ドン底の底-3
その時、勢いよくドアが開きゴリが帰ってきた。
『ただいま。よく売れてたよ!仏花が足りないくらいだな。』
そう言ってから、すっかり片付いて帰り支度をした私たちを見て驚きもせずに
『もう帰るの? はるちゃん今日も大変だったね、後は僕がやっておこうか?』
まったく、ゴリは察するのがうまい。梨花さんの顔をチラリと見て、自分も片付けながら帰り支度を始めた。
『なぁんだ山岡君、"後はやっておこうか?"じゃなかったの〜⁈』
すかさず梨花さんがゴリに一撃を喰らわし、ゴリはちょっと気まずそうに
『いいじゃんよ〜、一緒に帰らせてよ。』
と困った顔をして梨花さんを笑わせた。
つられて笑った私を見てゴリが笑いながら
『はるちゃん、久しぶりに笑ったね。』
と言った。そういえば、義母が倒れてからというもの一度も笑っていなかった。いや、笑えることなどなかったのだ。
笑顔のまま3人揃って店を出た。北玄関の少し暗い店から出ると、眩しい陽射しに迎えられ春の風が優しく笑顔の私を撫でた。
店から5分足らずのドライブで実家に着いて、3ヶ月ぶりに玄関のチャイムを鳴らした。ドアが開くと浮かない顔の母が立っていた。
どこに行くにも、何をするにも父と一緒の母は膵炎で入院になった父のことが気になって落ち着かない様子だった。
『お母さん、何か食べた? 一人じゃ晩ごはんも味気ないでしょ?私も一人だし…一緒に食べようよ!』
実のところ、私も食欲はなかった。義母が倒れ、夫が入院し、父までもが入院し、おまけに華マル生花市場から支払いの催促があったのは、たった3日前からの出来事だ。
『残りものでよければ、食べていく?私もお父さんが心配で、気落ちしちゃって何もする気がしないのよ。はるちゃんと一緒なら、晩ごはん食べようかな。』
もち麦の入った茶色いご飯に温め直した焼き魚、味噌汁、里芋の煮付け、玉子焼き、ポテトサラダ。母は冷蔵庫から次々とタッパーやラップのかかった皿を取り出してはテーブルに並べた。どれも少量だが、食卓いっぱいにおかずを並べるのは母のスタイルだ。
母と向かい合って、玉子焼き、里芋の煮付け、焼き魚と口に運んだ。母は味噌汁、もち麦ご飯、ポテトサラダの順に食べ始めた。お互いに相手が食べるのを確認しながら、口を動かし続けた。母は私のために食べ、私は母のために食べた。
『お茶淹れようか。』
母が箸を置いて温かいお茶を淹れてくれた。
『お母さん、ありがとう。明日から、お父さんが帰ってくるまで一緒にご飯食べようよ。』
そう言って私も箸を置いた。
明日から何が起こるのか、想像もつかないまま実家を出て帰路についた。
自宅の玄関を開けるとひんやりとして、いつもより広く感じられた。静けさに耐えかね、リビングに駆け込みテレビをつけた。
