すきま風#せりふ三題噺#胃カメラかにレース
林田順也が父親である児島順吉からその電話をもらったのは数か月前だった。
「三日前に、血ぃ吐いてなあ、医者行って胃カメラ飲んだら末期の胃癌だった。もう、そんなに生きられないようだ・・・。心配しなくてもいい、自分の始末は自分でやるから、お前たちには迷惑をかけない・・・」
「当然だろうが!」
順也は捨て台詞を吐いて電話を切った。
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そして昨日、市役所から連絡があり順吉の死亡が伝えられた。
本人の希望だったということで、すでに市役所の方で火葬を済ませ明日に○○寺で葬儀を行うということだった。
葬儀の方は市役所の担当者が参列するが、もし、参列をご希望されるなら午後2時からの葬儀だと伝えられた。
この連絡を受けたのは妻の光江だった。
光江は、すぐさま会社に行っていた順也に連絡を取った。
「べつに行かなくてもいい・・・」
それが順也の答えだった。
順也が高校に上がる頃、順吉はギャンブルで多額の借金を作り離婚に至ってしまった。
母親はすぐに再婚した。
順也は再婚相手の姓である林田を名乗ったのだ。
ただ、再婚相手にも順也と歳が近い男の子がいた。そのせいもあり、順也は高校生の頃から一人暮らしをはじめた。
母親の再婚相手からの援助もあったが、順也はバイトもしながら苦労して大学まで卒業した。
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仕事から帰った順也を光江は説得した。
「明日の葬式には私も行くから一緒に行きましょう」
順也はそんなことを言う光江の気持ちもわかっていた。
彼女は早くに両親を亡くしていたのだ。十分に親孝行ができなかったことを悔いていたのだ。
母親が寝た切りになると再婚相手の義父とともに介護をした。そして、数年前に亡くなった時は順也以上に涙を流した。
順也はしぶしぶながらも光江の言うことに従った。
次の日、二人は喪服を着て○○寺に行き葬儀に参列した。参列者は市役所の担当者と3人だけで、遺影も無く祭壇には位牌だけの簡素な葬儀だった。
10分ほどの僧侶の読経が終り、3人のお焼香になった。
一番最初は順也だったが、あっという間に焼香を終えた。その何倍もの時間をかけ光江は順吉の冥福を祈った。
20分ほどの葬儀は終わった。
順吉の遺骨は、その寺で永代供養されるとのことだった。その費用も順吉は払っていた。
二人が寺の外に出ると、特殊清掃会社の社員が待っていた。
「児島さんには生前に料金を頂いているのですが、一応、ご遺族の方の了承を頂きたいと思いまして・・・」
社員は書類を指示して言った。
「できれば・・・、ご一緒に部屋に行ってもらってご確認をしていただくのが一番いいのですが・・・」
「いや、おまかせします」
「でも、あなた、一緒に行って確認した方が良いんじゃないの。何か大事なものがあるかもしれないわよ」
順也は、そんな光江の言葉に反論しようとしたが、夫婦喧嘩のように思われるのが嫌で従った。
清掃会社の車の後に付いて、二人は車で順吉が住んでいたアパートに向かった。
そこは築70年というようなボロアパートだった。
社員が施錠されていなかった部屋のドアを開けるとカビや食品が腐った匂いがした。
社員は気を利かせ二人にマスクを渡した。
部屋には缶ビールの空き缶や酒瓶、中にカビが生えたかに缶やサバ缶が散乱していた。その他にボートレースや競馬新聞の山もあった。畳はいたるところどす黒く汚れていた。
順也と光江は、しばらく言葉もなく立ちつくした。
順也は無言で「どうだ、来なければ良かっただろう・・・」という眼差しを光江に送った。光江は下を向いた。
そこに、順吉の隣人だという男が入ってきた。
「順吉さんは、最後には食事もできず体がまったく動かなくなりました。みかねて、私が救急車を呼んだのですが遅かったようです。もう少し早くしていれば・・・」
「いいえ、お宅様の責任ではありませんわ。それより、義理の父が大変お世話になりまして、ありがとうございました」
光江が深々と頭を下げた。
「・・・ありがとう、ございました・・・」
あわてたように、順也も頭を下げた。
「順吉さんの息子さんですね。”小中と足が速くて運動会ではいつもトップ、自慢の息子だった”と聞いてますよ。”そんな家族に自分は迷惑をかけた、本当にすまないと思っている”と何度も聞かされました・・・」
「親父、それをなんで生きてるうちに言ってくれなかったんだ・・・。なんで、他人には素直に言えるんだよ・・・」と順也は思った。
「いつも、お孫さんの可愛い写真も見せてくれましたよ」
「えっ!?孫の写真」
そんなものを親父に渡したことはなかった。そして、すぐに光江の仕業だと感づいた。
順也は光江を睨みつけた。光江は、ばつが悪そうに下を向いた。
光江は、順也に内緒で孫の写真を渡したり、時には直接、孫の顔を見せていたのだ。
その時、部屋の中にわりと強い風が吹いた。日焼けして元の色がわからなくなったカーテンが激しくなびいた。
「すきま風かな?!」
清掃会社の社員が言った。
「まあ、築70年ですから、私の部屋にも、しょっちゅうこんな隙間風が吹きますよ・・・」と隣人が言った。
隙間風が止むと、順也の足元に一枚の絵が舞い落ちた。
天井近くのなげし(長押)にでも挟んでいたのか、それは順也が幼稚園の頃に「父の日」のために描いた順吉の顔の絵だった。
絵には拙い字で「おとうさんありがとう」と書いてあった。
光江は、それを拾い上げて順也に差し出した。
「お義父さん、今、ここに来ているんじゃない・・・。もう、赦してあげたら・・・」
光江の目には涙があった。
「そうだな・・・」
絵を受けとった順也の目も潤んでいた。
おわり
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はらとけいさんの企画「せりふ三題噺」の参加作です。
せりふ「すきま風かな?」
お題「胃カメラ・かに・レース」
