GW後半は「本当に生きたかった人生」を思い出す朝にしてほしい。ADHD・HSPの僕が「在宅で言葉の仕事」に救われた5つの理由
おはようございます。
天豆(てんまめ)です。
今日は5月5日。
子どもの日です。
GWも、いよいよ後半ですね。
お休みの方は、どうか今日一日、少しでも心をゆるめて過ごしてほしいと思います。
家族と食卓を囲んだり、子どもの笑い声を聞いたり。
好きな映画を観て、少しだけ現実を忘れる時間もいいと思います。
ちなみに僕は先日、『プラダを着た悪魔2』を観てきました。
華やかで、苦くて、美しくて、“仕事と美意識”について深く考えさせられる映画でした。
感想をnoteに書きましたので、映画がお好きな方は、よかったら読んでみてください。
散歩の途中で、ふと風の匂いに気づく。
何もしないまま、ぼんやり空を眺める。
そういう何気ない時間は、人生にとって本当に大切です。
人は、ずっと走り続けるために生まれてきたわけではありません。
立ち止まって、味わって、大切な人とただ一緒にいる。
そして久しぶりに、自分の心の声を聞いてみる。
それもまた、人生の大事な時間だと思っています。
でも、GWの後半になると、少しずつ心の奥がざわついてくる方もいるのではないでしょうか。
まだ休みの中にいる。
まだ家族との時間もある。
まだ好きなことをする余白もある。
それなのに、どこかで“日常に戻る気配”を感じてしまう。
明日から、また仕事。
また会社。
また、あの人間関係の中に戻っていく。
そう思った瞬間、休日の空気がすっと遠のいて、胸の奥だけが先に職場へ連れていかれるような感覚になる。
僕は、その感覚をよく知っています。
ADHD・HSP気質を抱えながら会社員をしていた頃、僕にとって休み明けは、ただの「気分の切り替え」ではありませんでした。
日曜の夜から月曜の朝。
正月明け。
そして、GW明け。
OFFからONへの切り替えが、極端にできなかった。
楽しかった休日から、仕事の世界へ戻る。
家族との時間から、職場の空気へ戻る。
自分のペースから、誰かに管理される時間へ戻る。
頭では分かっているのに、身体がついてこない。
「また、明日から始まるのか」
その一言だけで、身体が重くなる。
胸のあたりが詰まる。
胃の奥がきゅっと縮む。
スマホを見ても、テレビを見ても、家族と話していても、頭の片隅に“明日”がいる。
だから今日は、GW後半のこの朝に、僕が「在宅で言葉の仕事」に救われた5つの理由を書きたいと思います。
それは、単に会社を離れたから楽になった、という話ではありません。
僕にとって「言葉の仕事」は、会社や社会に裁かれたように感じていた自分が、もう一度、自分の人生を信じ直すための道でした。
そしてもし今、あなたの中にも、
「本当は、もっと違う生き方がしたい」
「このまま心をすり減らすだけの人生で終わりたくない」
そんな小さな声があるなら、今日だけは、なかったことにしないでほしいのです。
1. 休み明けの苦しさは、甘えではなく、心の奥からの声だった
会社員時代の僕は、休み明けが本当に怖かったです。
朝が来るのが怖い。
電車に乗るだけで息が詰まる。
会社に行こうとすると、玄関で吐いてしまう。
どうにか電車に乗っても、会社の一駅手前で呼吸が乱れて降りてしまう。
それでも、家族を守らなければいけない。
父親として、夫として、働かなければいけない。
生活費も、学費も、将来の不安もある。
だから、身体を引きずるようにして出勤していました。
職場では、頭がまったく働かない日がありました。
電話の内容が入ってこない。
相手の名前を聞き間違える。
パソコン画面の細かい文字が目に入らない。
クレームの内容を正確に把握できない。
頭の中が白くなって、言葉が出てこない。
「話聞いてんの!」
そう怒鳴られるたびに、さらに頭が真っ白になる。
ミスをする。
叱られる。
焦る。
またミスをする。
自分を責める。
もっと緊張する。
そしてまた、身体が動かなくなる。
そんな悪循環の中にいました。
ランチの時間も、つらかった。
同僚たちが笑い合うテーブルの端に座っていると、自分だけがそこにいてはいけない存在のように感じることがありました。
気づけば、コンビニのおにぎりを買って、公園の隅でひとり食べていました。
春でも、夏でも、秋でも、冬でも。
会社の近くの公園で、スーツ姿のまま、ひとりでおにぎりを食べる。
誰にも話しかけられない。
誰にも責められない。
その数十分だけが、かろうじて呼吸できる場所でした。
