睡眠障害と自己理解プログラム
自己紹介
みなさま初めまして。現在31歳休職中のhiroです。私の睡眠障害との格闘と共に手短に今まで人生の振り返りを行っていこうかと思います。
小さいころから寝ることが好きで、他にこれと言って好きなものもなく趣味・特技「睡眠」でした。思い返すと高校の授業中にもたびたび寝ていました。帰りの電車や風呂で寝るのも日常茶飯事、というか気絶に近かったような気がします。
何故か周囲と比べてもやたら眠く、ぼーっとする毎日。
当時は運動しているからか、そういう体質かと思っていました。
小学校~大学生編
小学校から高校までハード(脳筋)なスポーツばかりをしていましたが、性格的にも向いてないと分かったので、流石に大学の体育会は違うと気づきを得て、大学ではぱったりとスポーツを辞めてしまい、今までの運動習慣が無くなりました。よくわからない大学生特有の人間関係や資格試験の勉強のストレス、病気が重なり、大学生で人生初めての鬱と不眠を経験します。趣味特技「寝る事」だった私が。
全く寝られないと思ったら、今度は過眠になり、一日中ベッドにいるのに十二時間程度睡眠寝すぎてしまう。出来れば経験しない方がいいと思いますが不思議な体験でした。ストレスがかかると人間の身体はこうもおかしくなるのかと思いました。何とか這いつくばるようにして卒業単位をかき集めて大学を無職で無事に卒業します。
体調を回復させながら、アルバイトしつつ再度試験勉強を行いなんとか希望職種に就職を決めます。とりあえずそこそこのところにも就職出来たし一段落でめでたしめでたし。
となるはずでした。
一応社会に出られはしたけど、、、
が、なんと更に追い打ちがかけられます。配属された部署が、職場全体から見ても上位のドが付くほどのブラック部署。最初の一年で定時に帰ったのは初日のみ、二日目からは毎日22時を回り、家に着くのは24時近く。ほとんど終電の毎日。車で通勤している他の職員は深夜まで残業。終わらなければ土日出勤も。しかも残業代は支給されません。(残業をしてないことにさせられます。)あれ、何かがおかしくないか??となりますが、周りは文句を言わずに更に??

続く負のループ&ループ
大学既卒の採用だったため、新卒のように大切にはされずに人事からは都合のいい駒扱い。非常に困った。どうせこいつは辞めないだろうと限界まで人員を削減した部署に見事に突っ込まれたのです。(実際辞めるに辞められなかった。)
しかし、社会から必要とされていなかった期間が長かったのと、組織の中での役割に執着があり、通常の感覚ではありません(SF三位の自我の強さ)。
実際は搾取なのですが、仕事を振られ頼られる事が嬉しく感じられてしまいます。また、昭和の古い価値観で残業することが美徳のような職場環境と今までの脳筋部活人生が見事なまでにマッチして、仕事をやってやるんだ!社会から認められたい!出世したい!(今思うと、社会とは何なのでしょうか??)
と、またムキになってしまいます。自己犠牲で身体を壊すの繰り返しです。小・中・高と脳筋部活をやっていたおかげ(?)か、
「努力=辛いことに耐える事=良いこと・美徳」
というような、もはや意味不明な価値観が形成されてしまった結果でした。(学校や部活って軍隊教育の名残だなあと書きながらひしひしと感じます。)

