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【創作大賞2025】ROOK②【エンタメ原作部門】

その後、俺が目ぇ覚ましたのは帝国が敗北を認めたあとやった。

隊のやつがすし詰めなって俺のベッド周りにおる光景は酷く滑稽やったけど、そこに俺らの上官、羽張大佐だけおらんのが引っ掛かった。

目ぇが覚めさえすれば、傷は銀次が完璧に治してくれとったから復帰は早い。
寝とる間に目まぐるしく変わった世界情勢を聞きかじり、ハヤブサを退けた功績で俺らの隊は皆昇進やら勲章やらパレードやらに引っ張りだこ。

せやけど、皇国初のルーク実戦投入の結果が被撃墜であることは変わらん。
だから羽張大佐への風当たりは強いし、誰よりも心配していただろうに俺が目覚めたとき傍におれんかったんやろう。

たまたま俺が五体満足で生きとるから
ハヤブサが情けをかけたから

俺らの分隊が解体されず、現状を維持できているのはそこなんやろな。

***
(羽張視点)

『昨日の敵は今日の友』とはよう言ったものや。
ようやっと終った戦争も、新しい戦争の始まりでしかない。
帝国との戦争は俺らが戦勝国となりはしたが、楽勝だったとは言い難い。
外野は虎視眈々と俺らが疲弊するのを待っとって――今、満を持して月白皇国にエルマーニュ共和国が殴りかかってきた。
召喚術による物量戦を得意とする共和国を単独で捌くのは無理、それがお上の判断。
そしたらちょうどええとこに帝国の残兵が残っとるから人的資源を根こそぎ貰い受けようっちゅうのが和平の条件やった。
とはいえ、文字通り根こそぎ持ってくことは出来ひんからひとまずの要望を出せとのこと。

俺が目標とさせられたルークによる分隊編成――モデルは帝国軍、かのハヤブサが率いるハーピー分隊。
その分隊長であるハヤブサを真っ先に帝国に要請した。
あれだけの戦果を上げたルーク、当然難色を示すだろうと思っていたのに帝国は簡単に手放した。
ありえへん
最後の戦でも思ったが、帝国はこのルークを神風が如く使い捨てよる。
後にわかったことだが、あれは友軍撤退のための遅滞戦闘やった。
たった一人で遅滞戦闘させて――
それも作戦行動ではなく、場当たり的なものできっとハヤブサ自身が考えた結果なんやろ。

「アラド帝国第三師団所属ハーピー分隊分隊長ジウ·ミコゼ少尉であります。この度はご指名いただき光栄に存じます」
「月白皇国秋津方面軍所属魔工参謀羽張和平少将や。そない固くならんと気楽にしてええで」
「お気遣い感謝します羽張閣下」

黒のセーラーコートと軍帽をきっちり身につけて、姿勢正しく礼をする。
――眼前の少女のなんと小さきことか。
我が国が恐れていたハヤブサがこんなにも小柄な少女であったなど誰が想像できる?
丸みを帯びても良い年頃のはずなのに痩せ細った身体は少年のようですらある。
ハーフパンツから覗く脚など鳥みたいにカリカリや。
ガリガリに痩せこけた少年兵ーーそれがハヤブサの第1印象やった。
せやけど目を見れば考えは変わる。
研ぎ澄まされたラプターイエロー
誇り高き鷲のような目は数多の空域を支配した蒼天の捕食者そのものや。

「ミコゼ少尉、帝国ではどうだったか知らんけどな、ここではもう少し肩の力抜きぃ。うちでルークが軍人然としてるのはあまりよう思われん」
「……善処します」

本来なら保護者同伴が求められる年齢だ。
戦時下とはいえ、たった一人で異国のーーそれもつい先日まで敵国だった地に立つことがどれほどのことか。
倍は生きてるだろう俺ですら躊躇するっちゅうのに、堂々とした立ち振る舞いは本物の軍人。
驕りも萎縮もない。
成すべきを成すだけ、その自然体は根っからの職業軍人そのもの――ほんまに子供か?
帝国のルークは皆こうなんか?
いや、ハヤブサが特殊なんやろ

「まあ、すぐにとは言わん。これからよろしくな」
「皇国のお役に立てるよう、微力を尽くさせていただきます。今後とも何卒よろしくお願いいたします」
「せ、せやからな?……はあ、染み付いてるなあ。もうええか」

