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昭和ジャンキーバカ親父であるゆえ、人から見たら瑣末なことを奇跡だ赤い糸だと騒ぐのである

ネガティブキャンペーンに辟易

大阪万博が大団円を迎えた。東京2020もそうだったが、やかましいネガティブキャンペーンに辟易とさせられ続けた。デジタル社会が作り出した恩恵の裏にあるさもしい現象であり、仕方なしではある。

言わずもがな、あふれかえった情報に対して自分の意見をしっかりと持つことを心がけたいものだ。本来、さして興味のないことに余計な口を挟むものでない。だが現代は、学びもせず精査もせずに、感覚だけのコメントがSNSに上書きされていく。無責任に発出されていくSNS内の喧騒が、世論を形成してしまう。そんなハリボテ情報に左右されるのは、思考停止と言わざるを得ないはずだ。が、大メディア様でさえSNSをソースにしてネガティブキャンペーンを作り込むのだから呆れる。これらによって、今回の万博を避ける意識が作られてしまい、感動の機会を失ってしまった方が多くいるだろう。ともかくだ、いい想い出が心に残った方が多くいるのは事実であり、リピーターが多かったことも内容の充実に他ならない。

エンタメ系の会社に勤めている、タメ年男の友人が万博の運営に駆り出された。運営サイドから企業や省庁に、優秀に人間をよこせってな具合で抜擢されて乗り込んだのだ。深くおつきあいさせてもらっていたバイクメーカーの方も、未来の乗り物を創出する任務に就き奮闘していた。と、大切な仲間ががんばっていたから、余計にネガティブキャンペーンが嫌だった。

東京オリンピックと大阪万博の関連性

さて本日、言いたいことは今回の万博にまつわる昭和の赤い糸だ。拙著「俺たちの昭和後期」では、昭和の奇跡的な繋がりや関係性のある事象に対して、赤い糸で結ばれていると表現した。今回の万博でもなんともいえない結びつきを発見した。いやはや、拙著でも書いたが昭和ジャンキーゆえ細かな細かな繋がりさえも、昭和の奇跡として賛美してしまう。病気だな。

そもそも、昭和100年に万博が開催されたことが、まずばっちりと糸が繋がっているではないか。昭和45年から55年の時を経て、同じく大阪で開催されたのだ。日本においては、オリンピックが東京なら万博は大阪なのだ。このトレースがたまらない。

拙著では、万博は昭和後期へのきっかけになったと強くフィーチャーする筋にしていたから、執筆が佳境のなかを抜け出して太陽の塔に取材へ出かけた。処女作を仕上げるのに強くパワーをいただいた。

失礼。それてしまった。今回の万博の最終日が、偶然にも、奇跡的に、やはり昭和は赤い糸だ…、と歓喜したのは、重度の昭和ジャンキーゆえだ。

万博最終日となった10月13日は、「スポーツの日」だった。元々は「体育の日」であり、昭和39年の10月10日に開催された東京オリンピックを記念して、昭和41年より採用された祝日だ。さあいくぞ。昭和100年の万博の最終日が、東京オリンピックに端を発した祝日にピタリと重なっての大団円である。おーっ、パチパチ。これを昭和の摩訶不思議なパワーに感じてならないのを、共感いたただけるだろうか。ただのアホだとSNSで叩くに十分な、昭和ジャンキーバカ親父であることは自認している。

去年の秋に出かけた万博記念公園で、晴天が迎えてくれた。
拙著では、大阪万博と三島由紀夫の割腹自殺を
昭和後期へのチェンジャーとしたゆえに必要な取材だった

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