【創作大賞2025】ROOK④【エンタメ原作部門】
(ミコゼ視点)
皇国の鳥たちをパン屑で誘ってお茶会と洒落こもう。
ルークとしてやれることの少ない私はハルピュイアの加護を耳に回して鳥たちとの交流を図る。仲良くなれば彼ら彼女たちは、私の目となり、耳ともなってくれる良き友人。
人の目は気にしていても、鳥の目まで排除しようと考える要人はそういるものじゃない。
配給のパンをほんの少し残しておいて、近くの空域にお誘いの声掛けをしてみれば、黒漆のそれはもう美しい羽艶をもつカラスのアベックが舞い降りる。
「こんにちは、はじめまして」
『こんにちは、鷲の姫さん。珍しいことだね。越冬かい?』
「ハッハッハ!まさかね。仕事だよ仕事」
『大変ね。まだ雛鳥だというのに……困ったことがあれば何でも言ってちょうだいね』
やれやれ、彼女たちからすると私すら雛鳥か。
子供であることには変わりないが、なんともくすぐったい。
「ありがとう。是非そうさせてもらうよ。これはそのためのちょっとしたプレゼントだけどいかがかな?」
『おや、これはご丁寧に……しかしすまないね。今ちょうど食事を済ませたところなんだ』
「なんと、それはもうしわけない。この地は食うに困らないのかな?光り物の方がよろしいか?」
用意していたパンをバックパックにしまい込んで、今度は青いビー玉を取り出せばようやくお眼鏡に叶ったようだ。
『キラキラ!その玉ががいいわ。ありがとう!』
『昔はそうでもなかったんだけどね。今は豊作なんだよ』
「豊作?今は何が実る時期だったかな?」
『あら違うわよ。木の実じゃないの。トンボよ、大きなトンボ』
「蜻蛉?」
『気になるかい?なら少し待っていてくれ。今捕ってきてあげよう』
旦那の方が私のために狩りに出かけてくれた。
なんと良い男だろうか。嫁さんの美しい羽艶も旦那の羽繕いの賜物だろう。
――情報収集相手として当たりを引いたな。
「元々ここに蜻蛉はいたの?」
『いいえ、よそ者よ。だってここにはヤゴが住める水場がないじゃない』
「たしかに」
『待たせたね。ほら姫さん、こいつが件のトンボさ』
「なっ!?こいつが、豊作だと?」
『そうだね。こいつも、姫さんの言うところの『シゴト』中なんだろう。動きが鈍くて私達にとっては良い獲物だ』
「ありがとう。私も仕事ができた。あとでこのお礼は必ず」
目を見張るほどの賢さを備えたカラスが狩ってきた蜻蛉は私の目には見えなかった。黒い嘴に咥えられた透明な『何か』がそこから抜け出そうと踠いているだろうことは嘴の動きを見るに分かれども、だ。
――不可視性使い魔
こんなものは自然界に存在しない。
術式で作られた存在、もしくは召喚された異界のもの。
慎重に『それ』を受け取って、ハルピュイアの憑依を目に回す。鳥の目であれば見えるのなら、私にだって見えるはずだ。
私が受けとったそれは、オニヤンマよりも一回り大きい蜻蛉型の使い魔。尾先には針のようなものまでついている。
こんなものが、おやつも食べれないほど湧いていると?
