078.草試合にたまに出てはなんとか優勝できるくらいにテニスを楽しめている Mさん
(※事情により一部編集しています)
ご無沙汰しております。
第1弾のテキストより購読させて頂いている※※です。
久しぶりにサイトを訪れたところ新しいテキストが発売されていると知り、ご連絡させて頂いた次第です。
以前よりお世話になっているため、テキストと関係ないですが、近況のご報告もさせて下さい。現在は仕事・子育てとなかなかテニスが出来ていないのですが、マインドフルネスを自分なりに独学・練習し、仕事でも成果を出せており充実しています。
テニスの方は、半年くらいのブランクがあっても集中力の使い方を覚えているため草試合にたまに出てはなんとか優勝できるくらいにテニスを楽しめています。(毎回足は攣りかけてますが…)
そこで、集中力の使い方もある程度は自分なりの感覚があるものの、意識の使い方はとてつもなく奥が深く、一生をかけて追求できるものだと感じており、様々なソースから情報収集は続けておりますので、吉田様がまとめられた今回のテキストも拝読させて頂きたく存じます。
銀行振込にてお支払い致しますので、どうぞ宜しくお願い致します。
※テニスゼロより一言コメント
▶集中力は色褪せない
集中力の使い方は、一度身につければ、簡単には色褪せません。
半年くらいのブランクは何のその!(※たたし「力」ですから、トレーニングを継続しないことには足腰と同じで、衰えます)。
普段の生活をトレーニングの場とし、日常的に五感を使って集中する生き方は充実感(実感)を伴って楽しいですし、「力」を高めてくれるのでおすすめです。
▶一般とは「集中の定義」が違う
「集中」に関する言葉の定義が、一般的に使われているのとは違います。
一般的には、「集中しよう」と意識することが集中。
ですから指導者も選手に向かって「集中しろ!」などと言いますね。
しかしこれは、ご理解いただいているとおり、逆効果。
集中を「意識させる」からです。
意識と集中はトレードオフの相関。
意識しないのが集中。
仰せのとおり、意識の使い方はとてつもなく奥が深そうです。
禅的に言えば、「無心=集中」などと言い換えられます(関連記事「無心のプレーが目指すものは?」)。
▶足が攣るのは望ましい兆候?
「毎回足は攣りかける」とは、集中度の高いテニスができている証拠です。
下記関連記事でも述べているとおり、初心者だとラリーが続かず、ベストを尽くそうにも全力を出し切る以前に試合が終わってしまうのがテニスというスポーツだからです(関連記事「全力を出し尽くせないテニスゆえの『歯がゆさ』」)。
徒競走やマラソンなどは、ビリだとしても、一応全力は出し尽くせますからね。
テニス上級者は、試合後は、歩けないほどの疲労困憊。
かたやテニス初心者は、試合後も涼しい顔。
初心者がプレー後も疲れないのは、スタミナが「ある」からではなく、実力が「ない」からです。
ですから「毎回足は攣りかける」ほど疲労するのは、ご実力がしっかり備わっている証拠です。
ベテランの域に入ってなお、全力を出し尽くすあまり錦織圭は「負けたことより、まだ回復しないんだと、そっちの方がショック」と吐露しています。
▶「マインドフルネス」がストレスを減らす理由
「マインドフルネス」は、過去や未来を考えないから、ストレスがなくなりますよね。
下記関連記事でも述べているとおり、未来と不安はセット(「未来と不安は『共犯関係』」)。
未来を考えると不安になるのは、どんなに鋼メンタルであっても、人として当然なのです。
なぜなら未来は、どうなるか誰にも分からない「未知」だからです。
ですから「将来」のために「今」を犠牲にする人たちは、未来について考えるから、どうしても不安が強くなる構造。
「そうはいっても心配だから、将来について考えてしまう!」という人間の性にメスを入れたのが、マインドフルネスなのでした。
▶「鋼メンタル」になる方法
一方、「安心」のペアは「今」。
今に集中している限り、余計な不安がよぎる余地は一切なくなり、どこまでも安心していられます。
ですから過去や未来について一切考えなければ、鋼メンタルの人になれます。
ただし本当に、「今に集中している限り」です。
繰り返しになりますが、集中しようと意識して、集中できるわけではありません。
むしろそれは、「非集中」なのですから。
▶禅のトレーニング
集中力を身につける取り組みは見てきたように、テニスが上達するのみならず、生きていくうえでも「生きづらさ」がなくなるから、禅ではそのトレーニングを「修行の基軸」に据えます。
「ゾーン」「フロー」「ピークパフォーマンス」「アルファ波」「インサイト」「禅定(ぜんじょう)」など、いろんな表現はありますけれども、こちらで述べているとおり「表現の違いはあれど『要は集中』」です。
▶「へー、考えないほうがいいのかぁ」などと考える?
冒頭の話に戻りますが、集中とは、「考えない」「意識しない」とも言い換えられます。
「考える」ことがもてはやされる現代において、「考えない(無心)」へと回帰する温故知新。
とはいえこうは申しても「へー、考えないほうがいいのかぁ」などと考えるから、手に負えないというのが、いたちごっこなのでした。
▶集中力は人間の能力を伸ばす根幹
生きづらさを抱える現代人を救うのが、「集中力」だと私は思っています。
先述したとおり余計な不安に苛まれずにすみ、なおかつ人間の能力を伸ばす根幹が、集中力だからです(他力を借りれば別ですが、集中力以上の力は、どんなに頑張っても出ません!)。
集中力が身につくと……
人目が気にならなくなります。
Noが言えるようになります。
嫌われても構わなくなります。
集中すべきではない対象の切り分けができるから、完璧主義を手放せます。
だからボールに集中できます。
それらが、テニスを楽しみながら身につく力。
仰せのとおり「仕事でも成果を出せており充実」もします。
▶そして「明晰な思考」ができるようになる
どうぞ、ワクワクした気持ちでテキストを紐解いていただければと思います。
そして余計な思考がなくなった暁には、本当に必要となる夾雑物のない「明晰な思考」が、必要に応じてできるようにもなるのですから。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero