交わしましたよ。

「ニシムラさん、不思議なご縁ですね。これからもどうぞよろしく」

ニシムラさんもまるで子供のような方で、嬉しい「ほほえみ返し」をしてくれます。

神様はこのように、不思議な出会いを用意してくれます。

そうして私はまたペダルを強く踏み込んだのですが、結局、雨は降らなかったんですよ。

なんとか我が家に滑り込みました。急いで西側の窓を閉め切りましたが、東側の窓はまだ開けっぱなしにしておいたのです。すると、その開いた窓から、軽やかで透き通るようなウグイスの鳴き声が、初夏の風と一緒に流れてきて、家の中いっぱいに響き渡ったのです。

「ホーホケキョ」

しみじみと、そのさえずりに一心不乱に聞き耳を立てます。今まで何回も聞いてきたはずの鳴き声なのに、その時はなぜか激しい感動が胸に込み上げてきて、「本当に、その通りの鳴き声だ!」と今更のようにびっくりしてしまったのです。

思わず目を閉じ、耳をすましてその鳴き声を確認するようになぞったのでした。

スマホで調べてみると、ウグイスには春の鳴き声、夏の鳴き声、それに秋の鳴き声があるという事実を初めて知り、その多様さにまた驚かされました。

実は、あの誰もが知る「ホーホケキョ」という艶やかな声は、春から夏にかけてオスが恋を語り、縄張りを守るための、いわば特別な「さえずり」なのだそうです。では、繁殖を終えた秋にはどうしているのかといえば、ウグイスはどこかへ去ってしまうわけではなく、私たちのすぐ近くの藪の中にそっと身を潜めているのです。そして秋になると、まるで舌打ちをするかのように「チャッ、チャッ」と、実に地味で静かな声で鳴き交わすようになります。この秋の風情ある鳴き声のことを、古くから「笹鳴き(ささなき)」と呼ぶのだと知ったとき、私は胸がじんとするほどの深い感動を覚えました。季節の移ろいとともに、あのはなやかな主役が、これほどまでにひっそりと、しかし力強く命を繋いでいるのですね。

この素晴らしい自然の知識は、ぜひ私の読者の皆さんにも、この「問わず語り」の中で最初にお伝えしておきたかった事柄です。

すがすがしいウグイスの鳴き声にそっと促されるようにして、私は同じ日本の情緒を感じる、和の食事を作ろうと思い立ちました。今夜は蕎麦です。

お湯を沸かし、蕎麦を丁寧に茹で上げます。そして、今日の午後4時に公園へ行くよりも前に、90歳の親友の女性の畑からたっぷり頂いてきた、みずみずしい「明日葉」を茹でて添えました。彼女はいつも「好きなだけ持って行きなさい」と、笑顔で私を送り出してくれる、本当に素敵な女性です。

今夜の蕎麦の具材(中身)は、贅沢で、私の健康の源が詰まっています。
明日葉、大根おろし、梅干し、黒酢、黒ごま、それに大根の千切り。
そして、ゆで卵ではなく「蒸し卵」も欠かせません。グローブというタジン鍋を使ってじっくりと蒸し上げた卵なのです。

この滋味溢れる健康的なお蕎麦をゆっくりと口に運びながら、今日一日の出来事を振り返っていました。ああ、今日も公園で、たくさんの子供たちと最高の交流ができて本当に楽しかったな。私はこれからも、二刀流壁打ちテニスのエッセイストとして、彼らと世代を超えた本当の「友達」として、対等に付き合っていける。その生き方こそが、私の財産なのだ。

夕食のお蕎麦の、なんと美味しかったこと。
そしてふと外を見ると、あれほど私たちを脅かしていた「夕立の雷」は、結局、もたらされることなく、どこかへ去っていったのでした。

自分の足で立ち、自然の恵みを身体に取り入れ、子供たちから嘘のないエールを受け取る。
この濁りのない健康的な生活の営みがあるからこそ、私の門扉の足元でひっそりと咲くあのどくだみの花が、私を清める「白い十字架」として、神様の視点のように真っ直ぐ私に飛び込んできたのでしょう。

私はこのようにして 日々の感動をいただくのです。
エッセイストは、もはや私の天職と言っても過言ではありません。

(2026年5月13日 水曜日 晴れ)


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