昼はフェデラー、夜は紙パッド
〜120歳現役テニスプレイヤーの「二刀流」の流儀〜
朝の6時半になると、そのグラウンドには近所のシニア層が40人も集まり、ラジオ体操が始まります。仲間たちと気さくにお喋りを楽しむ時間は確かに素晴らしいものですし、私もたまにはその輪に入って友達として言葉を交わします。
そんな穏やかなグラウンドの風景の中で、私はふと、昨日読んだYahoo!ニュースの記事を思い出していました。お笑いタレントのやしろ優さんが、「走るロケがあると分かると、大人用のオムツをして挑んでいる」とテレビで赤裸々に告白したという記事です。
世間は若い女性の告白に驚くかもしれませんが、私はそれを読んだとき、「これは決して他人事じゃない。みんな本当に大変な思いをしているんだよなあ」としみじみと感じ入ってしまいました。
そして、グラウンドで笑顔を交わしながら軽快に体を動かしている、70代、80代の男女の姿をまじまじと見つめ直したのです。
毎朝こうして元気そうに集まってくる彼ら、彼女らだって、実際はどうなのだろうか。
「実は夜寝ているときに漏れてしまうから紙パッドが手放せない」「下手すると昼間だって怖くて仕方ががない」と、誰にも言えない秘密を胸に抱えながら、必死にこの場所へ足を運んでいる人もたくさんいるのではないか。そんな想像が、私の頭をよぎりました。
気になって少し調べてみると、そこには案の定、表には出ないシニア男女の生々しい現実の違いが隠されていました。
世の中のシニア女性というのは、本当に賢いものです。彼女たちは骨盤底筋の構造上、60代の比較的早い時期から尿もれを経験する人が多い。しかし、それを「老い」と嘆いて引きこもるのではなく、かつての生理用ナプキンの延長のような感覚で、実にあっさりと、側からは分からないように軽やかに紙パッドを「生活の知恵」として使いこなしているのです。経験者の半分近くが、すでに賢く自分を守っています。
それに引き換え、私たち男性はどうでしょうか。
「おむつやパッドのお世話になるなんて、男のプライドが許さない」
そんな見栄や意地が邪魔をして、ズボンの内側でジワジワと漏れる「追っかけ漏れ」に本気で悩み、怯えながらも、限界の限界まで見ない振りをし、対策を拒み続けている。パッドを使えている男なんて、女性の半分にも満たないのが現実なのです。
みんな、格好をつけて笑っているけれど、本当は一人でズボンを気にして、夜の布団を気にして、張り裂けそうな思いをしているのではないか。
しかし、この尿もれという問題は、シニア男性にとって「前立腺がん」という命に関わる大きな病と直面したとき、さらに残酷な罠となって、私たちの人生に襲いかかってきます。かく言う私も、65歳のときに、まさにその運命の分かれ道に立たされた一人でした。
現代の医療現場では、前立腺がんと分かった途端、多くの病院が最新鋭のロボット手術『ダヴィンチ』を熱心に勧めてきます。しかし、これこそが大きな罠なのです。病院側には、莫大な本体価格や維持費、ランニングコストを回収しなければならないという「経営の論理」があるのです。彼らはビジネスのために、こぞって手術を勧めてきます。
このダヴィンチの裏事情は、権威ある私の主治医が、私の体をおもんぱかって密かに教えてくれた医療現場のリアルでした。それを聞いた妻も「あなたのためにそこまで尽くしてくれる先生なら、信頼して大丈夫よ」と太鼓判を押してくれたのです。
そういうわけで、その病院側の勧めを鵜呑みにして簡単に受け入れてしまえば、待っているのは「QOL(生活の質)の著しい低下」という、人生の破滅です。前立腺を丸ごとくり抜かれ、尿道をズタズタにされた結果、術後は昼も夜も関係なく「四六時中、紙おむつが当たり前」の生活に一瞬で叩き落とされるケースがどれほど多いことか。さらに全摘手術には、手術中にがん細胞が他の場所へ飛んでいくという恐ろしい影さえつきまとうのです。
テレビや新聞は著名人たちの前立腺がん克服を華やかに報じ、世間は最新ロボットでの全摘を盲信しますが、その裏側で、彼らがどれほど泥臭く、プライドをずたずたにされる私生活の現実に直面していたか、世間は何も知りません。
世界的演出家の宮本亞門氏は、術後4ヶ月間も激しい尿漏れが止まらず、ドラッグストアのおむつ売り場で「おじいちゃんのイラスト」のパッケージを前に、男の強烈な屈辱感から何度も何度も、ただ虚しく売り場を素通りし続けたというプライドの葛藤を明かしています。
大河ドラマを手がけた脚本家の三谷幸喜氏も、多忙な執筆の中、椅子から立ち上がろうとした瞬間にチョロッと漏れてしまう情けなさに直面しました。舞台の稽古中もズボンの内側がオムツでモコモコと膨らみ、「周囲にバレてはいないか」とそればかり気にして物悲しかった日々を振り返っています。