ミコゼは俺の言葉を建前と受け取ったらしい。
秋津の訛りが染み付いて取れん俺なんかよりもよっぽど綺麗な月白語を操る。
他国の言語――いくら翻訳術式があるとはいえ、ここまで自在に扱うとは恐れ入る。

「着任して早々悪いが念の為パーソナルデータを取らしてもらう」
「はい、承知しました」
「術式的な検査もあるし、俺の部下であるルークを紹介するからついてき」
「はい」

――帝国産ルークの隣にうちのルークを並べる日が来ようとはな。
こうも完成された軍人であるミコゼを見ると、俺が先の大戦中に編成していた分隊は幼児のお遊戯レベルでしかない。受け答え一つとってもだ。

真白ならあるいは――そう思っとった俺を嘲笑うように、完璧に防御壁張っとった真白を落としよる。
それも手加減した上で本国に帰還しているのだ。

軍服を着ていなければ、俺らは親子に見えてもおかしない。
せやのにその存在感は子供とは到底思えない。
俺の後ろを着いてくる少女がホンマはバケモンなんちゃうか――後ろを振り向くのが恐ろしいなんて、ええ年した大人がアホらしい。

***

(真白視点)

『機械化魔導飛行団』それが俺らの所属する師団。その名の通り、機械と魔術を合せた力で人を飛ばす。

機械だけでは燃料と装甲にコストがかかりすぎる。
魔術だけでは汎用性と安定性に欠けてしまう。
せやから両者がお互いの欠点を補い、長所を生かしあうよう掛け合わせた。
皇国軍における帝国エアメイジへのカウンター兵科。
前線に子供を出さない皇国の意志。
――彼らを飛ばすのが俺らの仕事。出撃するのは俺らやない。

魔力を充填し、術式を刻み直す。
そうすれば精霊の加護を持たない大人でも大空を飛ぶことができる。

「真白、おるか」
「はい羽張閣下」
「ちょっと来ぃ」
「はい」

一通り飛行装具点検を終えて報告書をまとめていると羽張が部屋に顔を出した。
目まぐるしく変わる情勢の中、羽張大佐は少将へ昇格しとって自ずと呼び方も変えなあかん。
俺にとっては幼年学校の『先生』で、その時羽張先生は中佐だった。せやけど戦争が先生を少将まで押し上げる。
久しぶりに会うた先生はいつも以上に身なりが整っとって、どう見てもよそ行きの顔やった。

「顔見せれんで悪かったな。怪我はもうええんか?」
「はい、起きたときにはなんともありませんでした。不知火が治してくれたんで」

心配げに俺を見る羽張の目は、俺に擦り傷の一つもないか探すかのようだ。
せやけど、うちで一番の魔導衛生兵ヒーラーである不知火銀次にかかれば擦り傷の一つも残らない。

「そおか……ほんなら、仕事の話や」
「はい」

きっとこれが『よそ行き』の身なりをしている理由だろう。
俺の肩を叩くと羽張は廊下を歩き始める。
なんやろな……どこかウキウキしとる先生を見ると嫌な予感しかせえへん。

「俺がてんてこ舞いしとった理由やねんけどな、まだ機密である事は心せぇ。そして、盛大に驚いてくれて構わん」
「は?」

羽張に着いていくこと数十メートル
小会議室の前で俺を振り返り見た先生はニヤリと笑みを浮かべてドアを開けた。

「待たせたなミコゼ少尉。俺の部下を紹介させてくれ」
「はい閣下」
「なっ」

――あの目を忘れるはずがなかった。
ラプターイエロー
頂点捕食者の持つ色彩

俺を叩き落したハヤブサが
ずっと追いかけとった大鷲が
ホンマに目の前の少女やいうんか

地上で見るハヤブサは、俺の想像より二回りは小さい。帝国ルークの軍服に身を包んで、姿勢正しく起立する――まさか本当にあのハヤブサが?

