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テニス上達メモ172.「シンクは辛苦」。集中すれば乗り切れる!


▶「思考の連想ゲーム」は深刻化する

 
「サーブが入るか心配だ」
 
「セカンドになった。ダブったらどうしよう」
 
「パートナーに申し訳ない」
 
こういう思考は、たとえ頭の中で言語化されていないとしても、モヤモヤしてストレスになりますよね。
 
考え事は連想ゲームですから、際限なく膨らみがち
 
「ここでダブると負けるかもしれない」「仲間に合わせる顔がない」「テニスなんて辞めてしまいたい」などと、試合中にも関わらず「引退」すらよぎりかねません
 
眠れない夜に似ています。
 
「明日起きられるだろうか」「この調子だと取り引きも上手くいかないだろう」「お先真っ暗だ」などといった具合に、眠れない悩みが人生全般まで及びます
 

▶「ポジティブシンキング」に救いを求める?

 
何とかしたいからといって、物事を良いように考えるポジティブシンキングに、救いを求める人もいるかも知れません。
 
しかし結論から言うと、おすすめではありません
 
今まで入らなかったサーブが、「次は絶対入る!」とポジティブシンキングしてみても、入るようにはならないからです(精神的に開き直れて、一時的に入るマグレはあるかもしれませんけれども……)。
 
また「絶対入る!」などと考えるのは、「入らない気がするイメージ」の裏返しなので、イメージどおりの結果が出るのです。
 
考え事をすると、むしろ「ボールの毛羽」が見えなくなって打球タイミングを外す。
 
つまりシンクする(考える)と、余計に入らなくなるのです。

▶シンクは集中と相容れない

 
現実を、ポジティブとかネガティブとかシンクせず、「ありのまま」に見るのです。
 
先述したように、考えると悪化しますからね。
 
ポジティブであろうとネガティブであろうとシンクである以上、「セルフトーク」だからです(関連記事「セルフトークをなくすには?」)
 
頭の中が騒がしくなる。
 
「ありのまま」に見る集中とは、相容れません(関連記事「×考えれば呆けない?→○考えるから呆ける!)。

▶「しか」と「も」の間に

 
これは皆さんご存じの常識なのかもしれませんけれども、私は知らなくて、最近になって気づきました。
 
NHKなどのニュースでは、関税が24パーセント「も」という言い方は、基本的にしませんよね。
 
そう言ってしまうと日本にとって「高すぎる」位置づけとなり、ネガティブな印象操作になる。
 
意見するコメンテーターなどはするかもしれませんが、読み上げる原稿では、あまり聴かれないと思います。
 
コップに水が、「半分ある」「半分しかない」ではなくて、水が「半分ある」という、ありのままの事実を伝えるのがニュースなのでしょう(関連記事「物理的には『まったく同じ量』でも、視点を変えれば180度見方が変わる」)。
 
事件、事故、災害、戦争を伝えるニュースでも同じですよね。
 
100人「も」犠牲になった、とは言いません。
 
100人「しか」とも、言いません。
 
ニュースでは、事実の100人「が」犠牲になったと、「ありのまま」を伝えます(関連記事「ミルクをこぼした失敗の先に『ゾーン』がある」)。
 
2000円だった5キログラムのお米が倍になったら、今は「4000円する」と考えるかもしれません。
 
しかしさらに5000円になったら、前は「4000円しかしなかった」位置づけになる。
 
相対性の世界であり、「も」や「しか」の主観的な評価は「ありのまま」の事実ではないから、ニュースでは聴かれないのでしょう(関連記事「『速いボール』はない」)。

▶「未来」を案じて「今」がおろそかになる

 
「サーブが入るか心配だ」
 
「セカンドになった。ダブったらどうしよう」
 
「パートナーに申し訳ない」
 
シンキングするからボールの毛羽が見えなくなって、打球タイミングを外すためにフォールとすると、先述しました。
 
仕事や日常生活でもそうです。
 
「失敗したらどうしよう……」というネガティブシンキング。
 
あるいは「上手くいくに違いない!」というポジティブシンキング。
 
ネガティブであろうとポジティブであろうと、思考ですからその実体は「セルフトーク」
 

▶考えるよりも集中する


シンクするくらいなら、目の前のやるべきメール作成や雑巾掛けに、集中するのです。
 
未来を心配しておけば、「対策を講じる備えになる!」などと考えるかもしれないけれど、そのようにシンクしている間、現在が「おろそか」になっています。
 
こういう人は案外多いのですが、現在をおろそかにするから、地続きの未来がむしろ危ぶまれる成り行きです(関連記事「『将来」のために『今』を犠牲にする人たち」)。

▶失敗を予測するから失敗する?