耐えに耐えて何とか一年目を乗り切りますが、先に採用された転職組の同い年職員が病気になりドクターストップで異動です。彼の毎月の残業時間は200時間を超えていました。(どういうこと?)ちなみにほぼ内勤しかしていませんので、移動時間とかは無くぶっ続けでPCの操作と書類の処理です。
200部署を管理するような業務内容で毎日問題を起こされ、後始末に追われる日々。そりゃ病気にもなる。転職しようと試験の申込をしてみても疲れ果てて、試験を受けに行く元気もないし短期離職になったら面接で落とされるのが目に見えて二の足を踏んでしまいます。
遂に情報過多による不眠症の発病
なんとか異動の時期まで耐えきろうと思いますが、三年目にして異動まで残り半年になった、11月ごろに遂にストレス・情報過多で不眠になり始めます。精神科に通って精神安定剤でやり過ごそうにも、眠れません。酷いときは睡眠薬を飲んで(PCを強制終了みたいな感覚)出勤し頭はほとんど回りません。※最近の睡眠導入剤は割とマイルドになってます。
休職をすると同じ部署に捕まり続けるか左遷の二択。当時は出世し定年まで働くことしか頭になかったため、身体が壊れてもどうにか乗り切ることに注力しました。何とか異動が発表され、地獄からの脱出に成功したかのように思われます。緊張の糸が切れたのか、反動で40度くらい発熱し最後の一週間は救急搬送・入院で終えます。物凄い環境だったなあと思います。
異動先の部署で環境は少しマシになりますが、異動先でも休職者がおり、自分が休める雰囲気ではありませんでした。もう判断能力も無くなり、丸一日寝れずに朦朧として何とか仕事を処理し、帰ってその日は19時に寝る(というか気絶)。というような日々。大げさでなく電話では呂律が回らなくなり、脳が痺れました。(休めよ)なんとか精神安定剤を飲みながら勤務を続け、本当に少しづつ断薬をして脳が回復をしていきました。外形上は、日常生活を取り戻します。そのまま回復しつつ一年ほど勤務をしますが、再度不眠になります。
そして不眠を助長する体の異常
鼻が異常に腫れて、寝るときに息がしにくくなっていました。昼間も魂が抜けたようになり、流石に周りに心配されて遂に睡眠専門の医者に行くことに。鼻が腫れていると共に、予想していなかった診断がなされます。「喉が狭いですね。検査してみましょうか。」 ??? 検査の結果。「低呼吸気味の睡眠時無呼吸症候群(中程度)」と診断。保険適用でCPAP(寝てるときに空気を送る機械)の着用という処置になりました。
自分の中で、睡眠時無呼吸症候群は太ってる方(すいません)がなるものだと思っていたので、想定外かつかなりのショックを受けました。完全に病人のような機械を付けなくてはいけないという現実が受け入れられなかったです。
また、その機械を付ける前のステップとして、鼻の診断を耳鼻科で行いました。診断は「鼻中隔湾曲症」でした。鼻の左右を分ける骨が湾曲しており、またアレルギー反応で腫れてしまい、狭くなった鼻の内部が腫れによって片鼻が完全に詰まってしまっていました。喉と鼻の両方が狭く、物理的に空気が入ってこないというわけだったのです。そりゃ眠いよな。と納得。
現代医療はすごいなぁと関心
外科手術により、鼻中隔(骨)と余分な鼻の粘膜を摘出し、数日のダウンタイムを経て、両方の鼻から空気ってこんなに入って来るのかと感動したことを覚えています。またCPAPを付けてみると、睡眠の質が劇的に向上し、長時間で質の悪い睡眠から短時間で質の良い睡眠に変わり昼間の世界が一変しました。(みんなこんな風に生活出来ていたの??)

そんな感じで睡眠問題は解決に向かっていくと思われたのですが、仕事での人事異動によりストレスがかかる環境に再度さらされ(組織向いてないのか?)、完治していなかったストレス性の不眠がほんのりと再発します。簡単に休めるような人事体制でもなく(今思えば休めばよかったのですが)、たまに薬でごまかしつつ勤務を継続しながら人生について考えるために、自己理解プログラムを受講します。
自己理解プログラムを経て
勤務とプログラムをこなす日々。プログラムの期間をフルに使い切りなんとか修了します。修了したはいいものの、本業でのストレスで自己実現フェーズには程遠い状況。これと言って動き出せもせず、少しツイッターを更新しました程度。自己理解プログラムの成果については長くなるので割愛しますが、大きく自分の人生に影響を与えたターニングポイントになったかと思います。
色々な方の意見を聞きながら再度人生について考えますが、産業医の勧めで休職を決意し、心療内科を受診。休職し今に至ります。
休職したら職場に迷惑がかかる、というのは建前に過ぎず、本当は仕事に耐えられない自分対する批判の目線が恐かっただけかも知れません。
ただ、休職してみると恐れていた何かが起きるわけでもなく、世界はたんたんと回り続けます。
こんなんだったら、早く休職すればよかった。未だにこれは強く思います。耐えれば耐えるほど、辛い状況が襲ってきます。
辛い状況にあって、これを読んでいただいている方がおりましたら、
悪い流れを断ち切るために、思い切って休職(退職)はありだなと思います。
結局自分の身体が一番大事ですし、一回壊れると回復までに相当な時間を要します。(私もだんだん良くなっている印象はありますが、いつ全快になるかは不透明で結構心配)
最後に
そんなわけで、人生に迷子なわけ(それでもざっくりとした方針は見えてきた)ですが、休職しつつ自分の回復過程を発信しつつ、似た方の参考になれば幸いかなと思います。体調が回復してようやく自己実現のフェーズに移行できそうですが、まだまだ道のりは遠そうです。
まとまりがありませんが、今回はこれにて締めさせていただきます。また、別の記事にて、CPAP実際どうなの?編・鼻の手術体験記編を書こうと思いますので乞うご期待。それでは。