「真白、昨今の情勢は伝え聞いてるな?こちら帝国軍からの先行魔導兵援助で派遣されたジウ·ミコゼ少尉だ」
「ご紹介に預かりました帝国軍第三師団所属ハーピー分隊分隊長ジウ·ミコゼ少尉であります」

微動だにしない真っ直ぐ射抜く鷲の目に、きっと口開けて間抜けヅラを晒す俺の姿が映ってんのやろ。
情けない。
せめて声が震えんように喉に力を入れるけども、隠せなかった動揺は既に軍人としての格を知らしめる。

「……機械化魔導飛行団所属白狐分隊分隊長入江真白少佐です。羽張閣下、これは一体――」
「昨日の敵は今日の友っちゅうことやな。年も近いし仲良うせえよ」

ガハハと笑う先生
俺は眼前の現実を受け入れられず絶句した。

少尉やと?
あれだけの戦果を挙げておいてミコゼ少尉・・
俺はたった一度の出撃で、結果簡単に落とされて……アンタハヤブサの情けが俺を生かしてるだけなのに。
何も成してない
何の戦果も出してない
せやのになんで俺は少佐・・やねん

「入江少佐殿」
「なん――」
「先の戦闘で御身に仇なしたこと、深く謝罪申し上げます。何なりと処罰願います」

ゾッとした。
ミコゼはなんの躊躇もなく俺の前まで歩み寄ると、首を差し出すかのように跪いてみせる。

「ちょちょちょい!ちゃうわ!そんなことの為に引き抜いたんやないねん」
「頭を上げてください。謝罪など必要ありません。むしろ貴女のおかげで俺は生きてます」
「ずっと心残りでした。小官の経験した範囲となりますが、貴国のルークと相対したのは入江少佐殿が初めてでありましたので……壮健なお姿をお目にかかれて感謝の念に堪えません」

何とか頭を上げさせることはできたが、ミコゼの言葉は明確に俺との壁を作る。
同じ子供とは思えない完璧な月白語を操って、俺を的確に少佐と扱う。先生が仲良くしろ言うたの聞いてなかったんかちゅう態度やーー階級でしか俺を見てへんのとちゃうか。

「……羽張閣下からもありますように、我々は同じルークであり同年代の子供です。そう遜られると『仲良く』しにくい」
「大変申し訳ありませんでした。以後留意します」
「……はぁ」

言葉だけの謝罪であることは明白だった。
何を言おうとミコゼの姿勢は変わらない。それが帝国兵のあり方なんやとしたら仕方ないものでもあるのだが。
――俺が逆の立場だったとして、ミコゼみたいにできるんやろか

「だいたいなぁ、それを言うならこっちも謝らんとやろ。最後被弾したやろに、怪我は大丈夫なんか?」
「はい、いいえ羽張閣下。先の戦闘ではその、牛鬼の八脚でガードしましたので……被弾したフリをさせていだきました。ご心配をおかけし、大変申し訳ありません」
「被弾したフリ……?」
「あぁ、なるほどそういうことか。いや、大事なかったんならええねん。やっぱりハヤブサに空中戦では敵わんなぁ。真白、今のうちに色々聞いときや」
「はい。ずっと目指していた好敵手と今度は肩を並べることができるとは感無量です」

***
(真白視点)

羽張にミコゼの身体検査をするように託されて、俺はミコゼを医務室へと連れて行く。
帝国ルークの軍服を身に纏ったミコゼは当然目立ってしゃあないけど、本人は全く微動だにしない。ミコゼは完璧な軍人だった。
――こんなんどうやって仲良くしたらええねん

医務室で身長、体重、魔力量、基本的な健康診断をまずは行う。そこは軍医に任せて俺は待っとったけども、ミコゼは簡単な検査にすら引っ掛かるようで中々に長引いた。
それもそうや。誰がどう見ても発育不良でガリガリの身体が『健康』であるはずがない。
時折軍医の悲鳴が聞こえながらも、一通り検査が終わって出てきたミコゼは少し疲れた顔をしていた。その手には封の開いた軍用チョコレートが握られている。

「申し訳ありません少佐殿、今食べるようにと軍医に持たされまして」
「食べ食べ。アンタはガリガリすぎる」
「それでは失礼して……」

バキッとチョコバーに食らいつくミコゼはようやく年相応に見える。軍医の一人がミコゼをテーブルに誘ってお茶を勧めとるのを尻目に、俺はミコゼの検査結果を受け取った。

「入江少佐、貴方に言うのもどうかと思いますが、彼女を使うのはやめたってください」
「……残念やけど俺には決定権がない」
「それでも!……はぁ、今を生きとるのも奇跡と言う他ないんです。これを、後でちゃんと読んでください」
「わかった。他に注意すべき点は?」

