JAL・ANAが踏み込んだ『新しい依存』―自社システムを捨てた、本当の代償
こんにちは。謎解きのキキです。
今回深掘りするのは、ANA、問い合わせメール最大2カ月返信待ち 国内線トラブルで急増というニュースについてです。
ちょくちょくとニュースになる、社内の基幹システムの入れ替えによるトラブル。最近であれば、みずほ銀行、江崎グリコ。
そこに、今回なんとANAまでシステムトラブルを発生させてしまったとは驚きです。
ニュースの概要としては、
電話・メールの問い合わせが急増しており、メール返信に最大2ヶ月かかる可能性があると発表。原因は5月19日搭乗分から実施した国内線予約システムの刷新で、オンラインチェックインができない、座席指定が正しく反映されないといったトラブルが多発しているためだ。今回の刷新は、国際線で使用していたスペイン・アマデウス社の「アルテア」に国内線システム「エイブル」を統合するもので、システム維持費の変動費化によるコスト削減が目的。しかし移行後に複数のトラブルが重なり、オーバーブッキングの補償問題まで発展。最上位会員でも電話がつながらない事態となっている。
ということで、中身の深掘りをすべく、ITジャーナリストのおっちゃんを召喚してみました。
ニュースの裏側では一体どんなことが起こっているのでしょうか?早速探っていきます。
第1章:現象の裏側へ 〜「2ヶ月待ち」はITの失敗ではない〜
キキ:
おっちゃん、この記事見ました? ANAの国内線システムが変わって、問い合わせの返信に最大2ヶ月待ちですって。普通の大企業ならあり得ないですよね?
おっちゃん:
世間じゃ「ANAのIT部門は何やっとるんや!」「システム障害やばいな」って大騒ぎしとるけどな。キキ、お前もそう思っとるんか?
キキ:
そりゃそうですよ。オンラインチェックインができないとか、普通にテスト環境で動かしたら一発でバグって分かるじゃないですか?ITのエンジニアがポンコツやったか、手抜いたんじゃないですか?
おっちゃん:
アホやな。ええか、ANAクラスの基幹システムやで? 何百人、いや下手したら何千人っていうトップクラスのITエンジニアが何年もかけてやっとるんや。お前が思いつくような「普通のテスト」なんか、何万回もやっとるわ!
キキ:
えっ……じゃあ、なんで本番でこんなボロボロになるんですか? テストで完璧やったのに、急に本番で壊れたってことですか?
おっちゃん:
ちゃうねん。問題は「動かんかった」ことやない。「完全には動かんと分かっとったのに、止まれんかった」ことなんや。
キキ:
分かってたのに止まらなかった? いやいや、それならリリース延期したらいいじゃないですか。トラブル起きてから対応する方が絶対しんどいですよ。
おっちゃん:
それができたら苦労せんわな。今回はな、ANAが長年自分らで作ってきた「完全オーダーメイドの服(自社システム)」を脱ぎ捨てて、世界標準っていう「既製服(アマデウス社のシステム)」に乗り換える、超巨大プロジェクトやったんや。 既製服やから、基本的には「服に自分の体を合わせなアカン」のよ。IT用語で言うたら「標準仕様に業務を合わせる(Fit to Standard)」ってやつや。
キキ:
なるほど、服に体を……。でも、ANAの体型って、結構特殊ですよね? プレミアム会員の複雑なルールとか、マイレージの細かい条件とか。
おっちゃん:
そこやねん。ANAは「世界標準の服」を着ようとしたんやけど、自分らの「複雑なおもてなし」っていう贅肉を落としきれんかったんや。結果どうなる? 服のあちこちがパツンパツンになって、糸がほつれてくるわな。それが現場で起きてる「オンラインチェックインできへん」っていうトラブルや。
キキ:
うわ……それ、想像しただけで息苦しいですね。でも、パツンパツンなら着る前に「これ無理です、破れます」って現場のエンジニアは言わなかったんですかね?
おっちゃん:
言いたかったやろな。でもな、会社には「大幅なコスト削減」やら「提携先との契約」やら「この日までに絶対移行する」っていう絶対的なスケジュールがある。現場が「このまま進んだら燃えます」ってSOSを出せない空気やったか、経営陣が「ええから無理やり着ろ!」ってハンコを押してしもうたんか……。 ただな、実際のところは外からは分からへん部分も多い。移行初日に旧システムの予約データを新システムへリアルタイム変換する処理が膨大に走って、純粋にシステム負荷がピークになる、という技術的な理由もあったんや。
キキ:
……でもトータルで見ると、「経営の問題」もありそうですよね?
