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見晴らしの良い場所

※この文章は、プールの利用客である私が、
知り合いのライフガードの話を聞きながら
その仕事と視線を想像して書いたものです。


私は、ライフガードの仕事をしている。
監視台からは、人間関係が手に取るように分かる。

いつものコースで泳いでいる人。
最近、顔を見ない利用客。
専門利用ばりにコースを占領する集団。


四角四面の構図の中に感情も三角形のヒエラルキーも存在してしまう。


私の脳内の構図の中では、四角い額縁の中で人が点として存在し動いている。


前方後方の遊泳者との距離とスピード、追い越し地点は、常に注視が必要になる。


監視台の20分が終わると次は50メートルプールの前でレスキューチューブを付けて立つ。
なかなか、このチューブが重くて腰にくる。

視線は前に。
利用客と話すときも前に。

このポジションは、遊泳者の気迫と息づかいがリアルに伝わってくる。
ダイナミックでスリリングであり、息を飲む瞬間も多い。

接触があれば直ぐに駆け寄り「大丈夫ですか?」と声かけと安全確認をする。
自分の心中が大丈夫でなくても、確認するので
複雑なときもある。


25メートルプールは、足が床に届くため比較的安心だが、
それでも、溺者。歩行者コースの巻き込まれ事故など夏休みには特に気を付けなければならない箇所である。


館内放送。
AED。
更衣室の巡回。
掃除。
水質調査。


そして、10分の休憩時間の中で行う水底確認。ライフガードの笛の合図で、遊泳者をプールサイドへ引き上げ、私たちは潜り赤台のずれや排水口に異常がないか確認する。

安全を念頭に分刻みで動いている。


死角を制するものはプールを制す。

私は、いつだってそう思ってる。
死角はいつだってそこにある。
死角は無関心と怠惰と隣合わせである。
いつだって大切なものは通り過ぎていく。
それを、気付かないふりをして後で嘆く。
後悔もため息も、誰かのせいにして愚痴を吐いてそのままにしてきた。
都合の良いことばかりを自分に並べて人を排除したり、その人の努力を見ないふりして人の死角なんて見ないふりばかりしてきた。

私は、その死角の意味をもっと知りたくなった。


トランシーバーで人数の最終確認を報告する。

右手を真上に上げる。


プールサイドで、人差し指を全ての方向に回して安全の最終確認をする。
見晴らしの良い空間が広がっている。
ここでは、すべての関係の霧が晴れそうだ。

私は、ここでひとりの人間として立っている。
死角だって私の隣にちゃんとある。
やっぱり、プールは長方形の愛すべき世界だ。









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