「根付く」ということ
紫御殿の切り花が、もう半年以上も花瓶の中で息づいています。

だいぶしなだれかかっているものもありますので、 ここらで整理してみようと思い立ちました。
6本ありますが、根っこを出して、根付いているのは2本だけ。
この2本 、びっくりするくらい 青々です。
根っこの勢いはかなりのものがあります。

それにしても、根っこがないにもかかわらずこの4本 、随分と 頑張ってくれました。
「ご苦労様」と言いながら……ごめんなさいね……
「根付く」ということは、どういうことなのでしょうか。
この2本、 半永久的に生き続けるのでしょうか。
私のあげる、毎日の水換えで……
昨日、中学時代の友人から、同級生の訃報が届きました。
同級生140名のうち、亡くなったのは16名
思わず中学時代のアルバムを取り出してきました。
このアルバムは私にとってとても貴重なものなのです。
中学3年生の時を思い出します。
アルバムを持って帰って、その扉ページに、住所と名前を、万年筆で記入したのでした。
喜び勇んで 書き入れたのですが、気持ちがうわついていたのか、落書きのような署名になってしまいました。
貴重なアルバムに、心底、「なんてこと、落書きをしてしまった!」と、後悔の思いがひとしお だったのでした。
「あー 書かなければよかった!」
その時の切ない気持ちが、昨日のことのように 鮮明に思い出されます。

さて、 そのアルバムのページをめくって、亡くなった方を一人一人を確認していきます。
3年1組35名、亡くなったのは2名の男性
3年2組35名、亡くなったのは8名、うち女性2名
3年3組39名、亡くなったのは3名の男性
3年4組35名、亡くなったのは3名の男性
亡くなった一人ひとりの顔を見つめます。
病気だったのか、事故だったのか。
彼はあの時、あの運動クラブに入っていたなあ。
彼は柔道部の主将で、郡の大会でも優勝したのではなかったか。
女性2名を含む16名もの仲間が、もういない。
ある人は、私のようにやっと子育てを終え、これからという人もいたことでしょう。
『ルバイヤート』の一節を思い出します。
「この瞬間を幸せに過ごしなさい。この瞬間こそがあなたの人生です」
人生の一瞬一瞬を、しっかり噛み締めて生きていかなければ。
16名は まさに中学時代の その面影のままです。
16名の魂に向かって、お祈りを捧げます。
私も、この根付いている紫御殿のように、これからも 青々と、みずみずしく生きてゆきたい。
病に倒れることなく、日々喜びに満ち溢れて、子供のように、満願の笑顔で、楽しく生きてゆきたい
生きるとは何なのか!
この地上に命を受けて、創造主の御心を叶えて生きるということなのであろう。
私のこれからの人生は定まった。
120歳現役!
二刀流壁打ちテニスで心と体をしっかり鍛えてゆく。
今住んでいる この村で、全ての人たちと分かち合いをしてゆこう。
そして 去年の8月から始めたnoteのエッセイ。
ライフワークとして、未知なる人々と魂の分かち合いをしてゆこう。
それこそは、私にとって「生きる」ということ。
紫御殿のように根付いて、地に足をつけて、しっかりと生きてゆくこととしよう。
「根付く」とはこういう生き方を言うのか!?
一2026年(令和8年)4月16日木曜日は晴れ