軍医は酷く憔悴した顔で俺にミコゼの検査結果をまとめたファイルを手渡した。今を生きとるのが奇跡と軍医に言わせる程の何か。それがこのファイルの中にあるというのか。
羽張への報告義務がある俺は胃に鉄を流し込まれたような気分になる。

「その……彼女の身体に、罪印があります」
「……ザイイン?なんや、それは」

軍医は言いにくそうに目をそらしながら告げたが、聞き慣れない言葉に俺はなんのことかわからんかった。
軍医は俺が理解できていないのを見るとファイルの中からミコゼの写真を取り出す。

「軍規を犯した兵は懲罰兵となります。そして魔導大国帝国では、懲罰兵の身体に罪印を刻み、術式で命令を強制させると」
「なんっ……懲罰兵?」
「聴取はそちらでお願いします……はぁ、なんて酷い……帝国軍は人の心がないのか」

写真に映る彼女の痩せ細った身体には黒黒としたラインが走っている。それは心臓から腹にかけて、まるで拘束するかのような軌跡を描く。

信じられん
いくら前線にルークを投入する帝国といえど、その扱いは丁重だったはず。
子供である、それを考慮した扱い――そのはずやのに、ハヤブサが懲罰兵だったというんか?
あれだけの戦果をあげて、俺らを苦しめてきたハヤブサが一体何を違反したっちゅうねん。いつ懲罰兵にするタイミングがあった。

一体どんな人生送ってきたらアンタになれるんや

目の前が真っ暗になるような、あまりの情報量に立ちくらみを覚えながらファイルをバックパック内にしまってミコゼの元へ戻る。
お茶を飲みながら軍医の女性と談笑するミコゼはようやく少女らしい柔らかさを見せた。
――ずっとこのまま、茶会をしとったらええのに

せやけど俺の気配に気づいたミコゼは、一瞬で軍人の皮を被り直す。
なんで大人の軍医とは仲良くできて、同年代の俺にはできひんねん。

「次はバックパック術式の検査や」
「え」
「なんや。帝国でも規定としてあるやろ。それともやましいことでもあるんか?」

澄ました顔に明らかな動揺が走る。
それが俺らに仇成すものではないことは感覚的には分かる――その気があるなら今動揺なんてせんやろしな。

「はい、いいえ入江少佐。お調べいただくことは当然のことと理解しております」
「なら何が不満や」
「ふ、不満ではありません。ただどうか入江少佐、先の戦闘を踏まえてお調べいただきたいのです。そして小官は、模範兵とは程遠い存在であります。しかし決して貴国に仇なすつもりは毛頭なく――」
「あぁ、上からボタボタ落としとったあれか」

俺との空中戦時にあれだけ瓦礫やらなんやらを落とすには普段から意図的に収集しとかなできん。
なるほど、手グセの悪さが露呈することを恐れたか。

「はい。小官はバックパック術式をシールド代わりに使用するため、着弾前の砲弾や銃弾も含まれます」
「理解はした。けど判断するのは俺やない。結果によっては破棄を命じられることもあるやろ」
「承知しました。ご厚意感謝します」
「じゃあ始めんで」
「はい、よろしくお願いいたします」

ああ、これは動揺するのもさもありなん、といったとこか
ミコゼ少尉のバックパック術式に接続し、在庫照会術式でもってバックパック内の物資を一覧化させれば普通のルークのウン十倍、下手したらウン百倍もの物資が表示されて目がくらむ。
専用の機器に通して感熱紙に印字させれば、びっちりと文字の刻まれた紙が延々と垂れ流されていくし、何なら途中でロール紙交換させられた――たった一人分のバックパックでやで

「海水1トン真水1トン、破損した戦闘機やらなんやらもまだわかる――実際俺らはそれで苦労したしな――でもこのイノシシやらクマはなんやねん」

垂れ流されていく感熱紙をすくい上げて一部を読みあげれば、居心地悪そうに肩を縮めて目をウロウロさせるミコゼ。

「……非常食であります。バックパック内は時間経過しないので狩りをして解体する時間までは取れなかったものをひとまず……いつか食べようと」
「軍用糧食十分量積んどるのにわざわざジビエ食うんか?」
「はい。入江少佐、先の調査で分かっておられると思いますが小官は燃費が悪く、魔力生成に掛かるカロリーは人よりも多いのです。有事の際はハルピュイアを憑依させ、より魔力を得られるようそのまま食らいます」
「は?」
「元より私はハーピーイーグルに育てられました。昔に戻るだけです」
「待ってくれ理解が追いつかん……生のまま食うって言うてんのか?」

