日系大企業からドイツ系ニッチ企業への転生。〜消えたヨナス〜
月曜日の朝、ヨナス(仮)がいなかった。 ドイツ本社から来ている、私の部下だ。
火曜日もいない。水曜日もいない。
気になって、電話した。 出なかった。折り返しも来なかった。
前の世界の常識で言えば、これはかなりの異常事態だ。出張中だろうと会議中だろうと、会社からの電話には最優先で『無詠唱折り返し』を決めるのが当たり前だった。
少なくとも私がいた日系大企業という世界での14年間は、それが絶対のルールであり、生き残るための生存戦略だった。
もしかして何かあったのか。体調不良か。それとも——
1週間経っても、音沙汰なし。 流石に気になって、近くにいた同僚に聞いた。
「ヨナスって、どこ行ったんですか?」
「バカンスですよ。本人から聞いてませんでした?」
それだけだった。
心配する様子も、不思議がる様子も、一切ない。
2週間の「バカンスですよ」が、今日の天気の話と同じトーンで返ってきた。
……そういうもんなのか、この世界では。 何をしているんだろう。旅行か。家でのんびりしているのか。
そう考えていた彼のバカンス最終日、社内のグループチャットに通知が届いた。 写真だった。 木の壁、棚、床。どこかのホテルでも旅先でもない。
自分の家の中に、ゼロから新しく出来上がった部屋の写真だった。
……あー。ずっと家にいたんだ。 電話、手元にあったんじゃないかな・・・。
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月曜日の朝、ヨナスが普通に現れた。
「転職 ブッチョ さん オハヨウゴザイマス。」
それだけだった。
誰も何も言わなかった。「お疲れさまでした」もない。「大丈夫でしたか」もない。どこ行っていたのか気になったのは、このオフィスで前の世界の記憶を引きずっている私だけだったようだ。
「……電話したんですけど」
「あー、見てたよ。休暇中だから出なかったんだ」
見てた。出なかった。休暇中だから。 この世界には、そういうシンプルで強力なルールがある。
「休みの間ずっと部屋を作っていたんだ。ずっとやりたかったんだよ」 そう言いながら、工程の写真も見せてくれた。材料を並べた写真、壁を張る途中の写真、棚を組んでいる写真。休暇に入る前から材料を揃えて、2週間を丸ごとそのために使っていた。仕事の話は一切出てこなかった。彼にとって、休暇は自分の人生を本気で生きるための時間だった。それだけのことだった。
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思い返すと、前の世界の私はこうだった。 有休を取るのは1日だけ。2日連続で取るときは、周囲への「申し訳ありません」という免罪符のような言い訳が必要だった。
数日連続で休んでも、正直誰も迷惑なんてしていないのに。
連続で有休を取ることに、なんとなく後ろめたかった。それが礼儀だと思っていた。いや、正確には——「休むことは周りへの負荷であり、罪である」という前提を、14年かけて体に叩き込まれていた。 これがいわゆる『前世の呪い』だ。
ヨナスには、その呪いが一切ない。 休暇中に電話が来ても出ない。家で部屋を一つ丸ごと作り上げて、写真を送って、翌週「おはよう」で戻ってくる。謝らない。誰も責めない。平日に5日連休をつなげ、海外旅行に行く人もいる。 それが、この世界の普通(スタンダード)だ。
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私も去年、1週間の休暇を取った。
前の世界の呪いを少しだけ解いて、本気で休んでみようと思ったのだ。
休暇2日目にスマホを確認した時、私の動きは止まった。 普通にドイツ本社から会議招集が来ている。。
今、旅行先なんだけど……。
どうやら、転生先の管理職には、また別の強力な『呪い』がかかっているようだ。
私の異世界生活は、まだまだ一筋縄ではいきそうにない。
