2022年 浦島日記1
「走れますか?」
二週間前のある日、ドイツの空港にいた。
同日、アンダルシア田舎を午前4時半に出発し、マドリードに向かった。本当は3時半に出たかったのだが、夫のテトリスがうまくいかなかった。
テトリスとは、スーツケースのパッキングのことである。数年前から、我が家ではパッキングのことをテトリスすると言っている。これは、スーツケースにどれだけたくさん荷物を入れられるかを、ゲームのテトリスに例えたものである。夫は出発の一週間前ぐらいから、荷物を入れたり出したり、出したり出したり入れたりしている。このように、彼のテトリスは大変非効率的なものだから、いくら時間があっても足りない。まともにつきあっているとおかしくなるので放っておいている。
そして、この人が「余裕です」と言うとき、これを信じてはならない。
当日、出発5分前にスーツケースに初めて鍵をかけた夫は、自分の荷物がチェックインできる許容範囲の23kgを5kgオーバーしていることに気が付いた。
いつものことである。
朝飯を済ませた私は、椅子に座ってお茶を飲みながら、夫のばたばたを眺める。
どうにか5kg減らすことに成功した(何としても全部持っていきたかったので、手荷物に移動させることにしたらしい。これは後々効いてくる)ころには出発予定時間を大幅に過ぎていた。
車でマドリードに向かう。
道中もいろいろあった気がするが、無事に着いた。
問題は、マドリードからの飛行機移動であった。
指定されたゲートに向かう。搭乗時刻を過ぎたが、搭乗案内が始まる気配はなかった。
そのうち、ゲートが変更になるというアナウンスが入った。
皆、我先にと新たなゲートに向かう。
新たなゲートで搭乗のアナウンスを待つ。
数十分後、再びゲートが変更になった。
皆、ほぼ駆け足で新しいゲートに向かう。
数分後、またゲートが変わった。アナウンスのたび、どよめきがおこる。
出発予定時刻をとっくに過ぎた。ドイツでの乗り換え時間は確か約1時間半であったが、このままだと間に合わない。あせっても仕方ないと思い、トイレに行ったら、その間にまたゲートが変更になったのと、建物を出るとなぜか自動的に右に曲がってしまう私は、この時もトイレを出た瞬間に右に曲がったらしく迷子になった。数分後、新しいゲートを見つけた時にはほっとした。搭乗案内が始まる気配はまだなかった。
この間、立ちっぱなしだったので、さすがに疲れてきた。お腹も空いてきた。考えたら、午前1時に起きたのだった。もう午後5時だ。
ぼおっとしていると、前にいたご夫婦に話しかけられた。
「こりゃ、一体いつ飛ぶかわからないね」
「なぜ遅れているのか、スタッフはみなに説明しなきゃいけないわよ」
奥さんはおかんむりであった。
聞けば、これからブラジルはサンパウロに行くらしい。もともと短かった乗り換え時間が、飛行機の遅延でさらに短くなってしまうと心配している。
私たちも短いんですよ、1時間半でと、話したら、逆に心配された。私たちのそれは、出発が遅れているために既に1時間半ではなくなっていたからだ。
やっと飛行機に乗れたとき、もうこれは間に合わないであろうと悟ったが、ドイツに着いたとき、珍しく夫がてきぱきとしていた。この人はまだ諦めていない。
「幸運を祈るよ!」
サンパウロに行くご主人に声をかけられた。
「ありがとう!またね!」
「またねって、君…」
またね、の使い方を間違えた。反応に困るご主人を後ろに、いそいそと飛行機を降りた。
バスに乗る。今からEUを出る手続きをし、セキュリティチェックをし、PCR陰性証明書などをアップロードしたアプリを見せないといけない。これを15分でできるのだろうか。
「日本人の方ですか」
さわやかなビジネスマンに話しかけられた。
マドリードでお見掛けして、もしかしたらと思っていたんですが、よかった!と安心する男性を見て、ああ、きのこのような髪型はこんなところで役に立つものなのだなと思う。そして、よかったというのは、何がよかったのだろうか、私などを見つけても何の役にも立たないのだがと内心申し訳なく思う。
バスを降りたらJALの方が待っていてくれないものだろうか、と男性が言う。確かに、JALならそこまでやってくださるかもしれない。
バスを降り、階段を駆け上がる。
「唐草さん?!、〇〇さん?!?」
JALさんの尊い声が聞こえる。
「走れますか?」
ショートヘアのめちゃくちゃ似合うその女性は、今から私たちの乗り換え手続きをお手伝いすること、私たちが乗り換えの飛行機に間に合うかどうかは自分が決められることではないこと、間に合わない可能性もあるが、走ってみるかということをものすごく早口で言った。
行きます!
