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エゴを超越する〜プロパガンダに対抗するために〜



こんにちは。


私たちの生きる現代はプロパガンダが蔓延しており、何が嘘で何が真実なのか見極めるのは益々困難になってきています。


情報統制も徐々に厳しくなっており、日本でもつい最近、言論統制のために監視を強める閣議決定がなされました。


また、昨今の政治家とコラボして、ころ惑推奨の関連の動画を上げて批判されていた某有名YouTuberが居ますが、彼らも利用されています。
下記の画像は防衛省に有利な世論を誘導する内容ですが、「戦争」に関しても憲法改正に持っていきたい勢力がいるので某感染症の時のように、色々なインフルエンサーが意図的な情報操作やトレンド形成を目的とした動画を今後目にすることが増える可能性があります。

国の世論誘導工作

日本にも情報を収集したり分析したりする、専門機関も存在します。
諜報に関わる情報を担当するのが公安調査庁、
内閣の重要政策に関する国内外の情報を担当するのが内閣情報調査室です。

ちなみに、映画『新聞記者』では内調が内閣に不都合な情報をコントロールしているシーンがあります。

『新聞記者』


「真実」を見極めるために、嘘の情報を一切見ずに真実の情報だけを見るという対策では効果はありません。そもそも、情報に触れる以上「嘘」の情報を一切排除することは不可能でしょう。
大切なのは、何が嘘で何が真実なのかを区別できる"力"です。

これについて、有益な記事を見つけましたので添付します。そして、この記事の内容を踏まえながら話したいと思います。


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1.私たちが普段見ている世界


突然ですが、支配者側が私たちに「嘘と欺瞞の世界」だけを見せ続けるようにするためにしている事は何だと思いますか?


オーウェルの著書『1984』では、真理省が日々のニュースを検閲して政府にとって都合の良い情報になるように改竄します。さらには、「二重思考」という簡単に言えば、"2つの矛盾する事柄を同時に受け入れることを可能にするための思考体系"を各省で働く党員たちに植え付けています。

このように、我々大衆に流す情報だけを改竄しても情報を消費する人々に「考える力」を削がなければあまり効果が期待出来ないため、我々の内側も操作する必要があるのです。

『1984』


現代にはまだ真理省は存在していませんが、世界中の主流メディアが一部の金融家や富裕層、組織によって意図的に操作されている事は2020年を境に、ようやく多くの人々が気付き始めたところです。


紹介した記事でW.リップマンの著書『世論』の引用がされていましたので、載せておきます。

"世論を健全なものにするには、世論は報道機関のために組織されなければならない"

『世論』

つまり、報道機関があっての「世論」なのです。世界中のメディアの記事がどれも少し似ているのは、これが理由だと記事の筆者は述べています。

ウォルター・リップマン


世論は社会を形成しますから、私たちは社会と関わる上で少なからずそのメディアによって形成された世論と、他人との会話などを通じて接することになります。

世論から受ける影響として考えられるのは、社会に流通するあらゆる"理想の自分像"という型に自分を押し留めてしまうことでしょう。
何がそうさせてしまうのかと言えば、今回の本題である「エゴ」です。


記事の中で筆者は、「私たちは他人から検閲される前に既に自分自身を検閲している」と述べています。
どういう事かと言うと、自分の口から発した言葉は既に、自分のエゴを社会に流通する理想像に当てはめようと変形させた上で発せられた言葉であるから、それは、閉じ込められたマトリックスからの空虚な反響に過ぎない、と言っているのです。
しかも、本人はそれに気づいていないのです。


社会はこのような言葉(空虚な反響)で成り立っていますから、それによって作り上げられる私たちが目にしている社会や世の中は「見かけ上の世界」ということ。
そして、普段多くの方が世の中を「目」だけで見ていますから、この見かけ上のイメージの背後にある世界(本質)を見通せないのです。

アプローチは異なりますが、プラトンの『洞窟の比喩』もこれに似た考えでしょう。

洞窟の比喩


そのため、見かけ上の世界を更に強固にし、我々に背後にある本質を見えないようにすることを、支配者側はやっているのです。


2.誠実さが何よりも大切



では、「見かけ上の世界」から脱却するにはどうしたらいいのか?
それは、"目だけで世界を見ないこと"です。
この部分についての考察が、全ての人に有益になると思ったので、今回記事にしました。


紹介した記事では「残心」について触れています。
「残心」とは、五感に基づかない自分の周りの世界に対する認識のことです。
武士道は全体を通して、この"第六感"を養うことを目的としています。
※スピ界隈ではこの「第六感」という言葉が都合の良いように"悪用"されていますが、惑わされないようご注意ください。

「直感力」というのは、人間誰しもが元々備わっているものです。
武道を習得できたか見習いをテストする際、師が見習い生の背後に位置し、突然のタイミングで見習いの首を撃ちます。見習いの直感力が発達していれば適切なタイミングで攻撃をかわせますが、そうではない場合は首がはねられます(実際は切れない木製の棒でやるようです)。
丁度、記事で使われている画像のようなテストです。


武士は右手に大きな剣(嘘)を備え注目を引かせ、左の小さな短剣(真実)で刺す。これらを見分けるために、直感力が必要ですが、武士の世界で言う「戦場」で死ぬのは、こうした嘘と真実を見分けられなかった者だと言います。