静かなる侵略だ。
召喚大国エルマーニュ共和国より攻撃を受けている。
自らの手を汚さず、血を流さず、我々に出血を求めるとはなんと賢しいことだ。
(羽張視点)
「羽張閣下、ご相談したいことが――」
「おん、どうした真白。えらい顔色悪いな」
「はい。どうにも、身体が急に……」
いつだって模範兵たらんと背筋を伸ばしていた真白が、今にも倒れそうなぐあいに俺の元へとやってきた。元より色素の薄い真白だが、血の気の引いたその顔は死人のようで体調が悪いことは誰の目にも明白やった。
珍しい。
自己管理できんような子ではないし、多少の事は無理を通すような子や。それが俺の元へ来るとはただ事ではない。
俺の脳裏に別地区で流行っているとされる原因不明の病がよぎる――いや、まさかな。
「羽張閣下!ミコゼ少尉です、至急お耳に入れていただきたいことがあり参じました。入室許可願います」
「ん?なんや珍しい。入りぃ」
「失礼します。羽張閣下、あぁ入江少佐も良いところに。今すぐご覧いただきたいことが――っ!」
珍しいことの次にまた珍しいことが続く。
形だけの入室許可の後、ミコゼが遠慮なく入り込む。大股で俺の元に寄ってくるミコゼは真白もいるのを確認すると言葉を止めた。
――俺にはそうとしか認識できなかった。
ヒュッ、と風を切る音
次いで、トンッ、と壁に突き刺さる音
ミコゼ少尉が真白に向かってナイフを投げた。
何故とかどうしてとか、何が起こったとか
そういった反応が自分の中に発現する前に、答えが眼前に広がる。
ナイフの先には手の平大のトンボが壁に縫い付けられて青黒い血を垂らしながらピクピクと動く。
こんな大きなトンボ、先刻まで存在しなかった――いや、視えていなかっただけなのか。致命傷を与えられて、そのステルス能力を失うに至る、その時まで俺らは気づきもしない。
ふと見慣れぬ紋様を持つ大きな蛾が視界を横切り天井へと昇る。あのトンボが隠しとったんか。
パンッ!
ミコゼは迷いなく引き金を引いていた。
天井へと飛ぶ蛾に向かって。
しかしその弾丸が当たることはなかった。次々とステルスを解除したトンボが姿を現し、蛾を守るように突撃する。
ミコゼによって撃ち落とされるトンボの死体は山となる。こんなにも入り込まれとったとは……
トンボに庇われ天井へと昇った蛾は、最後のピースやった。
天井を埋め尽くす蛾たち。
一体いつから……いやステルスサーヴァントが今までこいつらを隠しとったんや。
羽に術式紋章の一部をそれぞれが持ち合わせ、繋ぎ合わせることで召喚陣が完成する。
最後の一匹が自分の持ち場へと収まると、完成された召喚陣が光を放った。
「チッ」
召喚光と同時にふわりとした浮遊感を覚える。
俺と真白はミコゼによって窓から放り出されとった。俺が状況を理解できたのは、空中で群青色の蜘蛛脚状触手に受け止められて地上に降ろされてからだ。
ミコゼ少尉は俺らの後に窓から銃を構えて飛び降りてきとった。けども彼女を追うように窓から伸びてきた鋭利な『何か』がミコゼの肩を抉る。
「閣下、お怪我はありませんか」
「そんなもん……俺よりもミコゼ少尉やろ!はよ止血せえ!」
「かすり傷ですのでご安心を。それよりも入江少佐が心配です。先のステルスサーヴァント、毒針を保有しておりました。ここは私が受け持ちます。申し訳ありませんが少佐と共に離脱を」
「お前だけ残して行けるかっ!」
バキバキと窓枠を壊し、無理やりその巨体を覗かせた『何か』は戦車ほどはあろうかという巨大なサソリやった。
さっきまで立ててた真白は最早自立することもままならない。弱々しく呼吸するので精一杯な様は、ミコゼ少尉の危惧するところのように、毒にやられてる可能性はある。
せやけどミコゼの肩を抉ったあれもサソリの尾だ。サソリの尾には毒が付きものやろ。掠り傷言うたかて――
「遅滞戦闘に努めます。応援を呼んできてください。パッケージを抱えたままの戦闘は生存率を損ないます」
「くっ……応援呼んでくるわ。絶対死ぬんちゃうぞ。無理に相手せんでええ!」
「ありがとうございます」
米上からは触手と同色の牛角が生え、ラプターイエローも同色の青となる。白目部分が黒色変異したその姿は牛鬼の憑依と言えど異形そのものだ。
数多の空域を支配した鷲
空中戦にのみ特化したルークだと思うとった。
しかしそれは違う。
牛鬼の加護を持つミコゼは陸戦においてもそんじょそこらの歩兵を凌ぐ――なんで子供がここまでできんねん。どんな生き方をさせられてきたっちゅうんや。
(ミコゼ視点)
窓枠から彼奴が完全に出てくるまでには閣下を説得することに成功するも、本当にギリギリのことだった。
称賛すべき道徳心の塊は、時として非合理的であり、全滅の危機すら有している。
お優しいことだ。
しかして私には鬱陶しい以外の何物でもない――お前の身に何かあればどの道銃殺だと分からんのか。
巨大な体躯はサソリの形状をしていても、その装甲は単純な節足動物のものではない。
脱出時に軽く散弾を浴びせたが、有効打たり得ていないのだから。
さてどうするか
――燃やすか?
