1000個の梅干しと14皿の命 ―― 71歳主夫の「120歳現役」宣言
序文:矢車草の招待状
生涯現役で畑を守り抜く、九十歳のあなたへ。
七十一歳の二刀流壁打ちテニスのエッセイストhideです。この村に越してきて十六年、私はずっと、畑仕事に精を出すあなたの背中を見つめてきました。菜の花畑の中で働くあなたの背中に、慈愛の光を感じています。

「お金を忘れたら、ツケでいいからね」
「好きなだけ持って行きなさい」
損得などどこ吹く風。分け隔てなく愛を配るあなたがこの令和の世に実在することに、私は魂が震えるのを感じていました。畑を彩る矢車草、それはあなたの「愛の結晶」そのものです。四月、この愛の結晶を食卓に飾り、私は妻と楽しんでいます。自然の自生する野菜と、あなたが育てた安心な野菜。これさえあれば、「百二十歳現役」は夢ではなく、確かな現実になります。


本日、私は厨房に立ち、「十四の皿」を用意しました。百二十歳現役という、果てなき旅立ちのための宴(うたげ)です。生けた矢車草が料理を静かに見守っています。一皿一皿に、私の人生と祈りを込めました。これは、新しい「いのち」の門出を祝う儀式なのです。どうかご一緒に、心ゆくまでご賞味ください。

第1幕:覚悟と土台(日常の風景)
第一皿:夜明けのどんぶり味噌汁
私が主夫となって一番悩んだのは、これからどうやって食事を作っていこうか、ということでした。料理の勉強をしたわけでも、妻に習ったわけでもありません。
さあ困った、どうしようか。
ふと思いつきました。「味噌汁とご飯があれば、それだけでいいんじゃないか?」と。あっけなく肩の荷がおりました。その味噌汁も、器が小さなお椀では物足りません。手に入れたこげ茶色の大きなどんぶりなら、南部鉄鍋で作った味噌汁も余裕で入れられます。
味噌汁を毎日作る、と決まるとあとは余裕です。具材は季節の野菜。本日の具材は、民家園でいただいた無農薬の白菜です。昨日、畑の掘り返しで廃棄するというので、食べられる部分をいただいてきました。シャキシャキしていて、実に美味しいものです。朝起きての味噌汁作りは、慣れてくるとファイトが湧いてきます。この具だくさんのどんぶり味噌汁あっての、私の「百二十歳現役」なのです。

第二皿:胚芽押麦入り玄米ご飯
大きな器の味噌汁と並んだ玄米ご飯を見るだけで、私の心は喜び踊ります。すごいボリュームに友人からは「本当にこれだけ食べるの!?」と心底呆れられましたが、私は心の中でほくそ笑むのです。
宮沢賢治の「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という言葉を思い出します。この玄米ご飯こそ、私の「百二十歳現役」を実現するための切り札なのです。妻も最近では美味しいとお弁当に持って行きます。この玄米ご飯には、生卵、おかか、黒ごま、味噌、梅干し、刻みネギ、煮干しなど色々乗せます。そして残り少なくなった頃、妻のやり方を拝借して黒酢をかけた納豆を加えます。その美味しさと言ったら、この上ない喜びです。
白米だと脂っこい主菜を要求してきますが、玄米ご飯には素朴なおかずがぴったり。私はこの玄米と共に、これから先も「百二十歳現役」を生きていきます。「この玄米と共に、私は何を書き、何を語り、妻とはどんな笑みを交わしていくのであろうか。」
炊飯器のボタンを押し、湯気が一斉に立ちのぼる一瞬こそ私の幸せの絶頂。どんぶりにこんもりと盛ると、主夫になった幸せは不動のものとなります。

