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あの日、沖縄から逃げていなかったら…僕の妻も、息子も、この世界にいない。年収2000万円企業の内定を捨てて逃げた、あの夏の選択。

おはようございます。
天豆(てんまめ)です。

沖縄ワーケーション、最後の朝。

海を見ていたら、
30年前の沖縄を思い出した。

年収2000万円企業の内定を捨てて逃げた、あの日の沖縄を。

まだ太陽が完全に昇りきる前の、
少し青みがかった空の下で目が覚めた。

窓の外には、静かな海。

波の音が、
かすかに部屋まで届いている。

カーテンを開けると、
沖縄の朝の光が、
部屋いっぱいに広がった。

昨日までの疲れが、
どこかに溶けていく。

3泊4日のワーケーション。

長いようで、
あっという間だった。

沖縄に来ると、
時間の流れが変わる。

東京では、
時間に追われている感覚がある。

やること。
考えること。

次から次へと
思考が流れてくる。

でも沖縄では、
時間がゆっくりになる。

呼吸が深くなる。

そして、
心の奥に沈んでいたものが、
ふと浮かび上がってくる。

その朝、
私の中に浮かんできたのは

30年前の沖縄だった。

大学4年の夏。

私は、ある企業から内定をもらっていた。

当時、急成長を続けていた会社だった。

その会社は、いまでは

平均年収2000万円を超える企業

として知られている。

日本でもトップクラスの高収益企業だ。

もしあのまま入社していたら、
おそらく私は今ごろ、

安定した高収入を得ながら、
会社員として生きていたと思う。

世間的に見れば、
それはきっと

「成功した人生」

と呼ばれるものだったかもしれない。

しかし私は、その会社の

内定旅行の途中で逃げ出した。

私の人生で、
結果的に最高の選択になった出来事は、

大学4年のときに内定をもらい、
内定旅行にまで連れて行ってもらった企業から、

土壇場で逃げ出したことだった。

内定旅行の場所は、
沖縄の高級ビーチリゾート。

私はもともと、
マスコミやメディア業界を中心に就職活動をしていた。

しかしその会社だけは例外だった。

卒業論文のテーマと少し関係があったこともあり、
唯一、メディア業界以外で受けた企業だった。

当時はまだ
「伸び盛りの企業」
という印象だったが、

その会社は今では、

日本でもっとも給与水準が高い企業の一つ

とも言われている。

昨年は上場企業の中で
全国2位。

平均年収2000万円超えという、
前代未聞とも言える
高収益・高収入企業だ。

企業名は
最初に「キ」がつく会社だが、
ピンとくる方もいるかもしれない。

マスコミ志望だった私は、
本当に悩んだ。

何度も迷った。

それでも最終的にこの会社を選んだ理由の一つは、
父の言葉だった。

「マスコミなんて浮ついたところより、
こういう会社のほうがいい」

その言葉は、
助言というより

どこか呪縛のように
私の中に残っていた。

そして私は、

この会社に行くと決断し、
沖縄へ向かった。

内定旅行のホテルは、
那覇から遠く離れたビーチサイドにあった。

南国の海が目の前に広がる、
美しいリゾートホテルだった。

内定者たちが集まり、
ウェルカムパーティーが開かれていた。

プール。

南国の音楽。

酒。

そして、

はしゃぐ内定者たち。

営業職が中心の会社だったからだろう。

体育会系のノリの人が多かった。

プールに飛び込む人。

酔って騒ぐ人。

知らない女性に声をかける人。

みんな、
内定の喜びを爆発させていた。

未来への期待に満ちた、
若いエネルギーがそこにあった。

しかし、

その光景とは裏腹に、
私の心は

どんどん冷え込んでいった。

その場にいながら、
自分だけが

そこに属していないような感覚。

そして気づくと、

目の前の光景が
少しずつ

スローモーションのように見えてきた。

笑い声。

水しぶき。

音楽。

すべてが遠く感じる。

そのとき、

心の奥から
ひとつの声が聞こえた。

「本当にここで良いのだろうか……」

その声は、

とても小さかった。

でも、
確かに聞こえた。

私は一人、
誰にも気づかれないように
パーティー会場を抜け出し、

部屋へ戻った。

その夜、
私は

一睡もできなかった。

ホテルの部屋で、
天井を見つめながら

ずっと考えていた。

この会社に入れば、

きっと安定した人生になる。

父も喜ぶ。

周囲も安心する。

世間的にも、
何の問題もない人生だ。

でも、

心の奥が

ずっとザワザワしている。

その感覚が、
どうしても消えなかった。

翌朝。

私は
研修リーダーだった。

プレゼンをしなければならなかった。

しかし、

まったく集中できない。

頭に言葉が入ってこない。

休憩時間。

私は

会場を抜け出した。

そして
ホテルのフロントに向かい、

那覇空港までの
タクシーを呼んだ。

そして、

人事担当の方に言った。

「申し訳ないのですが、
帰らせてください。」

当然、怒られた。

叱責された。

「今さら何を言っているんだ!」

「君がここで帰ったら、
他のメンバーにどれだけ悪影響があると思っているんだ!」

当然の言葉だった。

正論だった。

それでも私は、

謝罪を繰り返すことしか