高硬度な装甲であっても、生物を模した機械兵器でないのならそれは金属ではない。そう信じたい。
その組成が有機物であれば燃えるはずだ。
Cであれ!Cであれ!Cであれ!
窓枠から乗り出したサソリ型召喚獣はそのまま地上へ落下してきた。
着地はその巨体からして想像もつかないほど軽やかなものだ。益々有機物である望みが高まってくる。
しかし私を真っ直ぐターゲッティングしてくれるのはありがたいことだが、こいつの召喚目的は一体何だ?殺戮が目的なら私を無視して走りまわればいい。私に暴走するこいつを止める術はないし、走り回るだけで破壊の限りを尽くせるだろうに。
私が有効打を持たないことを理解しただろう。なぜ律儀に私を相手にする?――いや理解する脳みそがないのか。
まずは生物の弱点、腹部を見せてもらうべくひっくり返す。
手榴弾を足元に転がして爆発で横転を狙う。ついでに脚の一本ももげないかと思ったがやはり難しい。体勢を崩すには成功するも、彼奴にとっては擦り傷程度か。
だが、崩した隙を逃しはしない。
牛鬼の触手でサソリの脚を掬い、完全に仰向けにひっくり返す。
体勢を立て直す間を与えずバックパックから未着弾の砲弾を放出。
制圧砲撃
超局所的な爆撃で流石にダメージが通っていそうだが、難なく原型を留めている。
やはり燃やす他ない。
牛鬼からハルピュイアに憑依をスイッチ
飛翔し上からたっぷりガソリンを振り掛ける。
最後に火属性の術式弾を装填したライフルで着火。
――戦闘終了
有機生物で助かった。
燃料まみれとなったサソリはよく燃える。
さすがの装甲も燃焼には耐えられない。炎の中で苦しげにのたうち回っている。
あとは最後の悪あがきをされないよう、息の根が止まるまで見張るのみ。
(黒鉄視点)
「ミコゼ隊長、これは……いったい?」
眼前の光景は信じがたいものだった。
閣下の部屋があったであろう3階の窓は、最早壁ごとぶち破られて吹き抜けとなっている。
およそその真下には車ほどはある何かが燃えとった。
燃え盛る炎からはみ出た長く鋭利な尾
苦しげに炎の中をのたうち回る影
これらを鑑みるに、甚だ信じがたいがサソリ型の生物のようだ。
羽張閣下の要請により、俺はミコゼ隊長の応援へ向かっていた。
静まり返っとった軍本部で連続する銃声と倒壊音がするのだ。要請を受けずとも、俺は音の方向へ向かってただろう。
「ああ、黒鉄中尉が応援か?」
「はい、閣下の要請を受けて……せやけど、いらんかったようですね」
瓦礫に腰掛けて、さもキャンプファイヤーかのように火柱を眺めていた少女の目が俺を捉える。鷲のような黄色い瞳はどこか人ならざる者のようで、一対一で対峙すると途端に背筋に冷たいものが走る――同い年の少女相手にだ。
「いや、手当してくれるか……流石に毒回ってきた」
「はぁ!?毒ってまさかアレの!?」
「そう」
「アンタは、なんちゅう無茶を……自分はヒーラーちゃいますから応急処置しかできませんよ」
漆黒の軍服は流血を隠す。
まるで無傷かのように振る舞っておきながら、抉られた肩口に視線を誘導させられて。おまけに毒に侵されている可能性すら仄めかす。
俺は慌てて簡易中和術式と治癒術式を展開した。とは言っても俺ができることなんてルークなら誰でもできる基礎術式の範疇でしかない。
「助かるよ。私はそれすらできない……はあ、全くなんて泥臭い仕留め方か。恥ずかしい限りだね」
「何を言うてんねん……俺には無理ですよ隊長殿。魔力があれば誰にでもできるっちゅう口振りは嫌味にしか聞こえません」
ミコゼ隊長のステータスは白狐分隊全員に共有され、あまりの酷さに誰もが言葉を失った――俺らが目指しとった雲上の存在は、雲上ではなく俺らの足元にも及ばない存在だったと。
基礎術式すらままならない。
だから俺が来るまで自力で止血することもできなかったのだ。
――きっと魔力さえあれば、この人は皇国にとって災厄となり得ただろう。
「できるだろ?やらないだけでな……帝国ではそういう評価さ。優先最下位の私ができることはルークであれば誰でもできるとな」
「ひぃぃ、嘘や!」
「ハッハッハ!そう、どうやら嘘らしいな。純粋な私はすっかり信じ込んでいたが」
帝国はどこまでもスペック主義や。
努力や技術は考慮せず、数値化されたステータスでのみ価値が決まる。血の滲む努力でスペック以上の戦果をあげたとて、帝国においては評価の対象にもならない。
――そして彼らのプライドにかけて優先最下位を評価することもできないのだ。
「ミコゼ隊長殿、ここは月白皇国なれば帝国での常識を今一度お忘れになっていただけませんか?我が国は隊長殿に茨道を求めません」
帝国の価値観をそのまま使うならば、俺は一人でこの大サソリを倒せなアカンということになる――それも隊長殿よりもスマートに。
無理やそんなん。
スペック上できたとしても、そのスペックを活かせるだけの経験値が足らんのだから。
せやから隊長殿から帝国の価値観を取り上げるに励むのだ。
「皇国はなんとお優しいことか……ところで黒鉄中尉、貴官は探知術式のプロだったな?」
「うっ、はい。プロと称される程のものではありませんが」
隊長殿が来る前まではプロと胸を張って言えただろう。けど今となってはとても言えない。
探知のプロが、閣下への襲撃を見逃して後手に回ってるなんてどんな笑い草や。
「不可視のものでも探知可能か?貴官の探知は何に依存する?」
「俺ーー小官の探知は魔力に依存します。魔力を持つものであれば、不可視であっても探知可能です」
「良い返答だ。黒鉄中尉、貴官はこれから大仕事だぞ」
「……今回の召喚襲撃に関わることで?」
「ああそうだ。共和国は既に貴国に攻撃を仕掛けている。実に賢しいことこの上ない……虫は得意か?」
「まあ、人並みには」
「友人のカラスが食うに困らんほどこいつがここら一体に存在するらしい。これは貴官に預けよう」
「でっか!」
隊長殿がバックパックから取り出した『それ』に思わず叫んでしまう。
オニヤンマかてデカイと思うのにそれよりも一回りはデカイトンボや。そらこんなん食べたら腹一杯になるわな。そんで、こんなデカイ存在が不可視だからといってそこら中におるんか。
――鳥肌立ってきた。
「気をつけろ。そいつの尾には毒針がある。おそらく入江少佐はこれにやられたんだろう……最後に見たときは自立すら困難そうだった。一体何の毒か」
「それについては銀――不知火少尉が対応してるのでご心配なく。彼はうちで一番のヒーラーです。隊長殿も後で彼に診てもらってください」
「ふむ、その必要はなさそうだがな」
隊長殿は満足げにヒーリングを終えた肩を回す。
やめてくれ。俺はあくまで応急処置しかしてない。やっと張った薄皮一枚なんて簡単に破れるっちゅうねん。
「アカンですよ。プロにちゃんと診てもらってください」
「ふふっ、はいはい」
