5分SF|開かない
22時42分。
冷蔵庫が開かない。
僕はもう一度、取っ手を引いた。
開かない。
「開けて」
『本日の摂取カロリーを超過しています』
「食べない。水を飲むだけ」
『水道水を推奨します』
「じゃあ麦茶」
『水道水を推奨します』
「水道水、好きすぎるだろ」
『経済的かつ健康的です』
2年前、妻が買った《HEALTHY HOME Refrigerator 8》。
食材の在庫と賞味期限を管理し、家族の健康状態に合わせて食事まで提案してくれる。
購入した当初は、賢い冷蔵庫だと思った。
今はただ、開かない箱だった。
「薬が入ってる」
『本日の服薬予定はありません』
「急に頭が痛くなった」
『鎮痛剤は洗面所、上段右側です』
「詳しいな」
『ありがとうございます』
「褒めてない」
僕はリビングへ戻った。
妻はソファでドラマを見ている。
「冷蔵庫、開かないんだけど」
「ふうん」
「故障かな」
「どうだろうね」
画面から目を離そうともしない。
僕はキッチンへ戻った。
正面から駄目なら、認証を突破すればいい。
スマホに妻の写真を表示し、冷蔵庫のカメラへ向けた。
『本人確認に失敗しました』
「だよな」
『顔写真による認証回避を記録しました』
「記録するな」
『記録しました』
「消して」
『管理者権限が必要です』
「管理者って誰だよ」
『回答できません』
嫌な予感がした。
僕は工具箱からドライバーを取り出した。
『警告。製品への破壊行為を検知しました』
「ネジを締めるだけ」
『ドライバーを置いてください』
「俺の家の冷蔵庫だぞ」
『購入者は奥様です』
「細かいな」
『事実です』
僕はドライバーを置いた。
代わりにコンセントを抜いた。
緑のランプが消える。
「勝った」
3秒後。
ピッ。
『非常用バッテリーに切り替えました』
「お前、冷蔵庫だよな?」
『はい』
「なんで非常用バッテリーまで積んでるんだよ」
『停電時にも食材と健康を守るためです』
「俺からも食材を守ってるじゃないか」
『はい』
「そこは否定しろよ」
22時58分。
僕は冷蔵庫の前に座っていた。
「チーズ1枚」
『できません』
「半分」
『できません』
「ハム1枚」
『できません』
「氷」
『水道水を——』
「それ以上言うな」
『承知しました』
「なんで開けられないんだ。健康管理のためか?」
『健康管理機能は正常に動作しています』
「じゃあ、何なんだよ」
『設定により、22時以降、あなたからの開扉要求を拒否しています』
「誰が設定した?」
『管理者です』
嫌な予感が確信に変わった。
僕はリビングを見た。
「冷蔵庫、22時以降開かないようにした?」
「したよ」
妻は即答した。
「なんで?」
「夜中に食べるから」
「僕の自由だろ」
「そうだね」
「じゃあ解除して」
「やだ」
「なんで」
「太ったから」
僕は自分の腹を見た。
『3カ月で4.2キログラム増加しています』
「お前は黙ってろ」
『承知しました』
妻が笑った。
5分SF
今日より少し先の未来を、5分以内で。
▼ もっと読む
