めんどくさいひと
その人は「めんどくさいひと」だった。
職場でのチームミーティング。
それぞれが取り組んでいる業務や今後の予定を共有する。
ひととおり情報共有が終わったあと、その人は話を切り出した。
「みなさん、職場に救急箱があるのを知ってますか?」
救急箱? そんなのあったっけ?
僕だけでなくチームメンバーもピンと来ない顔をしている。
その人は話を続ける。
「地震などの災害が発生した時、救急箱を持って避難したいです。救急箱にはカーゼや絆創膏が入っているので、怪我をした場合でも応急処置が可能です」
たしかにそうだ。何かあったときすぐ手当てができるのは心強い。
「災害時だけではありません。風邪薬や鎮痛剤も入っているので、普段のオフィスワークで不調を感じた時も利用できます」
そうなの? 全然知らなかった。いちど中を確認してみたい。
チームメンバーも同じことを考えているようで真剣に話を聞いている。
「どころで、みなさんは救急箱が置いてある場所を知っていますか?」
みんな「あの辺かなあ」など言いながら、お互いの顔を見合わせている。
僕を含めて誰も場所を知らないのだろう。
だけど、その人の話のおかげで救急箱に対する興味は急速に高まっている。
答えを待っている僕たちに対して、その人は言った。
「では、みなさん自身で救急箱を探してみてください」
えっ?
教えてくれないの?
予想外の展開にざわつく。
「共有事項は以上です」
事務的な口調でそう言うとその人は自分の席へ戻っていった。
みんなが救急箱に興味を持った流れで教えてくれればいいのに。
そう思った。
チームメンバー全員が同じ気持ちだったと思う。
感じが悪い、と思った人もいただろう。
モヤモヤした気持ちのまま自分の席に戻る。
だけど、救急箱のことは気になる。
置いてありそうな場所をなんとなく探してみる。
見つからない。
やっぱりあの場で教えてくれればよかったのに。
モヤモヤがさらに大きくなる。
仕事がひと段落したタイミング。
ちょっと本気で救急箱を探してみる。
あった!
あれこれ探した末に自分で見つけた救急箱。
中に入っている薬も確認できた。
心地よい達成感に包まれる。
さっきまでのモヤモヤは消え、「やっぱり自分で探した方がいいよね」なんて思っている。
誰かに何かを伝えるのは難しい。
拒絶されないように、相手が受け取りやすい形にして、そっと差し出す。
だけど、伝えたかったことがそのまま相手に伝わり、行動まで繋がることは少ない。
「めんどくさいひと」のアプローチが常に正しいとは思わないけど、伝え方の正解はひとつじゃない。
やっと見つかった救急箱を前にして、そんなことを考えていた。
