その『両手』に思いを馳せる ーリライト版ー
ママのある『仕草』が、その時は気になったんです。
助産師のママは超真面目。仕事から帰宅すると、必ず振り返りの勉強を一通りし終えてから家事に入ります。
さらにはそれでも飽き足らず、夜中にスッと寝床から起き出しては、リビングで1人机に向かっていることがあったりもします。
私がトイレに起きた時にそれに気付いた場合は、なるべく彼女の勉強の邪魔にならないよう
「あんまり無理しないようにね」
と軽く声かけして、寝床に戻るようにしています。
ある日、その去り際にふとママを振り返ると
彼女が両手をじっ~と眺めているんですよ。
その時はたまたまかなと思ったのですが、その後もそんな仕草を何回か見掛けることがありました。
そうなると私も段々「あれって何なんだろう?」と気になり始めまして、「次にあの仕草を見掛けたらママに何なのかを聞いてみよう」と決意しました。
すると、「その日」は案外早くやってきました。
「あっ!またやってる」
リビングで両手をじっ~と眺めているママの仕草を確認した私は、彼女の元へと向かいかけました。
しかし、あることに気付いた私は「やっぱり聞くのはやめにしよう」と心変わりし、寝床に戻ることにしました。
なぜかといいますと。
まじまじと改めて見つめてみた彼女の仕草が、なんだかとっても「神々しく」私の目に映ったんですよね。
手から目までの距離は数センチ。
その『数センチ』の中に彼女の生きてきた数十年の重みであったり、「生命のはじまり」を幾度となく受け止めてきた助産師としての矜持であったりのいろいろなものが存在していて、無限の宇宙のようなものを形成しているようにその時の私には見えたんです。
「ああ。これは夫である私でも『踏み込んではいけない彼女だけの領域で時間』なのかも?」と、その時強く感じ、引き返したんです。
それはそれは、不思議な感覚で体験でした。
それから数年が経ちましたが、いまだ「手の謎」を解く気は起こりません。
それよりも、ママの可愛らしく神々しい世界を背中に感じながら「ああでもない」「こうでもない」と、その両手に思いを馳せる方が何百倍も楽しいし、意義深いに決まってますからね。
「わからない」というのもまた、なかなかに趣深いのです😃
いつも記事を楽しみにしている素敵なクリエイターのくりすたるるさんのこちらの募集に応募させていただきます。
こちらは、数年前に私の前アカウントで書いた記事をリライトしたものです。
当時のデータが全く残っていなかったので、その時とはだいぶ違った文章になっているかと推測されますが、人は日々変わっていく生き物なので、それはそれで今の自分に即したものを書けたかなと思います。
るるさん。よろしくお願いいたします😃