確かに、生き血には生命エネルギーである魔力が多分に含まれる。それは人に限らず数多の生物において共通だ。
魔力を得るのに生の血肉を食らうことは確かに合理的ではあっても、人間の消化器官で――いやそうでなくても、生の血肉を食らうなど考えられない。
そもそもハーピーイーグルに育てられたってなんや?鷲に育てられたって言うてんのか

「はい、少佐。その必要がある場合に限りますが」
「ならんように努力せえ」
「はい」

皇国において餓死なんてされたら目も当てられん。現地調達なんてせんでもええように食事面を考慮する必要がある――せやからこんなにガリガリなんやろな。

「全く……銃火器だけでも何丁もっとんねん。おんなし銃そんなに必要か?」
「時にリロードするよりも入れ替えたほうが早いのです少佐」
「……なるほど。せやけど、よう見たら皇国製の銃ばっかやな」
「大変申し訳ありません。先の戦争で、鹵獲させていただきました。皇国製の銃は私にとって扱いやすく……」

同じ型番の銃が何丁も連続して印字されている。その一つ一つに識別登録されとるからそうなるんやろ。弾薬を装填するよりも弾の入った銃に入れ替える方が早いと言うのには納得だ。
しかしその連続する型番はどう見てもうちの銃やった――つまりこれだけの皇国兵から勝ち取ったってことなんか

「鹵獲癖があるみたいやな?」
「模範兵たりえぬ所以です。その、この度を持ちましてご返還したほうがよろしいでしょうか」
「さあな。俺の一存では決められん。最終的な結果でもって要請されるときはされるだろう」
「はい」

***
(羽張視点)

「調査は終わったか真白」
「はい」

俺の問いかけに疲弊した顔で答えた真白は、感熱紙の山を持って俺の部屋に来た。
バックパック術式の照会に時間がかかるとして、先にミコゼ少尉の身体検査結果を真白から提出されていた。それを読みながら真白を待っとったわけだが、あまりの悲惨な結果に俺は目を覆いたくなる。

「……帝国が簡単に手放すわけやな。魔力量、術式、希少な加護でもって優先順位が付けられる帝国ルーク。そんなかで、ハルピュイアと牛鬼の二重加護と言えど憑依しかできんのなら、ハヤブサはどうあっても最下位や」

帝国が魔導大国と言われる所以
千差万別の精霊による加護を持つ少年少女に、上から優先順位をつけていく。
もちろん優先上位のルークは丁重に扱われるが、優先下位のルークはそれこそ使い捨てにされる。
俺らがハヤブサと恐れていたミコゼ少尉は、この結果を見るにどれだけの技量があろうと優先最下位だろう。

「魔力量に至っては我が国の一般歩兵基準を下回ります。ルークなど、以ての外です」
「魔力探知に引っかからんってウンウン悩んどったのに蓋を開けてみたらこうも単純な理由だったとはな……ひとえに精霊の好意が彼女をルークたらしめる、か。なんて酷な」

真白は淡々と報告を続けるが、その声色は現実を認めたくないと告げている。
そらそうや。
遥か高みにおると信じていた存在が
何もかもを持ちうるであろうと思ってた好敵手が
何一つ持ち合わせていなかったどころか単純なスペックで真白に遥か劣るなど、なぜ受け入れられるか。

魔力探知に引っかからん魔力量など、本来一般徴兵基準にすら弾かれる――魔力は生命エネルギーに直結するのだから。

精霊が彼女を愛したから
それが如何に素晴らしく光栄なことであっても、だからこそ彼女はルークとして戦場に立たねばならなくなったのだ。

「憑依による精霊の加護は術式と違ってマニュアル操作のようなものです。個人の技量だけでここまで……俺は彼女の足元にも及びません」

努めて冷静に言葉を発する真白でも、悔しさともやるせなさともいえる表情を浮かべている。
真白はずっとハヤブサを追いかけて訓練を積んできた。
出撃できるとも知れず、なおたゆまぬ努力を続けてきた。
当然俺はそれを知っていたから出撃を許可したのだ――結果、手加減されたうえで敗北している。