でも、その時間も終わる。
また職場に戻らなければいけない。
あの頃の僕にとって、月曜日はただの曜日ではありませんでした。
自分の無力さを突きつけられる日でした。
社会に馴染めない自分を、何度も確認させられる日でした。
「このままじゃ、自分は壊れてしまう」と感じながら、それでも逃げられない日でした。
だから僕は、休み明けがつらい人の気持ちを、軽く扱うことができません。
「気分転換すれば大丈夫」
「切り替えればいい」
「前向きに頑張ろう」
そんな言葉だけでは届かない苦しさがあることを、僕は知っています。
休み明けの苦しさは、甘えではありません。
怠けでもありません。
根性が足りないわけでもありません。
もしかしたらそれは、あなたの心がずっと前から伝えようとしていた声かもしれません。
「もう、これ以上、自分を置き去りにしないで」
「本当は、もっと違う生き方がしたい」
「本当は、自分の言葉で、自分の人生を取り戻したい」
その声に気づけたことが、僕の最初の救いでした。
2. ADHD・HSPのままではダメだと思い込んでいた自分を、言葉がほどいてくれた
僕はADHDとHSP気質を抱えながら、長いあいだ会社員生活を続けていました。
不注意でミスをする。
気を張りすぎて疲れ切る。
相手の声色や空気を必要以上に読みすぎる。
でも肝心なところで抜けてしまう。
頑張っているのに、なぜか空回りする。
周りが普通にできていることが、自分にはどうしてもうまくできない。
そのたびに、僕は自分を責めていました。
「自分は社会に向いていない」
「自分は人並みに働けない」
そんなふうに感じていました。
ミスをするたびに。
叱られるたびに。
朝、身体が動かなくなるたびに。
「普通に働けない自分には、価値がない」
そんなふうに決めつけられているような気がしていました。
ADHD・HSPのままでは、普通に働けない。
社会に馴染めない。
家族を守れない。
人並みに生きられない。
そうやって、自分の心の声を何度も押し込めていました。
でも、本当は違いました。
僕に必要だったのは、もっと自分を責めることではありませんでした。
自分の苦しさを、ちゃんと聞くことでした。
自分の違和感を、なかったことにしないことでした。
自分の中にある「本当はこう生きたい」という声を、見つけ直すことでした。
うつ状態でnoteを始めた頃の僕は、まだ自分のことを「会社や社会に裁かれた人間」のように感じていました。
でも、ある日、深夜のリビングで、ただ自分の心の痛みを書き始めました。
誰かに見せるつもりもありませんでした。
うまい文章を書こうとも思っていませんでした。
というより、最初は怖かったです。
こんな弱音を書いていいのか。
こんな情けない自分を出していいのか。
読まれたら、笑われるんじゃないか。
そう思う自分もいました。
でも、それ以上に、もう黙っていられなかった。
会社に合わせるための言葉ではなく、誰かに認められるための言葉でもなく、心の奥でずっと押し込めてきた本当の声を、そのまま書きました。
悔しさ。
情けなさ。
孤独。
家族への申し訳なさ。
会社に行く怖さ。
自分は社会に向いていないのではないかという絶望。
それらを、少しずつ書きました。
書きながら、涙が出ました。
でも、不思議なことに、書いているうちに、少しだけ呼吸が戻ってきたのです。
自分の苦しさを言葉にすることで、初めて、自分の苦しさを自分で見つめられた。
僕はずっと、自分の痛みを「ダメなもの」だと思っていました。
でも、言葉にしてみると、それはただの弱さではありませんでした。
生きようとしてきた証でした。
守ろうとしてきた証でした。
あきらめきれなかった証でした。
言葉は、僕の中にあった自己否定を、少しずつほどいてくれました。
3. 誰にも読まれなかった言葉が、誰かの救いになった
やがて、僕はその言葉をnoteに書くようになりました。
最初は、誰にも読まれませんでした。
スキも、コメントも、ほとんどありませんでした。
それでも書くたびに、自分の心が少しずつ整っていくのを感じました。
そしてある日、見知らぬ方からコメントをいただきました。
「まるで自分のことみたいです」
「あなたの言葉に救われました」
その言葉を読んだ瞬間、僕は思いました。
ああ、自分の痛みは、無駄じゃなかったんだ。
自分が通ってきた暗闇にも、意味があった。
自分が感じてきた孤独も、誰かの孤独を照らす言葉になる。
自分の人生は、ただ失敗しただけの人生ではなかった。
