質問1522:テニスだけでなく仕事、恋愛何もかも終わってしまえとなる時がある
テニスゼロ吉田様いつもお世話になっております。
唐突ですが、テニスを辞めたくなる時があります。
テニスだけでなく仕事、恋愛何もかも終わってしまえとなる時があります。
お世話になっているかたもいます、
けれどもなぜこんなことをこんな所で何をしているのか、
これに価値があるのか、強くなること大会に出ること、コミュニケーションを取ること、本当に必要なのか
全部意味なんかないし
さっさと死にたいと思ってしまいます。
回答
テニスに意味はあるのか?
恋愛に意味はあるのか?
大会に出ることに意味はあるのか?
仕事やコミュニケーションに意味はあるのか?
要するにひっくるめて人は「生きる意味はあるのか?」などと考えますが、ありません。
「ない」からこそ、人は古来よりずっと、生きる意味を探し続けているといえるでしょう。
人はよく蚊やゴキブリなどを、「生きる意味はない!」などと言って平気で殺しますけれども、生命は平等ですから、同様に人間にだって、生きる意味はないのです。
そして「一切皆苦」と言われるように、生きることは苦しみばかりです。
サッカーワールドカップで、日本がドイツに歴史的な勝利をあげたといってファンは喜びますが、あくまでも科学的な生理学の立場からいえば水を差すようですけれども、喜びだって、苦しみです。
応援するために、夜遅くまで声を張り上げて、喉はガラガラ、睡眠不足…。
それは身体にとって負担ですから、ストレスになっています。
だけど「勝つことに意味がある!」などといって、意味をでっち上げるから、それを求めれば求めるほどいいか悪いかは別にして、ストレスまみれになるのは、分かりますよね?
また仮に、どこかで負けたら負けたで、悲しむ怒りの感情にも支配されるでしょう。
勝っても負けても、やっぱりストレスというわけです。
テニスも恋愛も仕事もコミュニケーションも、すべて一切皆苦です。
だけど苦しみから脱する道は用意されています。
私から2つご提案があります。
ひとつは、意味など考えないこと。
生きていると、刻々とやるべき課題が与えられますけれども、それらについて「やる意味」など考えず、「ただやる」のです。
これだけでも本来的にない意味を探さなくて済むので、ストレスが減ります。
もうひとつは、何事も「これが最後だ」と思ってやるのです。
人生は必ず「最後の日」が来ますが、それがいつになるかは、誰にも分かりません。
だから「今日が最後だ」と思って生きるのです。
「今日が最後のテニスだ」
「恋人と会うのは今日が最後だ」
「今、目の前にいる人と一緒にやる最後の仕事だ」
これを「一期一会」といいます。
これによって世界が一瞬で、ガラッと変わります。
「今日が最後?」「そんなの現実的じゃない!」と思われるでしょうか?
だとしたら、死なないと思い込んでいる方が、現実的ではありません。
先述したとおり、いつか人は100パーセントの確率で、必ず死ぬのですから。
それが、いつになるかは誰にもわからないのです。
いつまでも生きていられると思い込んでいるから、何でも溜め込む欲深い生き方になるのであり、そのせいで心身に重荷を抱え、人は余計に苦しみます。
そうではなくて、「今日が最後」と思って軽やかに生きる。
死を現実のものとして受け入れると、生が輝き始めます。
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