おっちゃん:
せやな。少なくとも「プログラムのバグだけが原因」ではない、というのは確かや。技術だけやなく、プロジェクトの意思決定、業務側の準備、スケジュール管理……そのどこかに綻びがあったんやろな。
第2章:JALとANAの決定的な差 〜血みどろの「業務断捨離」と7年の苦闘〜
キキ:
……おっちゃん、これ、単なるエンジニアの失敗談で片付けたらあきませんね。でも、同じように「世界標準の服(アマデウス)」に着替えたはずのライバルのJALはなんでこんなに燃えなかったんですか? JALだって昔からあるし、特殊な体型してたはずでしょ?
おっちゃん:
おっ、ええとこに気がついたな。JALが賢くてANAがアホやったわけやない。JALがスムーズに服を着れた裏にはな……もっと血みどろの、壮絶な過去があるんや。
キキ:
壮絶な過去…ですか?
おっちゃん:
JALがアマデウスに本格移行したのは2017年頃やけど、あっちの方が移行自体はだいぶスムーズやったんや。でもな、それは「JALのIT部門がANAより優秀やったから」とは単純に言い切れん。
キキ:
え? じゃあ何でJALはすんなり既製服を着れたんですか?
おっちゃん:
JALはな、服を着替える前に、一回「死んでる」んや。
キキ:
死んでる……あ! 2010年の経営破綻ですか!
おっちゃん:
せや。あの時、JALは会社を存続させるためにグループ全体の3割に当たる約1万6,000人のリストラをやったんや。また、不採算の路線をバンバン切って、無駄な部署を潰して、複雑すぎる独自のサービスも思い切って捨てたんや。文字通り「身ぐるみ剥がされた」状態になったんや。
キキ:
なるほど……。生き残るために、贅肉どころか筋肉まで削ぎ落としたんですね?
おっちゃん:
そういうこっちゃ。それがシステム移行に有利に働いた、というのはある。ただな、それだけやと話を単純にしすぎや。実際のJALのプロジェクト、別名「SAKURAプロジェクト」は800億円と7年を費やした超大型プロジェクトやったんや。
キキ:
え、800億円!? 7年!? それってスムーズとは言えないんじゃ……。
おっちゃん:
せやねん。しかも1回で終わらへんかった。2017年に予約・発券と国際線チェックインを移行したあとも、国内線チェックインシステムの移行が残っとって、完全統合は2019年まで続いたんや。そして移行直後にはJALも混乱が起きた。それでも「大きなパニックにならずに終わった」という意味では成功した、というのが正確なところやな。
キキ:
なるほど……
おっちゃん:
JALのプロジェクト責任者は後に「成功の鍵は、プロジェクトマーケティングとプロアクティブマネジメントやった」って言うとる。つまり、社内の関係者を味方につけるコミュニケーション戦略と、問題が起きる前に先手を打つリスク管理の徹底や。地道に、丁寧に、7年かけてやり切った、ということやな。
キキ:
ははあ……! じゃあ「標準仕様に業務を合わせる」って、ITの技術の話だけじゃなくて、7年分の組織を巻き込んだ泥臭い仕事の積み重ねだったんですね?
おっちゃん:
そういうこっちゃ。システム移行の最大の壁はプログラムやない、「今までやってきた業務を捨てられるか、そして組織全体を動かせるか」なんや。
キキ:
じゃあ、ANAはどうだったんですか? 業績、ずっと右肩上がりで調子良かったじゃないですか。
おっちゃん:
そこが最大の皮肉なんや。ANAは調子が良すぎた。新幹線やLCCに勝つために、長年かけてきめ細かい「おもてなし」とか、上級会員だけの特別なルール、スキップサービスみたいな独自の武器を山ほど作ってきたんや。
キキ:
たしかに、ANAのサービスって細かいところまで気が利いてて便利ですよね?私もよく使いますし。
おっちゃん:
せやろ。お客さんにはウケがええ。でもな、それをシステム側から見たら「超複雑な例外ルールの塊」やねん。ANAは、その独自の武器を何一つ捨てんと、アマデウスの服を着ようとしたんや。
キキ:
それって、鎧とか剣とか全部装備したまま、ピチピチの既製スーツを着ようとしてるようなもんじゃないですか?