 
未来について「失敗したら、どうしよう」などと考えるおもな理由は、失敗したときに「ほーら、やっぱり失敗した!」などと、ショックをヘッジしておきたいからでしょう。
 
失敗を予測して、実際に失敗して、失敗した過去を「ほーら」と納得する
 
なんて無益なのでしょう。
 
そんなこと「考える」くらいなら、失敗しないように目の前の作業に集中して成功するほうが、よほど有益なはずです。
 

▶「迷惑をかける」と思うと「迷惑がかかる」

 
目の前の作業に集中して成功する。
 
それがテニスで言えば、「ボールに集中」です。
 
「サーブが入るか心配だ」
 
「セカンドになった。ダブったらどうしよう」
 
「パートナーに申し訳ない」
 
シンキングした結果「ほーら、入らなかった」「やっぱり、ダブったわ」などとヘッジするのでしたね。
 
そして案の定シンクしたせいで、「パートナーに迷惑」をかけもする結果となるのです。

▶「いい加減」は「よい加減」

 
未来について心配するのは、「いわゆる真面目」な人が多い印象です。
 
「いい加減」な人は、たとえば老後について少しは考えるとしても、それほど不安になりません。
 
「よい加減」、つまりバランスが取れているのです。
 
「考えすぎないから、不安になりすぎない」のは当然です。
 
すると時間軸は、現在の延長線上に未来がある「地続き」ですから、老後の成り行きも不安ではない人生
 
今、不安に思っているとそれがストレスで、地続きの老後も苦しんでしまう人生になる。
 
今を案じすぎるせいで「ほーら、やっぱり人生は艱難辛苦だ」などと、なってしまうのです。

▶不安を流す方法


未来について「失敗したら、どうしよう」などと考えるのは、失敗したときに「ほーら、やっぱり失敗した!」などと、心理的ショックをヘッジしておきたいから。
 
シンクする(考えて不安になる)くらいなら、目の前の作業に集中する。

とはいえどうしても不安になってしまうならば、こう唱えてみます。
 
「この不安もどうせ無常。そのうち流れ去る、流れ去る、流れ去る……」
 
そのときどきの感情は、絶対に永久保存できませんからね(関連記事「その時々の感情や気持ちは、絶対に永久保存できない」)。
 
1年前に激怒・激昂した出来事があったかもしれませんけれども、1年経った今となっては、ほとんど「どうでもいい」のではないでしょうか?

だとしたら今、苦しんでいる感情もそのうち流れ去って(少なくとも顕在意識レベルでは)「どうでもよくなる」定め
 

▶寂しさも、憎しみも「無常」。そして喜びも……

 
どんな感情にも応用できます。
 
「この寂しさもどうせ無常。そのうち流れ去る、流れ去る、流れ去る……」
 
「この憎しみもどうせ無常。そのうち流れ去る、流れ去る、流れ去る……」
 
そして喜びについても「この抑えきれない嬉しさも、どうせ無常。そのうち流れ去る、流れ去る、流れ去る……」と流しておくのが賢明です。
 

▶ローランギャロスの空を見上げて

 
グランドスラムタイトルを取ったら、仰いだローランギャロスの空を見上げた瞬間が、感情のピーク。
 
まだ実感がない場合は、今夜の祝勝会や、翌日のフォトセッションが関の山でしょう(関連レビュー「見える世界が本当に違うように見える N.R.さん」)。
 
その喜びが褪せゆくピークアウトが「祭りのあと」というわけですね。
 
専門用語では「壊苦(えく)」といって、苦しみの本質です(関連記事「マッチポンプからの脱出法」)。

▶「ありのままに見る」練習。テニス上達や人生に好影響!


この苦しい思いを自分の中で上手く位置づけられないと、バーンアウト(燃え尽き症候群)してしまう
 
大坂なおみ、ジェニファー・カプリアティ……。
 
「突然のシンデレラ」は、とても危険なのです。
 
ですからネガティブであろうとポジティブであろうと、「シンクは辛苦」
 
いいとか悪いとか考えず、「も」とか「しか」とかシンクせず、ニュース原稿のように「ありのまま」に見る癖をつける練習をすると、テニスの上達や人生に、望ましい影響が及ぶのです。

即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO(テニスゼロ) スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero