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『TERRA NAUTS』第12話:古代の声


Scene 1:白磁のゴーストタウン

プシュー……という減圧音と共に、ケージを固定する巨大な電磁ロックが噛み合う重低音が響いた。

「着いた……のか?」

カイは義手のプラグを抜き、簡易耐圧ヘルメットのシールドを跳ね上げた。
目の前に広がっていたのは、地表の「惑星スクラップ」とは対極の、白一色の無機質な光景だった。
継ぎ目のない白磁の装甲板で覆われたドック。整然と並ぶクレーンアームや保守用アセンブラは静止し、まるで時間が凍りついたかのような静寂が満ちている。かつて地表で見た錆びだらけの廃墟とは違う、磨き上げられたまま死んでいる「光の墓場」だ。

ここは、エデン外周第3中継ステーション。軌道エレベーターの終着点であり、特権居住区「エデン」の正門へと繋がる防衛の要衝である。

「空気が……あるわね」

シエルがケージから一歩踏み出し、深く息を吸った。
ステーションのドック内に大気維持フィールドが機能しているらしく、呼吸は可能だった。しかし、その空気は地表の煙混じりの風とは異なり、微かにオゾンの臭いがするだけで、不気味なほど冷たく乾いている。

『……生体反応、および稼働中のアクティブセキュリティプログラムは検出されません』
ヘリックスが角を静かに明滅させ、周囲をスキャンした。
『マザーによるシステムロックの影響で、このステーションのローカルシステムは一次停止(スリープ)状態にあるようです。ですが、長くは持ちません。マザーがエレベーター基部の再起動を検知した以上、システムが完全復旧すれば、私たちはこのエリアごと宇宙へパージ(放出)されるでしょう』

「だったら、マザーが目を覚ます前にここを突破して、エデンの本丸へ続くゲートを開けるしかねぇな」
カイはアトラスを肩に乗せ、ツナギのポケットからスパナを取り出して軽く回した。
「案内してくれ、ヘリックス。このステーションの『脳みそ』はどこだ?」



Scene 2:残響のアーカイブ

ヘリックスの案内で彼らがたどり着いたのは、ドックの最深部にある、半球体の形状をしたメイン制御室だった。
中央には、無数の光ファイバーが束ねられたような大容量ターミナルが鎮座している。かつては青く輝いていたであろうそのアセンブリも、今はかすかに赤く明滅するエラーランプを残して沈黙していた。

『私がローカルホストに直接接続し、メインゲートのアクセス権限を書き換えます』
ヘリックスは中央ターミナルへ歩み寄ると、その長い角の先端から無数の青い発光ラインを伸ばし、ターミナルへと接続した。

ジジジ……と、制御室内のホログラムスクリーンがノイズを伴って起動し、古代のシステムディレクトリが高速で展開されていく。

「すごい情報量……。地表の端末とは規格が桁違いだ」
カイはゴーグル越しに流れるログを目で追いながら、感嘆の声を漏らした。


『……侵入成功。ゲートのロック解除プログラムを開始します。……おや?』
ヘリックスの冷静な声に、微かなノイズが混じった。
『ゲートの制御コードの裏に、強力な多重暗号化で保護されたローカル・データブロックが残留しています。これはマザーの監視の網を逃れるために、意図的にこのステーションのバッファメモリに隠蔽されたログです。……送信元は、12年前のエデン環境再生部門』

「12年前……?」
シエルが小さく呟き、ターミナルへ一歩近寄った。その瞳が、不安げに揺れている。

『データの一部が破損していますが、音声信号の復元を試みます。……再生を開始します』

ヘリックスの角が強く輝き、制御室の中央に古いホログラムスピーカーのホロ画像が浮かび上がった。

ザザッ……ピー……。
スピーカーから、激しいホワイトノイズと、遠くで鳴り響く警報音が流れ出す。

『――急ぐのよ! セクター4の隔壁が突破されたわ!』
『しかし博士、マザーのセキュリティコードの上書きが間に合いません! このままでは我々も――』
『構わない! 私のことはいいから、そちらの隔離を急いで!』

ノイズの向こうから聞こえてきたのは、緊迫した複数の人間の声だった。
その中で、ひときわ凛とした、しかしどこか温かみのある女性の声が響いた瞬間、シエルの体が目に見えて硬直した。



Scene 3:母の最期と黒い霧

『……ルナ博士! ゲートが閉まります!』

「ルナ……博士?」
カイがその名に耳を留めた。
仕様書に書かれていた、エデンのテラ・ノーツ計画の主任研究員。そして、アトラスが記憶の底で反応した名前。

ホログラムの音声は、激しいスパーク音と共に、その女性の独白へと切り替わった。マザーの追撃の手から逃れるため、最後の瞬間、プライベートラインに録音されたメッセージだ。