第三皿:鶏胸肉とわかめの常備スープ
このスープは、妻のお気に入りの十八番(おはこ)です。「百二十歳現役」を実践していくために、強靭な筋肉と骨、柔軟な血管を養うタンパク質の補給源として欠かせません。玄米ご飯と味噌汁が「主旋律」なら、このスープとの組み合わせは「副旋律」です。
わかめときのこの入ったスープは舌がスキップするほど心躍ります。大鍋でたっぷり作り、冷蔵庫の指定席に入れておきます。時々妻から「わかめが残り少なくなったから、お肉は食べてもいいけどわかめは残してね!」と声がかかり、にっこり頷きます。このスープは、夫婦それぞれの食事の強力な助っ人です。鶏から染み出した透明な出汁が、食欲を増進させ、心を潤してくれます。
第四皿:大黒柱の黒豆
この黒豆、ドロっとしてるんです。元々妻が大好きで、我がが家で一番大きな鍋を使って一気に三袋分を煮ます。
以前は一晩水につけていましたが、つけすぎるとふやけて煮るのが面倒になると気づき、今は二時間ほど。一時間半から二時間かけて煮上げた大鍋の黒豆は、黒黒と照り輝いています。
食べる時は濡れたスプーンはご法度。雑菌が入ったら台無しになるため、最初知らずにやって妻にこっぴどく叱られました。大鍋のまま冷蔵庫に入れて保存しますが、二人とも大好きですぐになくなるので煮直しはしません。夕食時に特にお腹が空いてなければ、この黒豆がご飯の代用になります。口に含んだドローンとした感触はたまりません。私の「百二十歳現役」の素晴らしい女房役です。

第2幕:自然と記憶(深まる物語)
第五皿:野川の「マナ」・ふき
何年も通い続けてきた野川ですが、ふきを見つけたのは今回が初めてです。野川といえば、半年間毎日いただけたハマダイコンの葉。これは聖書で言うところの「マナ」なのです。菜の花やのらぼう菜、そしてこれからはふきもメニューに入れましょう。野川の土壌の豊かさには圧倒されてしまいます。
自生する繊維質豊富なふきの持つ、独特なシャキシャキ感はたまりません。皮を少し残して野生を丸ごといただくことで、「私は自然の恵みによって生かされているな」とつくづく思い知らされます。ふきは自然の恵みという原点に立ち返らせてくれる食べ物。幼い頃、おばあちゃんがせっせとふきの皮を剥いていたのを懐かしく思い返しながら、九十歳の彼女にもおすそ分けするつもりです。
第六皿:次世代のエース・さつまいも
このさつまいも、妻も私も大好きです。ふっくらと湯気を上げるのを一口頬張れば、それだけで心がほどけていきます。
我が家はさつまいもを箱買いするようになり、紅あずま、シルクスイート、そして最後に出会ったのが「栗かぐや」でした。栗のような風味とホクホクとした食感。二〇二三年デビューの、まさにホクホク系・次世代のエースです。ねっとり甘ったるいものが好まれる時代ですが、我が家は紅あずまと栗かぐやが定番になりそうです。
調理に欠かせないのが「グローブ」のタジン鍋。下の水の蒸気で一気に蒸し上げる仕組みです。今回はさつまいもと一緒に生卵も並べました。二十分ほどで、黄金色のホクホクさつまいもと、殻がむきやすく栄養が詰まった「蒸し卵」が同時に出来上がります。「蒸し卵」が「ゆで卵」に取って代わる日を本気で夢見ています。
第七皿:90歳の婦人の明日葉と菜の花
明日葉の独特の苦味と香りに、私の魂は一瞬にして持っていかれてしまいます。唯一無二の柔らかなシャキシャキ感は絶品です。しかも、スーパーフードのケールを凌ぐ栄養価。「今日葉を摘んでも、明日には新芽を出す」生命力から、古くから不老長寿の妙薬とされてきました。
この明日葉を「いつでも、好きなだけ持っていってね」と分けてくださるのが、農家の九十歳の婦人です。銭湯仲間は「今どきそんな人がいるのか」と目を丸くします。もう一つ、野川のほとりで摘んできた味の濃厚な菜の花。私が野川の自生野菜を食べるようになったのは、数年前に野菜を摘んでいたお父さんと小さな娘さんに出会ったのがきっかけでした。その女の子が小さな手で「はい、どうぞ」と差し出してくれたハマダイコンの葉のぬくもりに胸が熱くなり、それ以来、我が家の食卓は自然の恵みで満たされるようになったのです。人間は本来、自然によって生かされている存在。私はこの皿を、そのことを思いつつしみじみとかみしめるのです。
第八皿:71歳の初挑戦・白菜の浅漬け
七十一歳にして初めて、信頼する農家が育てた身の締まった白菜で浅漬けに挑戦しました。香りの良い柚子を丸ごと一つ刻んで入れ、妻のアドバイスどおり昆布をたっぷりと添え、味の決め手に「酒粕」を入れました。食べてみて、妻はやはり私の人生における最高のパートナーだと頭が下がる思いでした。
ジップロックの中で寝かせた発酵食品は、酒粕が白菜の甘みを引き出し、昆布の旨味と柚子の香りが溶け合って芳醇な香りを醸し出します。みずみずしい音と共に広がる味わいは、私の貪欲な食欲を盛り立ててくれます。妻も喜んで毎食食べてくれるこの浅漬けは、私に「挑戦することの大切さ」をしみじみと教えてくれました。
第3幕:生と死、そして狂気(エネルギーの爆発)
第九皿:1000個の梅干しと、16人の友の死
一昨年三百個、昨年はなんと千個の梅干しを、連続で作りました。六十五歳で専業主夫を始めましたが、まさか自分が梅干し作りをするとは思いもよりませんでした。
無添加のものを調べると一個百円はするので、毎日二個食べる私としては自分で作るしかありません。近くの公園の梅の木から、地面に落ちているのをせっせと集めるのです。昨年は大きな瓶で九つ作り、熱湯に一分間くぐらせて殺菌し、ベランダで天日干しにしました。



