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71歳、身体の宇宙が目覚める 〜二本の竹と無限の自由〜


71年という長い時間を、私はこの身体と一緒に歩んできました。それなりに自分の身体のことは知っているつもりでしたし、動かし方の限界も分かっているつもりでした。しかし、人生にはまだ、想像もしなかった「初めての感動」が待っているものです。

最近、私はある運動に出会いました。

手にしたのは、30センチほどの長さの、二本の竹です。右手と左手、それぞれの手に一本ずつ。片手で持ってもずっしりとした、ある程度の心地よい重みがあります。

まず、両足でしっかりと大地をつかむように立ち、スクワットをするように深く腰を落とします。そして、二本の竹を両手に握り、ゆっくりと動きを始めていくのです。

ここには、決まったルールや「こう動かさなければならない」という限定は、いっさいありません。

ある時は、テニスの片手バックハンドを描くように一歩を動かし、もう片方が自然とそれについていく。またある時は、右へ、左へ、中央からぐっと立ち上げ、そこから両腕を大きく反対の方向へと開いていく。

それぞれの竹が、まるで独自の意志を持っているかのように、あらゆる角度、あらゆる方向へと自由自在に動いていきます。

制限から解き放たれ、ただ竹の重みと身体の声に身をまかせる。

すると、どうでしょう。

身体の奥の奥にある筋肉が、みるみるうちに、一枚一枚はがれるようにほぐれていくのです。これまで味わったことのない感覚でした。ストレッチとも、これまでのどんな体操とも違います。

「ああ、私の身体の筋肉が、うごめいている」

そう、実感するのです。眠っていた細胞のひとつひとつが、パチパチと音を立てて目を覚まし、それぞれの意思を持って動き出すような、そんな不思議で愛おしい感覚です。71歳にして、自分の身体がこれほどまでに解放され、自由になれるなんて、思いもしませんでした。

全身の細胞の隅々まで、自分の神経が行き渡り、その瞬間、私はまるで宇宙とひとつに、神とひとつになって対話しているかのような、大いなる一体感に包まれるのです。この年齢だからこそ、型にはまらない「限定のない動き」の心地よさを、一つの確かな「知覚」として深く捉えることができるのかもしれません。

もし、あなたが「もう歳だから身体が硬くなるのは仕方がない」とか「正しい運動をしなきゃいけない」と感じているなら、どうかその枠を外してみてください。私たちの身体には、まだまだ持ち主すら気づいていない、豊かな可能性の宇宙が広がっています。

二本の重みある竹(500ミリリットルの水の入ったペットボトルでも構いません)を手に、ただ自由自在に遊ぶだけで、身体はいつからでも、どこからでも、新しく生まれ変わることができるのです。

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