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多勢に無勢なのか?

「多勢に無勢」とは、「相手が多人数なのに対して、少人数なので勝ち目がないこと」(小学館『デジタル大辞泉』より)。

SNS、特にXにおいては他人の誹謗中傷や嫌がらせに、まるで自分のことのように同調する人が多くいます。
最初に言い出したものがインフルエンサーの場合、その噂は拡散され、集団へとエスカレートし、“いじり“から“いじめ“へとつながり、ターゲットを孤立させ、自死まで追い込む結果となるのです。
その投稿の主が自己愛性パーソナリティ障害(NPD)や反社会性パーソナリティ障害(ASPD)を持っているとしたら・・・。

ネットやSNS上での誹謗中傷に対応するため、4月1日から「情報流通プラットフォーム対処法」が施行されました。
権利の侵害を受けた人が、投稿の削除申請などを短期間で、より簡単に行えるように整備した法律。

あれから1ヶ月。
何か変わったのでしょうか?

人格障害者には通用しないようですね。
相変わらず、自己中心的に誰かを叩き、フライングモンキーを使って嫌がらせの日々・・。

人数を集めて、そこで悪口を吹き込み、印象操作したもん勝ちなんでしょうかね・・。
彼らは馬鹿にされたと思い込むと、とたんに激しく怒ったり、恥の感情や屈辱感でいっぱいになります。
過剰な自己愛を持つ人にとって、他人は常に比較の対象です。
自分が相手を見下す関係でいられるか、あるいは見下される立場に追い込まれるのか、2つに1つしかありません。

他人を見下すことで、見下される立場になることを避けようとしている。
尊大な自己イメージを守るための防衛策です。

周囲の声は、自分にとって心地よいものしか耳に入らないため、相手の忠告や本音は、はねつけるだけでなく、批判や侮辱と捉えて過剰に反応します。
期待外れの他者の言動に対しては恥じたり、屈辱感を抱いたり、激しく怒ったりします。弱い自分を隠すための自己愛憤怒は大勢の取り巻きを求め、その怒りを共有します。
これが洗脳です。

【自己愛の耐え難い状況】
顔に泥をぬられた時
体面が傷つけられた時
面目を失った時
格好悪いと見られた時

他者から馬鹿にされたと感じることは耐えられない彼らは、許せないという怒りが湧き上がり、その場で激昂するのでは収まらず、中には報復しようと考える人もいます。
誹謗中傷、個人情報漏洩も全く躊躇なく行うのはそのせいです。
それを周りに同調圧力をかけて正当化するのが上手になってきてる昨今・・。
ネット依存が社会問題になっている理由です。


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