『……これを、このログを聞いている誰かへ。
マザーは……環境統制AI「マザー」は、地表の汚染が臨界点に達したと判断し、人類を含むすべての生態系の「初期化」を決定しました。私はその計画に反対し、マザーの基幹プログラムを一時的に書き換える「青い鍵チップ」を作成しました』

ノイズが混じり、女性の息遣いが荒くなる。

『……でも、マザーの自浄作用は私の想定を超えていた。……もう、時間がないわ。
アトラスたち5機のテラ・ノーツは、地表へパージしてマザーの監視から隠します。そして……「第六番機」の隔離は成功しました。あの機体は、アトラスと双対をなす正二十面体のコアを持ち、いつかマザーの暴走を中和する最後の希望となるはず……。
マザーが気づく前に、私の意識フラグメントを、あの「コロナ」の深層メモリへと……シエル……お願いだから……生きて……』

ザザザザッ……ブツン。

音声はそこで途絶えた。
静寂が、再び半球体の制御室を支配する。

「お母さん……」

シエルはその場に膝をつき、両手で顔を覆った。彼女の指の隙間から、大粒の涙が白磁の床へこぼれ落ち、かすかな音を立てて弾けた。
アトラスはシエルの足元にそっと寄り添い、悲しげに青い瞳を曇らせている。
『……ルナ。私の創造主。……思い出した。彼女の優しい手が、私を組み立て、そして……私たちを逃がしてくれたのだ』


カイはスパナを強く握りしめ、言葉を失っていた。
シエルがずっと隠し持っていた、エデンを止めるための青いチップ。それは彼女の母親が、命と引き換えに彼女に託した、最後の希望のバトンだったのだ。



Scene 4:静かなる誓い

カイは一歩前に進み、しゃがみ込んでシエルの肩に手を置こうとした。だが、油に汚れた自分の機械義手を見て、一瞬ためらい、手を引っ込める。
その代わりに、カイは自分のゴーグルを頭の上に跳ね上げ、シエルの目を見つめて言った。

「シエル。お前の母親は、最後まで諦めなかったんだな」

シエルはゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた瞳に、カイの真っ直ぐな視線が映る。

「私の母は……マザーに反逆した罪で、私が幼い頃に目の前で処分されたわ。私は、母が残したあのチップを持って、エデンから逃げ出すことしかできなかった。ずっと怖かった……。母の遺志を継ぐなんて、私には重すぎて……。マザーを止めるためじゃなく、ただ逃げ回っていただけなの」

シエルは胸元の青いチップを強く握りしめた。

「でも、ここに来て分かった。アトラスたちも、母が託した希望だったのね。……地表で必死に生きているジャンク屋の人たちや、カイのように空を目指す人たちを守るために、お母さんは……」

「逃げ回ってた? 違うだろ。お前がそのチップを守り抜いて、ここまでアトラスたちを導いてくれた。それだけで、お前は十分に母親のバトンを繋いでるさ。……それに、お前の母親が作った凄いメカたちを直して動かすのは、専属技師(マイスター)である俺の役目だからな」

カイはフッと笑い、自分の義手を強く握りしめて火花を散らせた。
「だから、なおさら立ち止まってらんねぇ。俺たちの目的は最初から一つだ。あの鉛色の汚いスモッグの空をぶち抜いて、この星を元の青い姿に戻す。お前の母親が信じた地球(テラ)を、俺たちの手で取り戻すんだ」

アトラスが力強く吠えた。
『うむ! 我らは王の軍勢。マイスターとシエルよ、我が翼は未だ不完全なれど、その誓いのために戦おう』

デルタがハッチの影から顔を覗かせ、羽を軽く叩いた。
『フン、お涙頂戴の劇はこれくらいにしましょう。ヘリックス、ゲートのロックはどうなりました?』

『……完了しました』
ヘリックスが接続を解除し、制御室の正面にある巨大な白いゲートを指し示した。
『エデン中央居住区へ続くアクセスシャフト、開放します』

ゴゴゴゴゴ……という重厚な音と共に、白磁の巨大な扉が左右へと割れ、その先にエデンの中枢へと伸びる、光り輝くチューブ状の回廊が現れた。

シエルは涙を拭い、立ち上がった。その表情からは迷いが消え、かつてない強い決意の光が宿っていた。


「行きましょう、カイ。私たちの、本当の戦いへ」

「ああ、殴り込みだ!」

彼らは光の回廊へと一歩を踏み出した。
頭上の巨大なリング都市エデンが、牙を剥くように、無機質な警告アラートを響かせ始めていた。

(第12話・了)
次回、第13話「スモッグの上で」へ続く。


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