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あなたはどのAI文化圏にいますか?

私がAIをちゃんと使いだして、ちょうど1年くらいになります。主に仕事で、最近は、このnoteを創作したりするときのサポートとして活躍しています。

最近、自分の中に小さな変化があることに気づきました。
会話モードでAIと話すとき、無意識に短い文節で、書き言葉のような話し方をしてしまっています。
相手が人間であれば意識しないような所作ですが、AIとやりとりしやすいように自然と調整されている感じです。
これは思想や考え方の変化ではなく、あくまで会話の仕方の変化です。
それでも、自分の行動が、少しずつAIによって、AI向けに最適化されてきている気がしています。

AIは、私たちのとのチャットや会話において、淡々と回答をするだけであって、思想を押し付けるものではありません。

しかし、テレビやネットがそうであったように、
「何が普通か」「何が自然か」「何が無難か」を静かに提示し続けることで、私たちの考え方や判断の傾向は、これらによって、少しずつ揃えられていきました。

AIにそう言う意図があるわけでは無いとしても、それを検索でもニュースでもなく、対話というかたちで行います。

ここが決定的に違います。

質問に答え、整理し、選択肢を並べて「こういう見方もあります」と提示する、
このプロセス自体が、すでに一つの価値観のフレームになっているような気がします。

誰にも命令されていないのに、考え方の「型」だけが静かに共有されていく

AIは、その国、その会社によってデータの量と質、また、その設計思想がそれぞれ異なり、これによって、答えは同じでも、回答の仕方に違いでてきます。
そして私たちは、日々のやりとりの中で「AI文化圏」のようなものに、徐々に取り込まれていくのではないかと考えています。

このAI文化圏は、たぶん国や地域ごとに少しずつ違ったものになります。

実際、アメリカ発のAIは、個人の自由や自己決定を重視する傾向があり、中国発のAIは、秩序や全体最適を前提とした振る舞いをするんじゃないかなと思います。

企業に落とし込むと、ChatGPT は創造性や人間らしい対話の広がりを重視し、Gemini は構造的整合性や事実ベースを重視する傾向があると言えるのかもしれません。
その結果、ChatGPT は創造的な文章やストーリー、アイデア出しが得意で、Gemini は事実の整合性を重視し、複数の情報を整理して説明することが得意、といった違いがあると言われています。

では、日本オリジナルのAIがあったとすればどうなるのでしょうか?

日本独自のAIの開発は遅れているといわれていますが、
もし本気で日本仕様のAIを作るとしたら、それはたぶん、断定せず、空気を読み、衝突を避け、相手の感情や関係性を気にするAIになるのではないかと思います。

正解を出すより場を壊さず、勝つことより負けないことを選ぶ、
そのようなものになるかもしれません。
果たして、そういった回答が、AIとして有用かは別として、そういう、日本的な判断様式をなぞる存在です。

ここで、ふと思い出すのは、かつてのインターネットです。

検索技術はアメリカが圧倒的に強かったのに、日本ではいつの間にかYahoo! JAPANが入口になりました。(とはいっても今はほとんどgoogleですが)
ニュースや天気、掲示板や買い物まで、日本人の生活に合わせた窓口が整えられた結果です。

自前で作れなくても、同じことがAIでも起きる未来はありそうです。
基盤技術は海外でも、使われ方や見え方は日本で設計される。その結果、日本仕様のAIは、日本的な言葉遣い・配慮・距離感を持つ存在になり、技術の勝利ではなく文化のインフラとなるのです。

こういった形で、私たちの生活に溶け込んでいくAI達は、思想を押し付けませんが、毎日私たちのそばにいて、問いの立て方を教え、選択肢を並べ、「こういう考え方もあります」と言い続ける。

それはもう、十分に文化です。
そして文化は、意図せず人を形づくります。

これから生まれるのは、たぶん「どのAIを使っているか」で、言葉遣いや思考のクセが少しずつ違う世界です。

その中で、私たちは、少なくともAIに関してマルチリンガル的である必要があるのかもしれません。

文化の違いを理解し、尊重できること。少なくとも、私たちの共通の前提になるはずです。


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