人は変化を嫌うもの ~大金を溝に捨てて改めて認識したこと~
新築マンション購入の契約をしました。近年の価格高騰もあり、かなりの金額です。自己資金をそれなりに投入するもののローンを活用しますので、購入後もお金のやりくりを考えながらの生活を送ることになります。お金のことを気にせずに豊かな生活を送るという理想の姿には、近づくことすら難しいですね。
さて本題です。このマンション、購入を決めたいまは私も妻も気に入っていますが、ここに至るまでにはかなりの紆余曲折がありました。実は、別の中古物件の手付解約やそれにともなって仲介業者に手数料だけを支払うことになるなど、大金を溝に捨てる、大きな金銭的損失を経験してしまったのです。そういう仕組みがどうなのか?という話は脇に置いておいて、その一連の出来事については「私自身が“決めること”に対して、もっと注意を払っていれば回避できたかも…」と思っていまして、今日はそれを記します。
損失の経緯をここで詳細に記すつもりはありませんが、中古物件購入の契約内容に (複数の有識者が認めていて明らかに) 指摘されるべき不備があって、その点に対する業者の対応がこれまた不誠実だったことが発端でした。当初妻がその不備を気にしていて業者の誠意のない対応が続いたことで、その不備は契約を覆すほどのものではないことは理解しながらも納得できず、私たち夫婦にとってその物件が「買うべきでない物件」に変わり手付解約に至ってしまいました。いま振り返って、そこには「決めるということ」、特に大きな決断に対する人の心理への注意が不足していたと考えています。
今回の場合、新居購入のプロセスで多くの物件を内見、希望条件に近いところに絞っていって、ある中古物件の購入を決めました。大金を用意して住む場所を買うわけですから大きな決断です。当然のように自分たちにとってより良い環境を求めて検討を重ねました。実は、ここがポイントでした。土地勘のない地域に今後引っ越しをしない前提で大枚をはたいて家を買うとなったので、たくさんの関連情報を集めて慎重にあれこれ考えましたが、これをやり過ぎてしまったなと。多くの場合、新しいものに出会ったとき、積極的にそれを受け入れるPositiveな情報がはいってくるのは最初だけです。その後は調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、それを拒絶するNegativeな情報しかはいってこないものなのです。もしくはNegativeな情報しか認識できないと言ってもいいでしょう。妻はこのケースにかっちりとはまっていたため、中古物件契約後も契約内容に不信感をもってしまったのだと思います。
そして、上述のケースの根底には「人は変化を嫌う」という普遍的な心理があると考えています。人は変化に対して身構える、たいして良くはない環境でも長くそこにいると、たとえそれが良化方向の変化であっても、その変化を避けようとする心理がはたらくものなので、妻がこの中古物件の契約をNegativeに捉えたことは特別なケースではなく、むしろ人として自然な反応であったとも言えます。「私自身がもっと注意を払っていれば回避できたかも…」と記したのは、この大きな決断に対して妻が前述のようにごく自然な反応を示していることを冷静に受け止めて対処する、もっと言えば、家探しのプロセスでこの人の習性を予め妻と共有して理解を深めておけば、防ぐことができた損失かもしれないと考えているのです。今回の場合、中古物件契約不備の指摘が妙に的を得ていたため、妻の主張が前述の心理の表れでもあることを私が捉えてあげられなかったという話でした。「変化を嫌う」ことは人である証拠でもあり避けられませんが、それを理解しておけば冷静に対処することが可能ですから、私が冷静に判断・行動できていれば今回の損失は避けられたかもしれません。
私は精密機器メーカーでコンシューマ製品の営業を長年経験していますので、店頭などでどれにしようか迷っている人の多くは、その検討対象に対してNegativeな情報を見つけやすいこと、逆に購入後は自分の買った商品のいいところを認識したいという心理がはたらくことを理解しています。買った後は自身の購買の決断を肯定したい気持ちがはたらくわけで、家の場合は買った後「住めば都」になるでしょう。だからこそ、購入前にあれこれ検討し“すぎる”ことを避けることで、気持ちのいい買いものができるのです。「過ぎたるは及ばざるが如し」昔の人はうまく言ったものです。
冒頭に新築マンションの契約を記しましたが、中古物件契約の手付解除を経験し、ふたりでこの習性に対する理解を深めながら進めてきたことで、今度こそ気持ちよく契約できました。新しい環境にワクワクしています。大金を溝に捨てたからこそ、いまは夫婦で入居を楽しみにする日々を過ごせています。何事もPositiveに捉えることって大事ですね。
