岐阜県農業体験で感じた実地環境ついて
私はnoteのプロフィールにも書いている通りであるが、都内の農学部に通学している大学生である。
夏季休業中にWWOOF JAPANという体験型プログラムに参加する事で農地実態を模索しようと試みた

生活スケジュール(瑞浪市における)
6:00~7:00 起床➡収穫(出荷)に至るまでは午前中に行うため
7:00 朝食
7:00~8:00 休憩
8:00~11:00 ブドウ収穫(蜘蛛の巣などの掃除)
11:00~12:00 出荷作業
12:00ごろ 昼食
12:00~15:00 休憩
15:00~17:00 日陰で行う作業:私の時はふるさと納税の準備等
17:00~18:30 休憩
19:00ごろ 夕食
19:00~ 自由時間
私がWWOOF JAPANの一環として岐阜県瑞浪市を訪れたのは8月の中旬であったため、ブドウは収穫期であった。
収穫から出荷に至る作業は午前中に行われており、午後の暑熱環境下における作業を避けるという点でも合理的であった。
高等教育機関と農地の隔たりに関して
実際に農業を営んだ事がある人間が大学といった高等教育機関にいかほど存在するであろうか。
農業大学に位置する私の学科においても、農業環境にルーツを持つ人間はおよそ5%にも満たなかったことを覚えている。
都内の農学部で有名な大学として、おおまかに東大、農工大、明治大、農大が挙げられるが、いづれも実地環境と研究環境の乖離という問題を抱えているのではないだろうか、
私は今回のWWOOF体験記を通して、農地と大学の間に存在する認識の差を再提示したいと思う。
理論農学と経済農学の統合
植物ホルモンのジベレリンは種なし処理において用いられると、大学ならずして高校の生物分野で既に学んでいた。
しかし、その処理方法や有効率に関しては学んでこなかった。
・ジベレリン処理のタイミング(品種ごとに異なる)
・処理の効果が表れるか否かは実際に試食しないと分からない
・気候変動により降水量や日射量によって処理のスパンが異なるかも➡予想
上記のような懸念が実地環境において存在した
特にジベレリン処理のタイミングにおいてはJAや技術指導書において知る事は出来るのであろうが、品種ごとに異なることを踏まえると容易でない事が伺える。
種なし処理を行っているブドウは販売実績が高く、その差は一目瞭然であった。
ジベレリン処理に関しては、二回処理があるため、シールを貼る事によって見分けることが出来るとの事である。
一回目の無種化処理と二回目の肥大化処理を混同しないための試みである。
私は大学教育において、理論分野における理解は追いついていると実感した。その一方で、経済的な側面に関しては、疎い一面があるとも感じ取れた。
理論農学➡植物ホルモン:結実率:作物病理学etc
経済農学➡流通量:廃棄の基準:有効還元率:出荷環境etc
確かに農学とは理系というイメージが強いが、農業とは産業であり、産業には社会情勢やマーケティングといった文系的な要素も強い。
実際に、私はブドウの出荷に際してとある事を学んだ。
それは、廃棄量がブドウに関して少ないという事である。
ブドウは房が逆三角形をしており、歯抜けが少ないほど高価で取引する事が可能である。生産過程において粒となってしまったブドウにおいても、それを房ブドウではなく、粒ブドウとして売る事が可能である。
そのため収益を上げるという点においてはギャンブル性の低い果樹であると考えられる。
その一方で、他の桃やリンゴという果樹においては、そのような販路がないという事も話していた。
流通という点を考えるとギャンブル性を持つ作物は不利なので、重点的に策を講じる必要があるだろう。
利益を最大化する上で効果的なのは販路拡大か地産地消市場の充実のいづれか
収益ー費用=利益という関係式が成り立つわけであるが、費用を減少させる事は利益を拡大する。一方で収益を拡大する事でも利益を拡大することが出来る。
理想論としては、収益を拡大して費用を減少させればいいのだが、容易ではないだろう。
収益増加➡販路拡大
費用減少➡地産地消(輸送費の削減)
販路拡大においては、輸送費がかかる上に、郵送会社に商品を委託する必要がある。ブドウのような房が脆い果樹は、途中で壊れてしまうリスクがある。
一方で、地産地消においては輸送費は削減できるが、マーケットシェアが小さいという特徴がある。
実際に岐阜県にはバローというスーパーマーケットが多く位置していたが、地産地消食材を扱うコーナーは広くはないと感じた。
野菜や果樹によってこれらの選択は異なると思うが、個人的には興味深いと感じた。
今後の展望
私は将来に関して決めかねている、、、
18歳という節目を迎えた現在でも、心もとない現状は周囲にしてみれば焦る必要があるのかもしれないとも思う。
しかし、私は焦っていない。
なぜなら、自己を信頼し、後悔のない選択をし続けている自信があるからである。
将来とは、ある意味で妄言である。
初等教育から高等教育に至るまで人生はピラミッドを登るように狭まっていくわけであるが、我々が見つめる将来とはピラミッドの頂であり、学生時代は拮抗的に麓である。
麓の脆弱性は頂に関与する。一方で頂の脆弱性は麓には関与しない。
このような一方通行性がある人生において、今の選択は重要である。明日を大切に生きる事が出来る人間は、明後日も大切に生きられる事が帰納的に導かれる。
私の現在の目標は、今後の人生基盤を作ることである。
農学を学んではいるが、将来、本当に農学系の職に就くかは分からない。
私の興味はバイオから経済にまで及んでいるが、最終的に楽しかったなと思える職に就きたいと考えている。
大学の前半期において、日商簿記3級と毒物劇物取扱者試験に合格できた事から、大学の後半期では、日商簿記二級とTOEICスコアの750点越えを目指したいと思う。
資格とは、ある意味でセーフティーネットとしての役割が大きいが、ある程度の道筋も同時に示してくれていると感じる。
学びとは人類のアイデンティティーである。
今後もその悦びを享受しつつ、学業に励みたいと思う!!