それからは何が何だかわからないうちに過ぎた。
空港内をあれは1キロ以上走ったと思う。背中にリュック、両手に手荷物を抱えながら。
EUを出る手続きをした後、セキュリティチェックに進む。JALのお姉さんは、もう飛行機が飛ぶのだ、急いであげてというようなことをドイツ語で話しているが、検査官の人たちはきちんと仕事をしなければならない。夫はジーンズのベルトを外さなくてはならず、私はまさか爆発物を持っているとでも思われたのだろうか、両手をティッシュのようなもので拭かれ機械に通された。その後、夫が今朝スーツケースが5kgオーバーしていたために手荷物へと移し替えたColaCaoが引っ掛かり、これはなんなのかと質問を受けた。これはColaCaoと言って、スペイン人ならだれでも知っている飲み物で、危ないものではないのだということを息も絶え絶えに言い、首をかしげる検査官を前に、なんでよりによってこれを手荷物に入れたのだと、ベルトをつけなおしながら他人のふりをしている夫を横目に見ながら、決して変な粉ではないんですと言うしかない私であった。
その後も走りに走った。気が付いたら8時間飲まず食わずだったのもあり、力が出ない。いつものオレンジのスニーカーでないことを後悔した。もう自分はドイツで一泊していくから、夫よ先に日本へ向かってくれと思って振り返ったら、当の本人は左手にエコバッグ、右手にColaCaoを持って走ってくるところだった。セキュリティチェックの後、かばんに入れる時間がなかったらしい。ああ、どうして私たちはいつもこうなんだろう。
最後にPCR陰性証明などを登録したアプリを見せる場所に来た。こういうときに限って、アプリがなかなか起動しない。
「あと3分!あと3分です!!」
お姉さんの声を聴きながら、最後の力を振り絞る。8時間飲まず食わずはいけない。次は絶対にもっと乗り換えに余裕があるフライトにしよう、そしてこれからも絶対JALにしよう、と思いながら搭乗口目指してひたすら走る。
「荷物はね、おそらく届かないと思うの!だからね、成田で聞いて!気をつけてね!」
お姉さんは最後までかっこよかった!
◆
「そろそろ離陸かな」
夫に言ったら驚かれた。
「何を言っているんですか。もう数時間前に離陸して、私たちは空の上ですよ」
なんと、ようやく人心地がついたと思ったときには、既に離陸から数時間経っていたのだった。
ゲート変更4回と乗り換え時間15分。
奇跡であった。
気が付くと、機内はもう日本であった。日本語の心地よい音が聞こえる。隣を見ると、いつも機内では映画を4本ほど見る夫が爆睡していた。マドリードまでの運転も含め、よほど疲れたに違いない。
無事、着いた。
お姉さんの言った通り、スーツケースは着いていなかった。スタッフの方からは、現在スーツケースがどこにあるかわからないこと、ヨーロッパの空港では人手が足りず、スーツケースが大量に滞留していること、いつものように翌日届くようなことはまずないと思ってくださいと言われる。
もしスーツケースが見つかったとき、現地スタッフが確認のためにスーツケースを開けるかもしれないので、何か目印になるものはありますかと聞かれる。わかりやすい色や形の持ち物があればと言われ、ColaCaoは黄色と赤でとても派手です!と意気揚々と説明を始める自分がいた。お姉さんは「Kolakao、黄色と赤」と用紙に書き、他にオリーブオイルあり、と記載してくれた。
その後もJALの担当者さんは毎日電話をくださった。スーツケースがマドリードにあるのかドイツにあるのか全くわからないと報告を受けること4日。ドイツではスーツケースが6000個ほど滞留しているそうであった。無事見つかったと電話があった時は、本当にありがたかった。照合作業を行ってくださった方々に感謝である。
そんなわけで、浦島タイムが始まってからしばらく経つのだが、つい数日前まで、時差ぼけというか、このマドリードからのてんやわんやが抜けず、頭はまだドイツにあった。
「誰にあげるのかわかりませんが、これをもらった方には喜んでもらいたいものです」
夫がColaCaoのことを話している。聖火リレーのようにドイツの空港をColaCaoを右手に駆け抜けたため、気持ちの入りようが違う。
無事に到着できて本当に良かった。
久しぶりにnoteを開いたら、コメント、スキ、フォローの通知が現れたので、じーんとした。
浦島日記1としたが、次はもう少し落ち着いた投稿ができるとよいなと思う。
夫は『おかあさんといっしょ』と『ピタゴラスイッチ』を見ている。
皆さまも暑さに負けず、よい夏をお過ごしくださいませ!