子供の頃、工事現場で働く人たちの「日の丸弁当」の真ん中にあった梅干しは、体を整えてくれる魔法の食べ物でした。学校から帰るとおひつのご飯をこの梅干しで食べるのが日常でした。一食一食を心を込めて作り、味わうのが私の生きるスタンス。この酸っぱい梅干しを食べながら昔を思い出していたところ、中学の同級生から「卒業生百四十名のうち十六名はすでに亡くなっている」と連絡が入ったのです。
ショックで、卒業アルバムの顔を眺めながら鉛筆でチェックを入れました。一組で二名、二組で八名、三組で三名、四組で三名の仲間がもういない。柔道部の主将だった彼や、子育てを終えてこれからという仲間たちの顔を見つめながら、『ルバイヤート』の「この瞬間を幸せに過ごしなさい。この瞬間こそがあなたの人生です」という一節を思い出しました。人生の一瞬一瞬をしっかり噛み締めて生きていく、そうしてこその「百二十歳現役」なのです。この梅干しを毎日食べ続け、はるかな道を地に足をつけて歩んでまいりましょう。
第十皿:身体を補強する煮干し
今の日本で、煮干しをそのままおかずとしてバリバリ食べる人は二割にも満たないと言われますが、私にとっては食卓の主役です。我が家では味噌汁の出汁は昆布と決め、煮干しの命は丸ごといただくのが流儀。妻もスムージーに使うため買い置きは常に二袋、私たちの「命の源」として信頼されています。
一匹を口に放り込み、左右の奥歯で交互に噛みしめる。そのエネルギーに私は圧倒されます。「あー、舌が喜んでいる」と、食事の間ずっと痺れが続きます。その実感とともに、私の骨も筋肉も強固に補強されていくのでしょう。煮干しの姿に恐れをなして食べないのはもったいない話。この煮干しは、鮮魚店のとれたてのイワシさえもはるかに凌駕しているのです。
第十一皿:友の病と、金柑のほろ苦さ
黄金色に輝く金柑は、私の「百二十歳現役」の航海を祝福しているかのようです。これは親しくなった農家からいただいたものを冷凍保存したもので、生で食べるよりも柔らかく、生の時より美味しくなりました。「冷凍するといいみたいよ」と教えてくれた妻のおかげです。
金柑には、かつて私に「庭の金柑、好きなだけ持っていきなさい」と脚立まで貸してくれた六十代の穏やかな男性の思い出があります。彼は引退後、娘さんの始めた事業を一生懸命に手伝っていましたが、思うように伸びない事業を支えようと父親として奔走するうちに、重すぎるストレスから認知症を患ってしまったのです。もっと早く撤退していればと、奥様と顔を合わせるたび悔しさが込み上げます。
金柑を口に含めば、冷たい感触のあとに独特の甘みと苦味が広がります。それは優しかった彼との思い出と、人生のままならなさそのものの味。私はこのほろ苦さを噛み締めながら、「今」という時間の尊さを自分に言い聞かせ、彼の健康の回復を祈るのです。
第4幕:出帆のファンファーレ(輝ける未来)
第十二皿:天から届いたゆず皮
私と妻はこれが大好きです。口に含んだ瞬間、爽やかな香りの後に独特の苦味と濃厚な甘みが追いかけてきて、あまりの美味しさに舌が踊り出します。砂糖の甘さでは決して到達できない、自然だけが造り得る複雑で気高い味わい。
夫婦一年分の四つの野草茶も自分の手で天日干しして作りますが、同じように太陽の下で干し上げたこのゆずこそ、天から届けられた奇跡の贈り物です。ジップロックに詰められた黄金色の皮を極上のお菓子のように大切につまみ、今日の門出のどんぶり味噌汁にも浮かべました。この黄金の色こそは、「百二十歳現役」を祝福する、天から降り注ぐトランペットの高らかな音楽なのです。


