志ん朝と圓生、二つの名人芸の狭間で
71歳、二刀流壁打ちテニスのエッセイストhideです。今日もスイッチオンして、音声朗読で心地よく聴いてくださいね。ちょっと私の頭の中の記憶の引き出しを覗いて、昔の田舎の古い新聞を開いていたあの頃まで、カメラのレンズをズームバックしてみてください。そういえばあの時代、新聞の広告欄には三遊亭圓生師匠の落語全集の広告が、本当にずいぶん頻繁に載っていたなぁという景色を思い出すんですけれど、私の妹はなんと独身時代からその広告を見て、カセットテープをコツコツと集めて熱心に聴いていたそうなんですよね。
当の本人の私はというと、ずいぶん後になって結婚もして、世の中がYouTubeの時代になってから、ようやくパソコンやスマホの画面をトントンと叩いて圓生師匠の落語にじっくり出会ったわけなんです。けれどお話はここから、カメラが次の世代の新しい真打ちとして現れた、古今亭志ん朝師匠の方へと鮮やかに切り替わっていきます。お父さんである五代目 古今亭志ん生師匠のような、どこかもぐもぐとした愛嬌のある語り口とは全く違って、息子の志ん朝師匠の落語は江戸っ子らしくて本当にスパッと切れ味が鋭くて、聴いているだけで目の前の景色がピカピカと動き出すような天才の輝きに満ち溢れていたんです。
私はその明快な語り口に目が眩むような衝撃を受けて、それからはもう志ん朝師匠のあれやこれやの演目を、毎日それこそ夢中で聴き漁る時間へとワープしていったわけなんです。でも、あんな天才が60歳という若さでお酒のために早死にされてしまったのは、本当に可哀想というか、もっと身体を大事にして欲しかったなぁと、今でも胸がキュンと痛むほど惜しまれてならないんですよね。そうやって志ん朝師匠のスピード感に散々酔いしれて、演目もほとんど聴き終えた私なんですけれど、最近になって「もう志ん朝は卒業だな」という静かな一区切りとともに、カメラのピントがまた不思議とあの圓生師匠の方へと戻っていったわけなんです。
ここでカメラの広角レンズをぐーっと引き上げて、昭和の落語黄金期を支えた、あの伝説の「3人トリオ」の姿を上空からくっきりと照射してみましょうか。1人目の古今亭志ん生師匠は言葉の端々から愛嬌がぽろぽろとこぼれ落ちるような天衣無縫な魅力ですし、2人目の八代目 桂文楽師匠は羽織を脱ぐ角度まで1ミリの狂いもない美術品のような定点観測の極致。けれどその2人を並べて凝視してみても、やはり今の私の目がどうしても離せなくなってしまう、圧倒的なナンバーワンは三遊亭圓生という人の話芸なんですよね。
あの奥深い江戸の言葉をロングのカメラでずーっと回し続けるように、途中で一言もつっかえることなく、ずずずい、トントントンと、どこまでも淀みなく語り続けていく。舞台の上に何人もの登場人物が現れては、声のトーンや指先の動き一つで完璧に演じ分けていくあの圓生師匠の客観的な写実性を前にしたら、もう鳥肌が立つような感動に包まれてしまうわけなんです。私はその姿をじっと見つめながら、これからの私のエッセイも、自分という自意識を消し去って、世界の隅々までカメラを言葉で回し切る「動的観測の極北」へと軸を足して進んでいくぞと、今ここに晴れがましく決意しているところなんですよね。