多くの人は社会の理想像に合わせていることは先述しましたが、それは、自分の社会上の体裁を保つ反面、徐々に"私たちが誰であるか"という本質との接触を失うことにも繋がります。

心の中にエゴの「殻」を作っているようなもので、その殻が分厚くなればなるほど、周りにある本質の世界から孤立し、繋がりが絶たれて私たちの残心や直感は弱くなるのです。


直感力を養うために必要なのが「誠実さ」
体裁を保つことを気にせず、自分が本当に感じた事やイメージの背後にある事を声に出すことが大切です。
様々なことを誠実に話す事で、エゴの殻が破れ、本質の世界と徐々に繋がれると筆者は述べています。



3.悪意のない詐欺が蔓延る現代


最後に、"悪意のない詐欺"が蔓延る現代について話して締め括ろうと思います。

ある方がXで以下のようなポストを投稿していました。

"現代は悪意のない詐欺で満ちている。何が詐欺がわからない奴は、既に詐欺に加担している"

金や権力、地位、名誉、学歴、外見、人気、物質的豊かさ、娯楽、ギャンブルなど、現代は人間を"駄目"にさせるもので溢れており、日頃から精神を磨いていないと簡単にやられてしまいます。
これらを追い求め続けることによってどんな悪影響があるのか?一言で言えば、その人の魂をどんどん低いレベルにまで下げてしまうということです。

詐欺とは他人を騙して金品などを奪うことですが、悪意のない詐欺の良い例はSNSでしょう。

先日、(普段スポーツは全く見なくなりましたが)YouTubeのおすすめにたまたま平本蓮選手と朝倉未来の試合の動画がアップされていたので、視聴しました。
この試合ではドーピング疑惑が世間を賑わせたそうですが、私が着目したのはそこではなく、スポーツ選手と視聴者・ファンとの結びつき。


我々視聴者が一般に目にする格闘家は全体のごく僅かであり、格闘技人口の殆どが日の目を浴びない選手ばかり。そして、運良く世に出ると今度は世間からの「目」に晒されます。

選手らは全てのことについてではありませんが、日頃から「嘘」をつかないといけません。体裁や人気を保ち、強がる必要があります。
今回のこの記事で説明した「誠実さ」は、残念ながらスポーツの世界で実践されるわけではないです(芸能界や政治、ビジネスの世界でも同じです)。

勝者となった平本蓮選手は試合後、関係者や家族、友人と抱き合い、平本選手の母親は号泣していました。
息子が一生懸命頑張り、試合で勝ったことが嬉しいのは分かります。関係者ですから。しかし、「1視聴者の客観的視点」から見るとどうでしょうか。 

私の目にはこのように映りました。

死亡者を出すほどの危険がある格闘技を行い、それに何万人という人々が熱狂する。
勝った者には歓喜と歓声が、敗者には罵声と酷評、僅かの慰めがある。
勝った者にはスポットライトが当たり、その期間だけは好きな事を好きなだけ喋ることができるが、敗者は常に「戒め」や「悔い」しか発言できない。
RIZINは「日本の格闘技文化を広めたい」という大義名分のもと、朝倉未来選手のような強烈なキャラクターを全面に押し出し、15年かけて集客をしてファンを獲得。選手と選手の間でSNS上の喧嘩や問題発言なども格闘技が認知される"良いキッカケ"。
5万人近い人数を収容する程の市場となるが、今回、新たにドーピング疑惑も浮上。
格闘技業界は昔から裏社会との繋がりが問題視されており、RIZINは完全に払拭されている団体なのか疑問。

選手らはマイクを握れば夢や希望、「応援してくれたファンのため」にという常套句を語るが、別の側面から見ればスポーツは多分に"経済的"に動いているため、一般人が知らない裏では各々の私利私欲や損得勘定による駆け引きが繰り広げられている…。

私は試合を見てこのように読み取りました。
見かけ上の言葉で成り立っているのが、スポーツの世界なのだなと改めて実感しました。
格闘技はその一面が読み取りやすいだけで、どのスポーツでも同じです。

見かけ上の言葉で成立しているものには、必ず、悪意のない詐欺が潜んでいると思っています。
今回紹介した格闘技の例では、人々から何を奪っているのか言うとそれは、「心」です。

この世界に熱狂し続けたい人間、美化している人間は恐らく私が話したことは目を背けたいはずだし、考えたくもないでしょう(こんな事を人前で話せば、私は恐らく変人扱いです)。

私が話したことを脇に置いて、嘘や美辞麗句など見かけ上の言葉だらけの世界から生まれた様々な価値観や言説を吸収し、他人や世に発信するのはそれはもう、"詐欺に加担していることと同義"なのだと思います。
本当の詐欺と同じく、「知らなかった」では済ませてはいけないことだと思います。

今の世の中になんとなく活気がなく、根暗が多く、繋がりが薄く、義理や人情がどんどん削がれているのは、悪意のない詐欺の世界観に身を置いて自分の心を色々な方向に流されている人間が増えたからでしょう。
「今だけ金だけ自分だけ」という思考は、それが顕在化した1つの結果でしょう。


今回の記事は、プロパガンダに対抗するための内容でしたが、それを突き詰めていくと「自分の心を流されない」という根本的な話に繋がるのでした。
ありとあらゆるものの意味が反転している世の中、悪意のない詐欺が蔓延っている世の中だからこそ、多くの人に考えるきっかけを与えられると良いなと思っています。


ご精読いただきありがとうございました。

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