できなかった。

再考を迫られた。

しかし、

私の心は
もう決まっていた。

私はただ
謝り続けながら、

半ば逃げるように
タクシーに乗り込んだ。

タクシーが走り出すと、

窓の外に

沖縄の海が広がっていた。

青い空。

ヤシの木。

南国の風。

その風景を見ながら、

私は

自分の人生をすべて失ったような気持ちになっていた。

内定を辞退。

残っている企業は、
ほとんどない。

就職先も決まっていない。

大学4年の夏。

就職活動は
ほぼ終わっている時期だった。

つまり、私は

すべてを失った。

そんな気持ちだった。

人生は巡る。そしてシンクロニシティは起きる

タクシーの運転手さんが、途中で話しかけてきた。

「観光?」

私は少し迷ったあと、事情を話した。

内定旅行で沖縄に来たこと。

でも、その会社がどうしても自分には合わない気がして、
逃げるように帰ることにしたこと。

すると運転手さんは、少し笑って言った。

「人生一回だからさ。」

「自分の悔いないように生きたほうがいいよ。」

そのとき、私はふと気づいた。
帰りの飛行機の便も含めて、お金が明らかに足りない。

那覇空港までは、2時間以上かかる。
普通なら、2万円近くかかる距離だった。

私はタクシーの後部座席で、自分でも驚くほど正直に、事情を話していた。

どうして逃げてきたのか。
どれだけ迷っていたのか。
これからどうなるのか分からないこと。

就職も決まっていない大学4年の夏。
未来が真っ白になったような不安。

そんな話を、とりとめもなく語っていた。

すると、

運転手さんは、厚意で料金を半額にしてくれた。

いまでも覚えている。
那覇空港に着いたとき、その運転手さんが最後に言ってくれた言葉。

「人生一回だから、自分の悔いないようにやりな。」

その言葉が、いまでも忘れられない。

どこか達観したような、
それでいて優しさのにじむ笑み。

そして、
窓の外に揺れていたヤシの木の風景。

その光景が、いまも心の奥に焼きついている。

飛行機に乗り、東京に着いたとき、
私の手元には数百円しか残っていなかった。

そのとき、私は思った。

人生、終わったな。

しかし、人生はそこで終わらなかった。

その後、当時唯一残っていた面接も落ちた。

気がつけば7月。
梅雨はとうに明けていた。

「俺の就活も終わったな…」

そう思っていた、数日後。

大学の図書館で偶然見つけた求人に応募した。
そして、その会社に決まった。

さらに、その就職祝いの席で、
友人が紹介してくれたのが、今の私の妻だった。

つまり、あの日、あの瞬間、直感に任せて、
内定旅行から逃げ出していなければ。

私は、将来の妻と出会うこともなく、
愛する二人の息子もこの世界に存在することはなかった。

そう思うと、心の底からぞっとする。

人生には、ときどき説明のつかない出来事が起きる。

心理学者ユングは、それを

シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)

と呼んだ。

あの日。

沖縄で、直感に従って逃げ出したこと。
図書館で偶然見つけた求人。
そして、その就職祝いの席で出会った、今の妻。

あとから振り返ると、
まるで、すべてが一本の線でつながっていたように見える。

もちろん、周囲には大きな迷惑をかけた。
今でも、信頼してくださっていた人事の方や企業には、
申し訳ない気持ちがある。

それでも、あのとき自分の直感に身を任せたことは、
本当に間違っていなかったと思う。

あれは、間違いなく、
私の人生で最良の選択の瞬間だった。

そして今。

私は沖縄の海を見ながら文章を書いている。

会社員ではなく、言葉を仕事にして生きている。

noteを起点に、文章を書き、講座をつくり、
人と出会い、言葉を届ける仕事をしている。

そして、気がつけば、
あのとき手放した収入以上のものを、
私は言葉で生きる人生の中で、受け取ることができている。

沖縄の海を見ていると、不思議と心が整っていく。

海は、ずっと昔からここにある。
人が来ても、去っても、変わらず波を打ち続ける。

人生も、それに似ている気がする。

30年前。
私は、沖縄から逃げるように帰った。

そして今。

私は、沖縄に自分の心のままに戻ってきた。

逃げた場所に、今度は言葉を書きに来ている。

人生は、ときどき遠回りをしながら、ゆっくり巡ってくる。

そして、人生を変える決断は、必ずしも「前に進むこと」とは限らない。

ときには、逃げることが人生を救うこともある。

周囲からどう見えるかではなく、世間の正解でもなく、ただ自分の心の奥にある声。

その声は、とても小さい。
けれど、確かにそこにある。

もし今、あなたの心の奥で何かが呼びかけているのなら、
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてほしい。

その声は、もしかすると
あなたが本当に生きたい未来からの呼び声なのかもしれない。

私は今、沖縄の空の下で。

あの日、逃げたはずの沖縄に、
私はいま、人生を受け取りに戻ってきている。

今日もまた、私は言葉を書いている。

天豆(てんまめ)


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