おっちゃん:
まさにそれや! 「ウチのこのサービスはお客さんに愛されてる特別なんや。やから、アマデウス側を改造してくれ」って、既製服に無理やりポケットを100個くらい縫い付けようとしたんやろな。そんなもん、どこかで破綻するに決まっとる。
キキ:
……なんか、ANAがちょっと可哀想になってきました。怠慢でシステムが複雑になったんじゃなくて、お客さんに喜んでもらうために頑張って作った「独自の資産」だったからこそ、手放せなかったってことですよね?
おっちゃん:
せやな。現場の人間からしたら、自分らが心血注いで作ったサービスを「システムに合わんから捨てろ」言われても、「はいそうですか」って納得できへんわな。経営陣かて、競合との差別化要因を捨てるのは怖かったはずや。
第3章:「おもてなし」という名の技術的資産 〜捨てられなかった武器〜
キキ:
うーん、システムを新しくするって、過去の自分たちの成功を否定するような残酷な作業なんですね……。でも、そこまで無理して着替えるくらいなら、やっぱり新旧のシステムを両方動かして、ちょっとずつ慎重に移行すればよかったんじゃないですか?
おっちゃん:
アホ言うな。それができへんから、みんな地獄を見るんや。ええかキキ、航空会社のシステムで「ちょっとずつ並行稼働」なんて、絶対に通用せえへんのやで。
キキ:
え、なんでですか? パソコンのソフトの移行みたいに、まずは一部の路線だけとか……。
おっちゃん:
飛行機の座席を考えてみぃ。1秒間に世界中の旅行代理店やらスマホから何千回もアクセスされて、「空席あり」「満席」がミリ秒単位で変わるんや。もし新旧二つのシステムで同時に予約を受け付けたらどうなる? 同期が1ミリ秒でもズレたら、同じ席に2人予約が入ってしまう「ダブルブッキング」の嵐や。
キキ:
うわ……たしかに。座席の予約ってリアルタイムですね。
おっちゃん:
せや。だから絶対に二重運用はできへんのや。ある日の深夜に前のシステムを完全に止めて、次の日の早朝から新しいシステムを一気に動かす「ビッグバン移行」しか選択肢がない。文字通り一発勝負や。だからこそ、現場の「誰の頭の中にも全容がない、名もなき例外ルール」が一個でも漏れとったら、即炎上するんや。
キキ:
逃げ道なしの一発勝負か……そりゃ胃に穴が開きますね。 でも、そもそもなんでANAの前のシステム(able-D)はそんなに複雑になっちゃったんですか? 昔の人が適当にツギハギで作って、誰も手を出せなくなった「技術的負債」ってやつですか?
おっちゃん:
そこが世間の大きな勘違いや。キキ、逆なんや。あれは単純な負債やない、ANAが勝ち抜くために作り上げた「技術的資産」やったんや。
キキ:
資産? 足を引っ張る重荷じゃなくて?
おっちゃん:
せや。しかも、able-Dは2013年に一回大規模な刷新もしとる。単なる「誰も手を付けられなくなった古代遺跡」とはちゃうんや。 当時のANAのIT責任者は「ウチの競合はJALだけやない。新幹線や深夜バスも敵や」って言うとったんや。新幹線に勝つにはどうする? 駅に着いてすぐ乗れる便利さが要るやろ?だからスマホ一つでスッと搭乗できる「スキップサービス」を他に先駆けて作った。若者を乗せるために「コンビニ決済」も組み込んだ。お得意様を逃がさんために、とんでもなくきめ細かいマイルの優遇ルールも作った。
キキ:
なるほど……。怠慢でスパゲッティみたいに絡まったプログラムじゃなくて、競合からお客さんを獲得するために、意図的にゴリゴリの重装備にしていった結果だったんですか。
おっちゃん:
そういうこっちゃ。顧客に愛されてきたその機能は、紛れもなくANAの「武器」やったんや。やからこそ、現場も経営もギリギリまで捨てられんかった。武器を捨てるってことは、単なるITの判断やない、「経営戦略の後退」を意味するからな。
キキ:
技術的負債じゃなく、技術的資産……。自分たちを強くしてくれた鎧が、いつの間にか重すぎて身動きが取れなくなっていたのか。勝つためにやったことが、自分の首を絞めるなんて残酷ですね……。
おっちゃん:
……せやけどな。結局ANAは、その重い鎧を脱いで、アマデウスっていう世界標準の服に着替える決断をした。自前でシステムを維持する莫大なコストと呪縛から逃れて、身軽になるためにな。
キキ:
苦渋の決断だったんですね。でも、これで自社開発の呪縛から解放されて「自由」になれたんだから、長期的に見れば正解だったんじゃないですか? 世界標準に乗っかったんだし。
おっちゃん:
……キキ、ホンマにそう思うか?
