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もう十分頑張ってきたのに、自分をまだ許せないあなた

「もっと自分を大切にして」

そう言われたことはありませんか。

私は何度も言われてきました。

でも正直、その言葉と向き合うことはありませんでした。

人を大切にすることはできる。

誰かの役に立つこともできる。

それで十分だと思っていたからです。

自分を大切にすることが何なのか。

その先に何があるのか。

あの頃の私にはよく分かりませんでした。

今思えば、私は自分自身と向き合うことから逃げていたのかもしれません。

今日はそんな気づきについて書いてみようと思います。


人には優しくできるのに自分には厳しかった

もし誰かが同じだけ頑張っていたら、

私はその人に何と言うだろう。

きっと、

「今日のタスクはここまででいいんじゃない?」

「少し息抜きしようか」

そんな言葉を自然にかけると思う。

HSP気質の私は、無意識に周りの様子を見てしまう。

その人の疲れ。

頑張り。

無理をしている空気。

そんなものを受信してしまう。

だから、見ていて辛そうだったり、限界が近そうだったりすると、つい声をかけたくなる。

このままでは効率が落ちてしまう。

少し休んだ方がいい。

そう思うからだ。

ところが、その言葉を自分に向けようとすると急に難しくなる。

「私はフリーだから時間の調整ができる。」

「家に帰っても子どもがいるわけじゃない。」

「まだできる。」

「もう少し頑張れる。」

そんな理由を並べて、自分だけは例外にしてしまう。

相手には休むことを勧めるのに、自分には休む許可を出せない。

結果として、相手は少し力を抜いて仕事をこなす。

一方の私は、勝手にいい人になって疲弊する。

そんなことを何度も繰り返してきた。

では、私の何が邪魔をしていたのだろう。


私は「自分に寄り添う」が分からなかった


考えてみると、思い当たることがある。

肩書きがあるのだから、そのくらいやらなければいけない。

人の役に立つ自分でいたい。

自分が辛かった時に、誰かに助けてほしいと思ったことがある。

正直に言うと、このあたりだと思う。

一見すると優しさのようにも見える。

でも、その優しさは時々、自分を置き去りにしてしまう。

そして最近になって気づいた。

もしかしたら私は、自分に寄り添うことを後回しにしていたのではない。

そもそも、自分に寄り添うという発想自体を持っていなかったのかもしれない。

誰かの疲れには気づく。

誰かの無理には気づく。

誰かの感情には気づく。

でも、自分になると分からない。

自分の疲れに気づくためのアンテナがない。

だから、

「もっと自分を大切にして」

と言われても、正直よく分からなかった。

寄り添うとは何だろう。

支えるとは何だろう。

そんな言葉の意味を急に聞かれても答えられない。


退職して初めて立ち止まった


保育の仕事をしていた頃は違った。

子どもがいた。

保護者がいた。

職員がいた。

私のアンテナが向かう先があった。

人の感情を感じ取り、寄り添う。

それは私の得意なことだった。

でも今は社会環境から少し離れ、その能力を使う場面が少なくなった。

すると、ふと立ち止まる。

まるで知らない島へ連れてこられたような感覚になる。

今まで当たり前に使っていたものが、急になくなってしまったような。

私はこれから、このモヤモヤした感覚をどこへ向ければいいのだろう。

再就職すれば解決するのだろうか。

そう考えたこともある。

でも正直なところ、まだ疲れが抜けきっていない。

今の私には少し難しい気がする。


noteを書いて気づいた本当の気持ち


書いていると、自分でも気づいていなかった感情が出てくる。

頭の中でぐるぐるしていたものが少しずつ言葉になる。

そして不思議と気持ちが軽くなる。

noteは今の私にとって、感情の吐き出し口のような場所になっている。

たとえ読んでくださる方が一人でもいると嬉しい。

「記事を書けた」

という達成感がある。

そして、自分の中にあったモヤモヤが少し整理される。

今の私はまだ、自分に上手に寄り添うことができない。

そもそも、その感覚自体がよく分からない日もある。

それでも、いつか自然に自分に優しくできる日が来ることを楽しみにしている。

だから今は、無理に答えを出そうとは思わない。

noteを書きながら、自分の感情と少しずつ向き合っていけばいい。

今の私にとってnoteは、正解を探す場所ではない。

感情を置いていけるホームのような場所だ。

そしてもし、その過程でこの記事を読んだ誰かが、

「私も同じかもしれない」

そう感じてくれたなら。

保育の現場を離れた今でも、

人の感情に寄り添うという私の役目は、別の形で生きているのかもしれない。

そんなことを思う。

もしあなたも、

誰かには優しくできるのに、自分にはその優しさを向けられないのなら。

いい人でいることは、誰かのために頑張り続けることだけではない。

手を差し伸べることだけでもない。

時には見守ること。

距離を取ること。

断ること。

休むこと。

そんなことも優しさの一つなのだと、私は少しずつ知り始めている。


今は答えより居場所を探している

優しさには、思っていた以上にたくさんの表現方法がある。

だから焦らなくていい。

今すぐ自分を好きになれなくてもいい。

今すぐ上手に自分に寄り添えなくてもいい。

まずは、

「私は今どう感じているんだろう」

と立ち止まってみるだけでも十分だと思う。

今、私はここ。

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