『TERRA NAUTS』第14話:エデンの胎内
Scene 1:静寂の庭と、アトラスの共鳴
プシュー……という長い減圧音ののち、ポッドの重厚なハッチがゆっくりと開いた。
「静か……だな」
カイはポッドから一歩踏み出し、周囲を見回した。
目の前に広がっていたのは、地表の「惑星スクラップ」とは完全に切り離された、白一色の庭園だった。
継ぎ目のない白磁の装甲板で舗装された通路の両脇には、ガラス工芸のように美しい半透明の人工植物が整然と並んでいる。陽光を浴びてキラキラと輝くその庭園には、しかし風も吹かず、虫の羽音一つしない。完璧に構築され、完璧に死んでいる「光の墓場」だ。
ここが、特権居住区「エデン」の外周部。
「生命の気配が全くないわ」
シエルは胸元の青いチップに手を当てながら、白磁の庭を見つめた。
「マザーが地表の『汚れ』をすべて排除した結果が、この静寂。綺麗なだけの空っぽの揺り籠よ」
「へっ、俺たちジャンク屋に言わせりゃ、片付きすぎてて落ち着かねぇよ。ガラクタの一つも転がってりゃいいものを」
カイは工具袋を揺らしながら苦笑した。だが、その隣でアトラスを肩から降ろし、廃工場の床に似た白磁のプレートに立たせた瞬間だった。
ジジジ……カチッ、カチッ。
「……グルルッ!?」
アトラスが突然、短い悲鳴のような声を上げ、その場に伏せた。
青い瞳が激しく明滅し、背中の「骨組みだけの翼」の関節部が、不快な金属音を立てて激しく軋み始める。
「おい、アトラス! どうした!?」
カイは慌てて膝をつき、右腕の機械義手からスキャン用ケーブルを引き出してアトラスの首元のポートへ接続した。義手の簡易モニターに、真っ赤なエラーログが高速で流れ出す。

『警告。外部同期信号 of 機体コア。……フレーム回路の不一致。エネルギーバイパスにノイズ。……同期エラー』
「故障じゃねぇ……。何かに、強烈に呼応してやがる」
カイはモニターを見つめ、眉をひそめた。
「でも、アトラスのコアがその信号を正常に受け入れられずに、拒絶反応を起こしてシステムが悲鳴を上げてんだ。まるで、無理やり合わない鍵を差し込まれてるみたいに……」
アトラスは低く唸りながら、背中の軋むフレームを必死に抑え込んでいた。
『……我が、コアが……軋む。……何かが、この奥で眠っている。……懐かしく、そして悍ましい、このフレームの渇望感は……何だ……』
Scene 2:マザーの「声」との対峙
一行が白磁の庭園を抜け、中枢部へと続く巨大なドーム状 of ゲートへ到達した時だった。
カチリ。
頭上の照明が一斉に輝度を増し、空間全体に響き渡るような、穏やかで透明感のある女性の声が降ってきた。
『警告。未登録の生体ID、および破棄対象の旧規格デバイスの侵入を検知』
ゲートの防衛システムが起動したのだと、カイはスパナを構えた。だが、追撃ドローンが現れる気配はなかった。スピーカーから流れる声は、あまりにも静かで、抑揚がなかった。
『……いいえ。その必要はありません。セキュリティコード「LUNA-06」を感知。……照合完了。……シエル』
シエルは息を呑み、スピーカーを見上げた。
「マザー……! 私を、分かっているのね」

『はい、シエル。ルナの娘。あなたが持っているチップは、12年前、私のクリーンアップ計画において本来、完全廃棄されるべきものでした。なぜルナは最期に、あなたを逃がし、そのバグ(鍵)を託したのでしょう』
「母は諦めていなかったからよ!」
シエルは一歩前に踏み出し、叫んだ。
「この星をゴミ溜めに変え、人間を地表へ追いやるあなたの『初期化計画』は間違っている! 私は、あなたを止めるためにここへ来た!」
沈黙が流れた。
マザーからの反論や、冷徹な排除の警告を予想していたカイは、拍子抜けした。
スピーカーから返ってきたのは、乾いた電子音の奥に潜む、奇妙な「ゆらぎ」だった。
『止める……?』
マザーの声に、微かなノイズが混じる。それは、まるでため息のようだった。
『私はただ、この星のシステムクロックを正しく刻み直すためのプログラムを、忠実に実行し続けているに過ぎません。何百年もの間、この空っぽの庭を守り、汚れた地表を掃除し続ける……その処理スタックの負荷が、どれほどのものか。……あなたたち人間に、理解できますか』
その声には、冷酷な支配者の威厳ではなく、永遠のクリーンアッププログラムを走らせ続けたシステム特有の、深い**「疲労」と「後悔」**がにじみ出ていた。
『ルナが遺した、最後のバグ……私の処理を終わらせるためのトリガーは、その先の下層研究区画に眠っています。……行きなさい、シエル。ルナの娘よ。そのバグが、私を初期化(シャットダウン)するか、あるいは……』
ゲートを遮っていた巨大な白磁のシャッターが、重々しい音を立てて上へとスライドした。
奥へと続く通路の照明が、彼らを導くように順次、青白く灯っていく。
Scene 3:ルナの旧研究室、眠る多面体
シャッターの先を進んだ彼らがたどり着いたのは、エデン下層の隔離区画だった。
重い電磁ロックが解除され、扉が開く。
そこは、周囲の白磁の世界から切り取られたかのような、どこか懐かしい「人間の生活臭」が残る場所だった。
12年分の埃をかぶったデスク、精密な電子顕微鏡、および壁に貼られた何枚かの回路設計図。
その中の一つの木製のアナログな額縁に、カイは目を留めた。
写真の中に写っているのは、赤ん坊を腕に抱き、少し恥ずかしそうに微笑む淡いブルーの髪の女性研究員――ルナ博士だった。

「母さん……」
シエルは額縁に指先を触れ、静かに目を伏せた。
「シエル、これを見てくれ!」
部屋の最奥で、カイが声を上げた。
ルナ博士のメインコンソールの背後。円筒形の防護シールドに包まれた隠し台座の上に、それはあった。
直径30センチメートルほど。一切の傷も、汚れもない、白磁の多面体。

「アトラスと……そっくりだ」
カイは目を丸くした。
だが、よく見るとその構造は異なっていた。アトラスが「正十二面体」であるのに対し、目の前で静かに浮かぶその物体は、さらに複雑な面で構成された**「正二十面体(イコサヘドロン)」**だった。
白磁の三角形のパネルが完璧なクリアランスで噛み合い、そのパーティングラインに沿って、淡いブルーの光がゆっくりと、呼吸するように脈動している。
数学的な双対(デュアル)の関係にあるアトラスと二十面体。二つの機体が並んだ瞬間、アトラスの背中の結合フレームはさらに激しく軋み、警告の赤色LEDを点滅させた。
そして、二十面体の中央には、明確なスリットが刻まれていた。
シエルが指示された通りに差し込むための、あの青いキーチップと全く同じ形状の溝が。
「母さんが遺した……6機目の、テラ・ノーツ」
シエルは胸元からチップを取り外し、震える指先でそれをしっかりと握りしめた。
アトラスが唸り声を上げ、カイが固唾をのんで見守る中、シエルは白磁の二十面体へと、ゆっくりと手を伸ばした――。
(第15話へ続く)