第十三皿:3本のラケットとスムージーの乾杯
「百二十歳現役」の門出を祝し、本日のスムージーで乾杯です。これを使い始めたのも妻で、洗うのが簡単で面倒がありません。ガーガーという唸り声を聞くと「今日もバッチリ栄養を注ぎ込むぞ!」と心がウキウキしてきます。中身は人参、ゆず、にんにく、生姜、ウコン、黒糖の豪華メンバー。妻の毎日のにんにくと生姜、農家のご主人にあやかった冷凍ウコン、そして出会いから届いた沖縄の黒糖が入っています。
私が運動場で例によって二刀流壁打ちテニスをやっていると、孫のような小学生の女の子と出会い、一緒にテニスを楽しみました。あまりに熱心なのでラケットをご両親の了解を得て三本(彼女と二人の弟の分)プレゼントしたところ、彼女は運動場にやってくる同級生たちにもそのラケットを貸して一緒に遊ぶようになったのです。かつて私がラケットを子供たちに遊ばせていた番が彼女に引き継がれ、そのお礼にとご両親から届いたのが、信頼のやり取りであるこの沖縄の黒糖でした。
食事の前にスムージーを一気に飲み干すと、脇役たちが見事にマッチして、胃が爽やかに掃除された感覚になります。

第十四皿:小豆のデザートとヤマモモの原点
百二十歳現役の門出を祝福する、料理の最終コースのデザート。主役は「小豆」で、脇を固めるのはバナナ、りんご、そして近所に自生していた昔ながらの酸味豊かな夏みかんです。小豆は黒豆と並ぶ我が家の二大看板。小鍋で四十分かけて芯まで柔らかく煮上げ、砂糖は一切使いません。備長炭で半日こした水を使い、冷蔵庫で寝かせた表面のとろっとした膜を確認した瞬間、私の心は浮き立ちます。
最初に見つけた時は驚きましたが、野川には桑の木があり桑の実(どどめ)が食べられます。その少し後にヤマモモの季節がやってきます。去年の六月、公園で子供のように夢中でヤマモモを拾っていた時の不思議な出会い。公園の管理事務所が「好きなだけお持ち帰りください」と微笑んでくれたあの日の興奮こそが私の魂に火をつけ、この「百二十歳現役」の大海原への船出を決意させた原点なのです。



砂糖のない小豆のとろりとした膜に、自生する夏みかんの野生の酸味。過去の愛、生と死、未来への挑戦のすべてを飲み込んで、この最後のデザートを味わい尽くします。さあ、十四皿の宴はすべて調いました。私はiPhone14を手に、自らの圧倒的な現実の重みを抱きしめながら、はつらつと輝ける未来へ向けて、今、力強く出帆します。
(完)
