「君は僕のもの」。どうしたらそう言えるの?
ほんの時々。
「ぜ~んぶこれ、ひょっとしたら長い夢の中なんじゃないか?」
って、寝ているママの顔をじっ~と見ながら思うことがあるんですよ。

僕は最愛の人(ママ)にたどり着くまでに2度、女性に告白したことがあります。
お2人ともとっても素敵な方で、好きになったことも告白したこともそれ自体にまったく後悔はないんですけど、問題は僕のその「告白のタイミング」でして・・・。
まあ、これが酷くてですねえ。
お一方が「恋人が出来た」直後のタイミング。もう一方が「僕以外の男性に告白されて一旦『保留』して熟考している最中」だったんですよ。
本当にこの時の僕は、あらゆることに対してどうしようもなく「自分本意」でしたよねえ。
「告白のモチベーション」が、それぞれに「悔しさ」と「焦り」。
よかれなタイミングでビビって告白出来なかった自分を棚に上げ、「このタイミングで告白してダメならしょうがないよね」と、「自分だけ」を納得させるための「ずるい告白」でした。
結果は当然のごとく撃沈。
でも前述の通りとっても素敵な方々でしたから、そんな身勝手な僕の告白に2人とも大号泣しながら「なぜ僕の思いを受け取れないのか」を誠実に説明してくれたのでした。
最初の恋の時の『愚行』をあんなにも恥じたはずなのに、僕はまた「判で押したかのような」行いを繰り返してしまったんですよね。
当時はいっちょ前に「恋愛した」つもりでいましたが、今振り返ると「僕のことをかまってくれた女性に対して『もっとかまってよ』と、子どものように駄々をこねていた」だけだったような気がします。
「突然独占欲に駆られ、独りよがりな思いをぶしつけにぶつけてくる」
そんな「『自分』『自分』で、相手方への配慮を大きく欠く」人間が、彼女たちに振り向いてもらえるはずなどありませんでした。

そんなわけで「自業自得」以外の何ものでもありませんが😅、その後一層恋に奥手になった僕。
時は流れ、そんなクソみたいな僕の前にも天使が現れてくれました。
後付けでくどくど理由を宣っていますが、要は「一目惚れ」ですね。
ここでまた以前の「ダメな自分」がチラリと顔を覗かせましたが、ここでようやく初めて『学習能力』を発揮し、「彼女は何をしたら喜ぶだろうか?」をまず考え、それを行動に移すことが出来ました。
そして、今に至ります。
ママとはかれこれ15年一緒にいますが、彼女の「深く広く優しい」人間性に触れる度「好き」が「大好き」に変わり、今も毎年『大』の字が毎年増え続けています。
そんな日々の中、彼女や息子たちとともに自分も成長しているのを実感しつつも、また一方ではまだまだ己の「身勝手な部分」が健在なのを思い知らされることも多々あったりして、「いつかそのうち愛想つかされやしないか?」と自信を失うんですよね。
そうすると、冒頭のような「現実逃避」のような感覚になります。
例えるなら、大好きなクラムボンの曲のこの部分みたいな感じ。
日々は僕のもの 夏のまんなかで
君は僕のもの どうしたらそう言えるの
あきがきたら 春はこない
冬を越えても 春はこない
人を好きになればなるほど、深みにハマればハマるほど「飽きられる」のが怖くなりますよね。

「ママと一緒に紡いできた日々」のおかげで、冒頭のような気持ちになることもほとんどなくなりました。
でもつい先日久しぶりにそんな思いになったものですから「これは大切に残しておこう」と思い、ここに記しました。
本当に僕は危なっかしい人間なので、
少し苦しくもなりますが、今後のためにもこの気持ちはこれからも無くさずにいたいですね。
「前述のような『僕に誠実に関わってくれた方々』へ感謝の思いを改めて馳せるとともに(実は僕たちの結婚を誰よりも喜んでくれたのもこの2人だったりします)、目の前のかけがえのない最愛の人をより大切にする」
と、ここに誓いたいと思います💜
