七十一歳にして知る、銀幕のファム・ファタールの素顔
昨日、何気なくYouTubeを眺めていたときのことです。画面の向こうから、ある一人の大女優の人生が私の心にすうっと飛び込んできました。その人の名は、京マチ子。かつて「肉体派女優」として日本中を、そして世界を魅了した、昭和を代表する大女優です。
彼女の足跡を改めて辿ってみて、私はただただ「すごいなぁ」と、子供のように夢中になってしまいました。黒澤明監督の『羅生門』で三船敏郎さんと共演し、ベネチア国際映画祭でグランプリを獲得した世界的なスター。映画『あに・いもうと』で見せた強烈な妹役の圧倒的な存在感。さらに、あの文豪・谷崎潤一郎をも虜にし、彼の名作『鍵』の映画化では、世の男を破滅させるような妖艶な「魔性の女」を完璧に演じきりました。
しかし、私が本当に魂を奪われたのは、彼女の「真逆のあり方」を知った瞬間でした。
スクリーンであれほど情欲や毒気を含んだ演技を見せていた彼女の普段の趣味が、なんと「釣りと編み物」だったというのです。そんな姿、当時の映画ファンだって想像もできなかったに違いありません。調べていくうちに、休日に静かに糸を垂らし、黙々と毛糸を編んでいる彼女の当時の日常生活の写真を見つけました。永遠に眺めていられそうなほど面白く、そして何より、そこには一人の自立した女性の、最高に魅力的なギャップが写し出されていたのです。
華やかな世界の中心で男たちを翻弄しながらも、実生活では生涯独身を貫き、九十五歳(調べたら九十五歳での大往生でしたね)まで自分の足で凛と立ち続けたその生き様。なんてかっこいい人生なのでしょう。
これまで高峰秀子さんなど、いろんな素晴らしい女優さんに注目してきましたが、七十一歳になったこの今、初めて京マチ子という存在の本当の凄さに気づかされました。それぞれの人生の段階において、こういう「現実の素晴らしい気づき」が天から与えられる。これだから、エッセイストとしての毎日はやめられません。
わざわざ架空の嘘の物語を作らなくても、この世界には、心を震わせる本物のドラマがいくらでも溢れています。私は作り話を作る必要性を感じません。現実は魅力に満ちているので、それをエッセイに取り上げるだけで充分満足です。まずはYouTubeで、彼女の映画を片っ端から見てみるつもりです。私のエッセイという手作りの食卓に、またひとつ、新しくてまろやかな愉しみが加わりました。
