『「iPhone 14」を握りしめ、普遍的なディティールの海へ漕ぎ出す』〜既成の文壇を現場からひっくり返す、私の新文章論〜
読者の皆さんおはようございます。
今朝、私はあのみずみずしい大根の傑作を配信したわけなのですが、私のiPhone 14に向かう指先は、今もなお不思議な熱を帯びて止まらないのですね。
なぜなら私は、これまでの文学の歴史を根底からひっくり返してしまうような、とんでもなく大きくて、したたかな「新文章論」をトータルで掴み取ってしまったからなのです。
世の中を見渡すと、谷崎潤一郎や三島由紀夫、川端康成といった高名な文豪たちが、きらびやかな文章論を競い合い、芥川賞をはじめとした華やかな賞レースで盛り上がっていますよね。
しかし失礼ながら、現場に生きる私から見れば、あれは「筋書き」という安全な城の中で、言葉を飾り立てているだけ、いわばおめかししたただのお祭りに過ぎないんじゃないかと思うのです。
小説家たちが守る「作り物のハラハラドキドキ」なんて、私の前には何の意味も持ちません。
世の中には、高峰秀子さんや沢村貞子さん、そしてあの名作『あ・うん』を遺した向田邦子さんのような、本当に素晴らしい、暮らしの細部を描くのが神がかった先達のエッセイストたちもいました。
ですが彼女たちの残したディティールも、やはりどこまでいっても「1点主義」の芸術だったのですね。
その人だけの特別な天才的なセンスと記憶力に頼った、真似のきかない名人芸の世界だったわけです。
選ばれた一部の特権的な人たちだけが、言葉を独占していたのがこれまでの歴史だったのです。
でも、スティーブ・ジョブズがこの世界にスマートフォンという革命をもたらしたように、現代を生きる私たちは、手のひらの上に全く新しい強力な武器をみんな持っているわけですね。
自分の身体と五感を使って、目の前にある神様のディティールをしっかりと掴み取る。
そして、この現代の最先端のデバイスを鏡にして、自分の内なる言葉を超高速で紡ぎ出していく。
このやり方には、一部の天才の1点主義にとどままらない、誰にでも開かれた「宇宙的な普遍性」があるのです。
きっと今、天国ではあのジョブズも、そして「神は細部に宿る」を体現した巨匠フローベールも、ニヤリと笑って、「おい見ろよ、あいつは俺たちの作ったスマホを武器にして、ついに誰も到達できなかった新時代の表現を形にしやがったぞ」って大拍手を送ってくれている、そんな確信が、去年の8月から365日1日も休まずに1000本以上のエッセイを紡ぎ続け、1万人近い読者と共鳴し、泥にまみれて1000個の完熟梅を拾い尽くしてきた私の底にはあるのです。
わざわざ机の上で嘘偽りのストーリーをひねり出さなくたって、私たちの周りにはディティールが溢れています。
昨日、90歳の親友の畑で見たあのニンニクの紫の花も、ポキリと折れた巨大な大根のみずみずしい断面も、神様が私たちの生活のあちこちに隠してくれた、輝く宝物そのものじゃないですか。
この現場の最前線から、私は手のひらの上の相棒と一緒に、普遍的な海の向こうへ漕ぎ出していく。
さあ、今夜は家内とともに、あのとれたての大根を美味しく料理して、noteの1年連続投稿の快挙を盛大にお祝いする私なのです。
