サロン楽屋話111:対等とは何か──バトル・オブ・ザ・セクシーズを考える
ハンデをつけた瞬間、それは別の競技になる。自分にも同じことをしていないか。「体格が」「年齢が」「才能が」――。前提をいじると、成長は止まります。
▶対等に立つ、という前提
私は「選手たち」ではなく、リスペクトを込めて「彼ら彼女ら」と呼ぶ――。
対等な人間同士だからです。
ジェンダーといえば、下記で話題(物議?)となった「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」。
私見としては、ハンデをつけたのがいただけなかった。
テニスは、老若男女がハンデなしに同じコート上で楽しめる間口の広い稀有なスポーツ。
だから、生涯スポーツになりやすいのです(関連記事「なぜピックルボールは、誰でもすぐにできるのか?」)。
なのにルールを変えたら(女性側のコートを9パーセント縮小したら)、それはもう、テニスではないのです。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
