「幼くて、寂しい人」
~毒親の呪縛と姉妹格差~
ある日、出社の為、急ぎ足の私に
母親から着信。
外で風も強く、よく聞こえない…。
早口でまくし立て、朝からお怒りモード全開
「あんた、姉のくせに、妹になんて言い方してるの⁈」
と、ここだけは何とか聞き取れた。
仕事の段取りを考えることも多い、朝の出勤時間
何を言っても一方通行「○○のくせに!」
原因は、置きっぱなしにてあった妹の荷物を
何度言っても放置していたため、私がとがめた事。
妹も40代、母親に告げ口する年でもないはずなのだけれど
怒りが収まらないようなので、後に顔を出すからと場を収めた。
妹との格差
私は、妹が叱られたところを一度も見た事が無い。
やんちゃだった妹が学生時代に起こした停学が絡む問題行動すらも
「ストレスが溜まっていたから…」
「寝ぼけていたから…」
それは、多少無理があるだろうと思う時も、フォローを欠かさなかった。
「あんたたちの仲が悪いと死んでも死に切れない!」と母
理不尽に感じる事も、「姉」という理由でおれる様に促された。
オムツを取り換え、おんぶをしていた可愛い妹は、
いつの間にか、鼻息の荒い独裁者に
母はよく「お前に(私に)散々迷惑をかけられたから、
多少の事は平気になった」と…言うけれど。
私は、停学になったことは、一度も無い。
わたしが両親にかけた、散々迷惑は、いったい何だろう?
高校卒業後、自立したて18歳の頃
親の、コントロール、暴言、人格否定に、植え付けられた罪悪感。
殴られるし、嫌われるし、捨てられる…。
両親に一生懸命合わせよう、空気を読もうと、努力した結果。
好きな色も、食べたい物もわからない、
何が着たいのか?似合う服もわからない。
ただ相手の色を映し出すだけの空っぽのガラス瓶とピエロの仮面。
「喜怒哀楽」…私にあったのは「哀」だけ
「毒親」と言う言葉の無かった時代。
私の両親は、躾に厳しい、「厳格な親」なのだと思っていた。
「毒親」と言う言葉は医学的な診断名や、心理学用語ではなく、
1990年代に翻訳された本がきっかけで生まれた言葉。
「子どもの人生を支配し、子どもに害を与える親。その言動によって
子どもの自尊心を傷つけ、精神的な苦痛を与え続けることで、
子どもの人生に悪影響を及ぼす親」を指し示す言葉だそう。
見えないけれど、確実に浸透していく「毒」、
「毒親」は、わかりやすくて、使い勝手の良い言葉だと思う。
私自身の、毒抜きは正直、回り道も多くて随分時間がかかったと思うし
今でも、親戚や、周りの人達の言葉が急に冷たく
あたりが強くなる瞬間がある。
直接は、言わないけれど、母(毒親)は、今も私の周りに悪口と言う
(私の)評判を落とすための毒を蒔き続けている。
「喜怒哀楽」を私なりに取り戻した今、
これが親の姿なのか?と考えると、正直悲しい…
けれど、俯瞰してみると見え方が変わる
「物凄く幼くて、寂しい人なんだろうな…。」
◎次回は、私が母親の呪縛から抜け出した方法を書いてみます。