その日から、僕にとって言葉は、ただの文章ではなくなりました。
自分を救うものになり、
誰かとつながるものになり、
もう一度、自分の人生を組み直すための道になっていきました。
僕にとってnoteは、ただ記事を書く場所ではありません。
人生の記録を、価値に変えていく場所です。
たとえば、昔の日記に残した数行。
誰にも送れなかった下書き。
仕事帰りの電車で、スマホに打ち込んだ弱音。
好きだったことを、いつの間にか後回しにしてきた記憶。
家族を守りたかったのに、自分の方が崩れそうだった日のこと。
そういうものは、一見すると、人生の失敗や弱さのように見えるかもしれません。
でも、違います。
それらは、あなたの言葉の原液です。
そこには、あなたにしか書けない文章の根っこがあります。
まだ言葉になっていないだけで、誰かの心に届く素材が眠っているのだと思います。
僕はこの考え方を、ずっと大切にしてきました。
「あなた物語」。
それは、ただ自分の過去を語ることではありません。
自分の人生に起きた出来事を、誰かの希望に変えていくことです。
自分の痛みを、そのまま売り物にするのではない。
自分の傷を、ただ見せびらかすのでもない。
その痛みを、ただ痛みのままで終わらせない。
自分でもまだうまく説明できない経験に、少しずつ言葉を与えていく。
そして、必要としている人に届く形へ整えていく。
その先に、共感が生まれます。
信頼が積み上がります。
そして、自然と仕事にもつながっていきます。
僕は、noteを通してそれを体験してきました。
4. 「在宅で言葉の仕事」が、朝の怖さを変えてくれた
会社員時代、朝が来るのが怖かった僕が、今では言葉を仕事にしています。
在宅で。
カフェで。
旅先で。
ホテルの部屋で。
自分の言葉を通して、人の人生に関わる仕事をしています。
noteのフォロワーは27,000人を超えました。
有料記事、Kindle、Udemy講座、マンツーマンコンサルへと仕事も広がりました。
毎月7桁の収益を安定して上げられるようにもなりました。
でも、僕が本当に伝えたいのは、数字の話ではありません。
大切なのは、あの地獄のような日々があったからこそ、今の言葉があるということです。
あの頃、会社の近くの公園でひとりおにぎりを食べていた僕。
玄関で吐きながら、それでも会社に向かっていた僕。
自分はもう終わっていると思っていた僕。
家族を守りたいのに、自分が崩れていくようで泣いていた僕。
その全部が、今の仕事の土台になっています。
人生の痛みは、消せません。
でも、言葉にすることで、灯りに変えることはできます。
僕は今、休みの日と、休み明けの日の感覚に、ほとんど違いがありません。
もちろん、疲れる日はあります。
不安になる日もあります。
すべてが完璧なわけではありません。
それでも、昔のように、朝が来ることそのものに怯えることはもうありません。
それは今、時間や場所に縛られず、言葉を通して、自分のペースで仕事ができていることも大きいです。
会社に行くために、心と身体を無理やり押し込める朝ではなくなりました。
誰かの機嫌や職場の空気に、毎朝、自分の命の温度を預ける必要もなくなりました。
今は、自分の言葉で、自分のペースで、誰かの人生に関わる仕事をしています。
でも、それだけではありません。
僕の心の中に、「向かいたい場所」があるからです。
誰かの心に届く文章を書きたい。
人生を変えたい人の言葉を、一緒に整えたい。
痛みや遠回りを、誰かに届く価値へ変えていく人を増やしたい。
noteを通して、本当に生きたかった人生へ進む人を支えたい。
そう思えるようになったからです。
休み明けが元気になるかどうかは、気合いだけの問題ではありません。
その先に、希望があるか。
自分の心が向かいたい場所があるか。
自分の人生を、自分の言葉で少しずつ動かしている感覚があるか。
そこが大きいのだと思います。
5. まだ言葉になっていない願いを、なかったことにしないでほしい
GW後半になると、どうしても外側の圧が大きく見えます。
会社のこと。
仕事のこと。
人間関係、お金、家族、将来のこと。
そういう現実が、一気に押し寄せてくることがあります。
僕も、家族を守らなければいけないという責任がありました。
生活費もありました。
子どもの学費もありました。
簡単に逃げられる状況ではありませんでした。
だから、「嫌ならすぐ辞めればいい」とは、僕は言いません。
人生は、そんなに単純ではありません。
でも、それでも。