そして、あの国民的大スターである西川きよし氏が病室でオムツを穿かされて横たわっている姿を見た、妻のヘレンさんの身が引き裂かれるほどのショック。だからこそ彼女は、涙の記者会見で「主人は今、オムツ生活を余儀なくされています」と声を震わせて公表せざるを得なかったのです。
医学的なデータを見れば、全摘手術をしようが、私のように体内に放射線を埋め込もうが、初期がんにおける非再発率はどれもほぼ同じ。それなのに、彼らのような一流の男たちでさえ、病院の提示する『ダヴィンチ』という看板を鵜呑みにし、これほどまでに過酷な苦痛を味わわなければならなかったのです。
毎日2時間、左右の腕でフェデラーのバックハンドを炸裂させている私が、もしもその罠に嵌まっていたら、テニスプレイヤーとしての人生は一瞬で破滅していたでしょう。だからこそ私は、病院のビジネス論理を拒絶し、インターネットの海へ潜りました。3ヶ月間、文字通り狂ったように調べ尽くしたのです。
パソコンにかじりつき、あらゆる治療法を比較検討した結果、後遺症が最も少ない「小線源治療」に焦点を定めました。藁をも掴む思いで、この治療で後遺症なく田舎で農業を営む方の個人サイトをついに見つけ出し、その方とはLINEで友達になっていただきました。3ヶ月間、その方は、右も左もわからない私の相談に、親身になって応じてくれたのでした。最終的に3人の信頼できるお医者さんが候補に登りました。そのうちの1人に焦点を当て、私は自分の目で徹底的に調べ上げたのです。こうして、ついにその名医にたどり着いたと言うわけなのです。
その名医は、「小線源治療」の将来を担う、まさに医学界の希望の星でした。
この小線源治療は、2003年に日本で保険適用が認められ、さらに2014年に適応基準が大幅に拡大されて多くのシニアに道が開かれた救世主だったのです。最も身体への負担が少なくQOLを維持できるこの治療法は、医師の極めて高度な『職人的技術』が必要とされます。
さらに私は、病院側が保険診療に上乗せしてくる不審な「特別別途料金」というお金の仕組みまで、徹底的に把握していました。実はこの問題、国会でも長年取り上げられてきた医療現場の理不尽な悪習であり、私はその国会答弁の中から、この不条理を退けるための「公式の解決文言」をあらかじめ完璧に探し出し、脳内に叩き込んでいたのです。
手術直前、案の定、病院の会計窓口で「特別別途料金が加算されます」と告げられました。多くの患者が病の恐怖から言いなりになるなか、インターネットで調べ上げたあの「公式の解決文言」を武器に、私はズバリと言い放ったのでした。「これは治療法として本来、病院側に隔離すべき義務があるのであって、私が望んだことではないので、加算分は払いません」と。窓口の担当者は私の正論に一瞬怯み、その場で一旦保留し、上司と相談した結果、「……あなたの場合は、はっきりと意思を表明されたので、今回は加算なしで手術させていただきます」と静かに告げたのでした。病院側のシステムに対して、私の知性が完全勝利を収めた瞬間でした。
しかし、窓口を一歩離れた瞬間、私の脳裏に情けないほどの不安がよぎったのです。
「もしこの話が主治医に伝わって、『うるさい患者だから手術で手抜きしてやろう』なんて思われたらどうしよう……」
今思えば、会計窓口がわざわざ主治医にそんな告げ口をするわけはあり得ません。病院のシステム上、主治医に告げ口する必要の全くない情報なわけなのに、これから体に針を刺される当事者の私としては、大真面目で、張り裂けそうなほどリアルな恐怖だったのです。そんな自分自身の小ささに、後になってクスッと笑ってしまいました。
結果、余計な上乗せなしの「最低限の正規料金」で最高峰の治療を受け、5年が過ぎた今、PSA値は完全に正常。あのとき恐怖に震えながらも病院の罠を跳ね除け、自分の人生のQOLを守り抜いたのです。
病の恐怖に怯え、病院の言いなりになって余計なお金を払い続けている医療現場にあって、私のこの歩みは、正しい情報を武器にすれば病院と対等に渡り合えるのだという、暗闇に差し込む最高の「福音」になるはずです。
毎日2時間の激しい壁打ちに命を燃やし、夜クタクタになって熟睡すると、治療の影と肥大体質が相まって、今は夜だけ紙パッドの力を借りています。しかしこれは「老いへの降伏」などでは断じてなく、一流の著名人たちがダヴィンチの餌食となって私生活の大激変に苦しむなか、医療の闇に流されず、名医を勝ち取り、病院の会計の罠すらも自らの知性とちょっとした怯えで突破した男の、誇り高き『勝利の勲章』なのです。
昼はテニスのラケット、夜は紙パッド。
この「二刀流」の流儀こそが、現代のシニアが品格を保ちながら、120歳までアクティブに生き抜くための最強の知恵なのです。
