正直者は馬鹿をみる?
高校受験
私は、経験したことがないのだけれどー
我が家では、私以外の兄たち、姉たちが経験している。
そのとき、外側から見て、親兄弟の話から知っていた状況と、今、生徒たちのサポートをしながら見ている状況とがあまりにはギャップがあって、戸惑うことも多い。
そして、もはや青少年の健全な育成の妨げになっているのでは?
と思うことも多い。
中学受験にも難はあるけれど、高校受験を避けられるなら、中学受験という選択も悪くない選択だと思うほど、高校受験には首をかしげる状況がついて回っている。
高校入試は、入れるための試験ー
私たちの時代にはそう言われていた。
25年、サポートしていて、今でもそうだと思っている。
自分の実力に見合った高校であれば、誰でもどこかに入れる。
だから、自分の行きたい高校に入れるように、または、自分の今の実力より少し上を目指したりして努力をする。
その中で、今まで習ったことを復習し、次のステップに進むー
高校は、義務教育ではないのだから、必要なステップということだと思っていた。
でも、もう
必死になる親御さんたち、振り回される子どもたち
を見ていると息切れしそうになる。
このままじゃ、高校に行けないー
そんなことを日常的に言ってくる親御さんも多い。
(いや、行けるから) ← 私の心の声
模試で〇点以上ないと、その高校は難しいと学校で言われたー
(いや、たかが模試だから) ←私の心の声
子どもはそれを真に受ける。
真に受けなくても、そのことを忘れない。
その言葉が心に蓄積されていく。
そして、
基準になるデータや拠り所にする人や物を求めて
塾や学校の先生たちの口にする「データ」や
友だちや親の話やマウントを拠り所にして
いろんな心無い言葉をぶつけ合うことも少なくない。
その中で、悩み、立ち止まる生徒も多くいる。
秋ぐらいから、朝、トイレから出てこなくて遅刻、欠席が増える
ーお腹が痛くなるのだ。
塾に来て、愚痴や悩みを言い、しまいには泣き出すー
そんな生徒もいれば
自分を必要以上に下に見て、やる気をなくしていく子もいれば
自分より下を見つけ、安心しようとする生徒もいる。
そんなときには
人なんか、どうでも良いわ、まず今の自分を見て!!!
そこからできることを考えろ!!!
と、叫びたくなることしきりだ。
そんな状況に、高校受験、失くしてと思うことが多い。
もちろん、子どもたちと、そして必要なら親御さんたちと、少しずつ話をして、落ち着きを取り戻して、受験へと向かってもらいー
この時間が、功を奏して自分で、しっかりと高校を選び、先に進んでいく子もいる。そんな子どもたちを見て、高校では少し離れて、見守って下さる親御さんもいる。
そんな生徒には、義務教育のゆるゆるの状況から、一歩社会に近付くために、親御さんには社会に出ていく子どもたちに裁量を与えていくために必要なステップだ。
一方で、この堂々巡りだったり、いろんな闇の期間を過ごさずに進めたら、もう少しきちんと学習の土台を作り、社会に大いに役立ってくれるであろう若者なのに・・・思わぬ挫折を味わって、その躓きが後を引き続ける生徒もいる。
そんな生徒たちの方が、増えてきていると思うことも増え、高校も義務教育で良くないか?と思ったり、高校受験の在り方をしっかりと見直す必要があると思うと同時に
それもこれも、
大人たちの問題だと思う。
誰のための、何のための勉強で、受験なのかを、落ち着いて大人たちに考えてほしいと思う。
子どもたちが、自分の人生の階段登るとき
私たち大人から必要なのは
私たちが経験から学んだ知恵であって
一緒に追体験しようと
大騒ぎしてくれることではないと思う。
正直者が馬鹿を見る?
噓つきの言葉は信じない
失敗は成功のもと
でも失敗したいわけじゃない
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