外側の向かい風ばかりを見ていると、人は少しずつ、自分の内側にある灯りを忘れてしまいます。
本当は何が好きだったのか。
本当は何をしている時に、心が少し軽くなったのか。
本当はどんな人の役に立ちたかったのか。
本当は、どんなふうに生きたかったのか。
それを忘れてしまう。
そして、いつの間にか、人生が「耐えること」だけになっていく。
もちろん、耐えなければならない時期はあります。
踏ん張らなければならない局面もあります。
僕もそうでした。
逃げたい。
でも逃げられない。
休みたい。
でも守らなければいけないものがある。
その板挟みの中で、何度も自分を責めました。
だからこそ、思うのです。
耐える日々の中にも、心の中の小さな希望だけは消さないでほしい。
「いつか、自分の言葉で生きたい」
「いつか、自分の経験を誰かの役に立てたい」
「いつか、好きなことを仕事にしたい」
「いつか、自分の人生を取り戻したい」
その小さな灯りを、馬鹿にしないでほしいのです。
会社をすぐに辞めなくてもいい。
いきなり人生を大きく変えなくてもいい。
完璧な計画がなくてもいい。
まずは、あなたの中にある言葉を、ひとつ残すことからでいい。
昔のメモを読み返す。
日記に一行だけ書く。
下書きのタイトルだけ作る。
誰にも見せなくてもいいから、今の本音をスマホに残してみる。
それだけでも、人生は少し動きます。
これまで200人以上の方の相談を受ける中で、何度も感じてきたことがあります。
人の痛みが分かる人ほど、自分の痛みを「大したことない」と扱ってしまう。
本当は深い経験をしているのに、「こんなことを書いても意味がない」と、自分の言葉をしまい込んでしまう。
でも、僕は思うのです。
あなたの人生を、あなたが小さく扱わないでほしい。
あなたが通ってきた日々は、誰かにとっての道しるべになるかもしれません。
あなたが乗り越えてきた苦しさは、今まさに同じ場所で苦しんでいる誰かの呼吸になるかもしれません。
あなたが「こんなこと」と思っている経験の中に、誰かがずっと探していた言葉があるかもしれません。
GW後半は、ただ現実に戻る準備をする時間ではありません。
あなたが、あなた自身の人生をもう一度見つめる時間になっていい。
また我慢の日々が始まる日ではなく、
本当に生きたかった生き方を思い出す朝になっていい。
ここまで読んで、少し胸が苦しくなった方もいるかもしれません。
でも、その苦しさの中には、まだ言葉になっていない願いがあると思うのです。
あなたの言葉は、まだこれからです。
あなたの人生は、まだこれから言葉になります。
そして、その言葉は、きっと誰かの明日を照らします。
GW後半の朝が、あなたにとって、ただの休みの終わりではなく、
本当に生きたかった人生を思い出す朝になりますように。
もしこの記事を読んで、
「自分の中にも、まだ言葉になっていないものがあるかもしれない」
と少しでも感じた方へ。
もしこの記事を読んで、
「自分の中にも、まだ言葉になっていないものがあるかもしれない」
と少しでも感じた方へ。
天豆(てんまめ)の公式メルマガでは、
「人生の記録を、言葉と価値に変える」ための考え方をお届けしています。
登録すると、以下の3つを受け取れます。
✦ 特典1:あなたの物語を“共感・信頼・収益”へつなげる5日間のメール講座
✦ 特典2:note正攻法でフォロワー3,000人へ導く1万字の特別レポート
✦ 特典3:メルマガ限定「無料個別相談会」へのご案内
無料登録はこちらです。
https://my939p.com/p/r/uMW9DA3Z
焦って決めなくて大丈夫です。
今日この記事を読んで、心が少しだけ動いた。
それくらいで十分です。
でももし、本気で「本当に生きたかった人生」に踏み出したいと思った方は、どうかその小さな動きを、なかったことにしないでください。
現在、5月後半まで無料個別相談会のご予約が入っていますが、必要な方には、メルマガの中でご案内をお届けしています。
人生が変わる日は、予定表の中で決まるのではなく、心が本気で動いた瞬間から始まるのだと思います。
その瞬間が来た方は、天豆(てんまめ)に会いに来てください。
あなたの言葉は、まだこれからです。
あなたの人生は、まだこれから言葉になります。
心からの祈りとエールを込めて。
天豆(てんまめ)
いいなと思ったら応援しよう!
もし、私を応援してくださる方がおられましたら、サポートしていただけるととても励みになります☆彡 いただいたものは、クリエイター活動で使わせていただきます!