エッセイは、「ネタ」より「人」
71歳、二刀流壁打ちテニスのエッセイストhideです。
去年の8月からnoteでエッセイを配信し始めて、あっという間に9ヶ月が過ぎました。
その間、9万を超えるビューと、9000のスキをいただき、作品は1000近くになります。
「そんなペースで書いたら、すぐにテーマがなくなっちゃうでしょ?」
つくづく、皆さんそう思われるんじゃないですか。
ところが、そんなこと全然ないんですよ。
テーマなんか、これっぽっちも心配しちゃいません。
だってそうじゃないですか。
生きていれば生活の中で「あ、これいいな」「これ美味しそうだな」って、様々な関心事がいっぱいあるでしょう。
子供のように何でも興味を持っているから、ネタに事欠くことはありません。
知りたがり屋のおさるのジョージ。
あれと私は、本当に同じなんですよ。
だから、1日に2本も3本もエッセイが書けちゃうんです。
noteの書き手を色々見てみますと、確かに「この話題、面白いなあ」というのはあります。
でも私は、話題やテーマが先行する書き手にはなりたくない。
むしろ「この人の語り口だから面白いな」と思われる、そういうエッセイストになりたいと最近思っているんです。
落語で言えば、古今亭志ん朝なんか最高ですね。
彼の演目は、まあ言っちゃなんですが、どれでもいいんですよ。
演目よりも、彼のあの独特の語り口。
あれが大好きなんですよね。
プロレスも、私は好きなんです。
昔はジャイアント馬場やアントニオ猪木をよく見ていました。
これも、どっちが勝った負けたという結果はどうでもいいんですよ。
やってる中身、魅せる芸が面白ければいい。
私は、ジャイアント馬場よりもアントニオ猪木が好きでした。
猪木って、いろんなことを仕掛けるでしょ。スピードもあるし、細かいテクニックもある。
少し前、YouTubeでアントニオ猪木とビル・ロビンソンの試合が見れたんですよ。
あれは僕の中で最高の試合で、もう二度と見られない名勝負です。
あの二人の、目まぐるしいテクニックのやり取りは本当に最高でした。
勝敗の先にある、あの息をのむようなプロの技の応酬。
見ていて本当に面白い。
これって、古今亭志ん朝の落語とそっくりだと思いませんか。
ちょっと、こんなことを言ったら驚かれるかもしれませんが。
私、エッセイじゃなくたって、別に何でも良かったのかもしれないんですよ。
音楽が好きだから音楽家になりたかったし、本当は声楽家になりたいなと思った時もありました。
絵に手を広げたこともあります。
それが最近ですね、二刀流壁打ちテニスのバックハンドをやり続けていけたら、何か知らないけれど身体ができてきちゃったんですよ。
そしたら、口笛が吹けるようになった。
あれには自分でもたまげた。
もしかしたら、口笛奏者の専門家にもなれるかもしれないぞ、なんて本気で思っているんです。
ですから私、何もエッセイだけにこだわるつもりはありません。
自由に何でもやりたいんですよ、あれもこれも。
神様がこれしなさい、と言ったら、私は何でもやっちゃうんですよ。
……ということで、またエッセイの話に戻りますね。
やっぱり、エッセイはテーマじゃないんですよ。
テーマよりも、その人の語り口、その人から滲み出る味わいが大切なんです。
私にとってエッセイは、何でもできちゃう場所。
「あれーこれ面白いなあ」「こっちもいいぞ」「そうかそうか、こうすればいいんだ」
私の内側からいろんなアイデアが湧いてくるから、ネタなんか切れません。
テーマやネタが大事なのではない。
私のこの「好奇心」がエッセイに乗り移って、そのまま現れていれば、それでいいんですよ。
それが読者にとって、楽しい語り口になっていればいいじゃないですか。
めざせ、古今亭志ん朝。
めざせ、アントニオ猪木。
というところですかね。
(2026年5月27日 水曜日 曇り)