「真白、魔力の援助をしたってくれ。それで術式自力で刻めるようになるんやったら命を削ることもないやろ」
「それはもちろん。念の為確認ですが、命令と捉えても?」
「ん?」
「彼女と対面して、断られる可能性を感じました。命令であれば、拒否はできないかと」

確かにな
真白なりにミコゼ少尉と『仲良く』しようとした結果、彼女の在り方を知ったのだろう。
よく見ている
真白の進言には俺も同意や。

「せやな。皇国の価値観を刷り込ませて俺の名前を出してもええ……帝国め、エアメイジの基準にも満たない子によう戦闘機を落とさせたな――まさか補助術式無しであの高度まで?」
「シールドの代わりにバックパックを使うと聞きました。わざわざそんなことをするルークが補助術式を維持できるとはとても……インフラ術式が最優先でしょう」

ハヤブサの戦闘記録を思い起こす。
このステータスを前に、一体どうやって成し遂げたと言うんや。いくらハルピュイアの加護が心肺機能を強化させたとしてもだ。人の形を保っている以上、そんなものたかが知れている。

シールドの代わりにバックパックを使うなど――用途の違う術式はそもそも発動までの時間だって違うだろうに。専用の術式があるということはそれだけの理由があるというものだ。そうでなければミコゼのようにバックパックで事足りる。普通のルークがそれをしないということは、本来バックパックはシールド足りえないということだ。
通信術式インフラを優先するならば、ミコゼ少尉は全てを切り捨てなければならなかったんだろう。

「なんてことを……引き抜けてよかった。せめてうちでは、戦時下といえど年相応の生活をさせたい。もちろん真白、お前たちも同じや」
「存じております」

ただただエースを引き抜けてラッキー、そう思っとったのに。
今、生きて月白皇国の地に立つ事がどれだけの努力と死力を振り絞った上で成り立つものか。想像もつかんし安易に理解してええもんとちゃう。

「はぁ……ルークを普通に使ってる帝国だけあってミコゼ少尉は大人顔負けの軍人や。せやからなんにも心配してへん……問題はうちやな」
「……伊代ですね」

白狐隊とてうちのルークの中では上澄みも上澄み。
せやけどミコゼ少尉という本物の軍人の前では幼子といって相違ない。
中でもうちの問題児を思い出せば、真白も俺と同じ人物を思い浮かべたようだ。

「ああ……ひとまずお前の分隊に組み込んで、ハーピー分隊丸々もらえるんなら元に戻ってもらうつもりや……せやけど難航しとんねん」
「エース分隊ですから、いくら我が国が戦勝国と言えど引き抜くのは大変でしょう」
「おん。引き抜けても1〜2班程度かもしれん。その場合は増強分隊として白狐隊に組み込む」
「承知しました。しかしミコゼ少尉は、少尉のままなのですか?」
「ん?」
「優先最下位故に昇級できなかったと推測できますが……それと、その――」
「……罪印の話か」

身体検査結果についていた写真。
当然真白も見たのだろう。
事前に知っとったとはいえ、実際にその烙印を目にすると胸が重くなる。

「はい。ミコゼ少尉は本当に懲罰兵だったと?」
「これは帝国からの身辺調査書にはっきり記載されとる――その印は二度と消えへんものやからな」
「……理由をお聞きしても?」
「調査書には……組織的敵前逃亡を企てた罪として一度階級を剥奪された後、ハーピー分隊へ復隊と書かれとる」

帝国からのミコゼの調査書
極短期間ではあるが懲罰部隊に組み込まれている。
その後すぐに復隊しているのを見るに、まるで『手違い』にも思えてくる。

「組織的、敵前逃亡……?しかし、自分と交戦したときには復隊していたと?」
「そうや」
「……聴取を、なさるのですか?」
「そうやな。せなアカン」
「自分にはとても……事実とは思えません。しかしそれが事実だったとしても、少尉というのは階級が低すぎます。自分としてもやりにくい」

「……それもそうやな。うちで簡単な仕事与えた後に妥当な階級まで昇級させよか」
「ありがとうございます」


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