キキ:
え? だって、世界の航空会社が使ってるシステムに……。
おっちゃん:
ANAは古い鎖を引きちぎって、自由になったんやない。もっとヤバい「新しい鎖」に自ら首を突っ込んだだけかもしれへんで。
第4章:独立したと思ったら、もっとヤバい依存になっていた
~キキの頭の中~
おっちゃんが口にした「新しい鎖」という言葉を頭の中で反芻しながら、私はバラバラだった情報を整理し始めていた。
ANAは新幹線に勝つために自社システムを研ぎ澄ませた。それが「資産」であり、いつしか身動きが取れない「重荷」になった。
だから、莫大な開発費と維持費の呪縛から逃れるために、自社開発を捨てて世界標準のアマデウスに乗り換えた。
JALはというと一足先にそのアマデウスに乗り換えていた。
単なる点と点だった情報が線になり、面になり……そして今、最悪の形で「立体」として立ち上がってくるのを感じた。
背筋に冷たい汗が伝う。
ちょっと待てよ……おかしいぞ!
ANAは自社開発の重圧から解放されて、「自由」になったはずじゃないのか?
いや、逆だ。むしろ……「鎖」が太くなっている。
独自システムを捨てるということは、「自社でシステムをコントロールする権利」を丸ごと放棄するということだ。アマデウスのデータ処理センターは主にドイツのエルディング(ミュンヘン近郊)にある。
もしそのサーバーが物理的にダウンしたり、ネットワークの根幹で障害が起きたら、日本の優秀なエンジニアたちはどうなる?
画面の前に座って、遠く離れたヨーロッパのエンジニアが直してくれるのを「待つ」ことしかできない。日本の空のトラブルに、日本のエンジニアが指一本触れることすらできないのだ。それは究極の無力化を意味する。
現に、2025年12月にそれは起きている。JALとANAの国際線の予約システムが同時に止まる「アマデウスショック」。ただし、この時の障害は当日午前中に復旧し、運航への影響は出なかった。それは「最悪の事態は免れた」ということでもあり、それと同時に「もし同じことが次に起きた時、どこまで拡大するか分からない」という警告でもある。
そこまで考えが至った時、さらに恐ろしい事実に気がついた。
JALもANAも、どっちもアマデウスに移行した……。
つまり、日本の空を飛ぶ2大航空会社のシステムが、どちらも遠く離れたヨーロッパの1社のサーバーに、完全に首根っこを掴まれているということだ。
ANAが国内線までアマデウスに移行しきったことで、日本の幹線航空網の予約、発券、搭乗システムが、まるごと一つの外資系企業に依存する状態が完成してしまったのだ。
これは、一企業の「経営上の問題」なんて生易しい話ではない。
民間企業がそれぞれコスト削減と合理化を追求した結果、いつの間にか日本の空のインフラが、たった一つのSaaS企業に依存するリスクを抱え込んでいた。これはまさに「国家インフラのバグ」だ。
半世紀かけて磨き上げた自社の技術的資産を捨てた代償が、「止まっても自分たちでは何もできない」という、とんでもない新リスクとの交換だったという皮肉。
自社開発の古い鎖を引きちぎって独立したと思ったら、もっと巨大なものに依存していた。
もし本当にアマデウスが完全に沈黙して、自動チェックイン機もスマホも全部使えなくなったら、どうやって飛行機を飛ばすのか?
最後は「人間」じゃないのか?システムが真っ暗になった時、紙とペンを持って空港を走り回って、混乱する乗客をアナログで捌ける現場の力があるかどうか。
世界標準の最先端ITに行き着いた先が、究極の属人化だなんて。
便利で合理的な世界標準の裏側に潜む、途方もない脆さ。私たちは今、そんな薄氷の上を歩いているのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
