『TERRA NAUTS』第10話:天と地の境界線
Scene 1:降下する白い悪魔
「シャッターを閉めろ、ヘリックス! 急げ!」
カイの怒号が、エレベーター基部の冷たい金属壁に反響した。
頭上――遥か天空のスモッグを割り、降り注ぐ無数の白い光。それは流れ星などではない。
マザーが地表を「初期化」するために送り込んできた、エデン直属の無機質な追撃ドローン群――通称「掃除屋(クリーパー)」の群れだ。
その一つひとつが、かつてカイが戦った治安維持ドローンとは比較にならないほどの冷徹な殺意と、高出力の熱線砲を纏っている。
『……了解。緊急閉鎖プロセス、起動』
ヘリックスの角が紺青に明滅し、基部の巨大な半円シャッターが、激しい金属音を立てて閉まり始める。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
だが、追撃はそれよりも早かった。
「キュイィィィーーーン!」と空気を引き裂く駆動音と共に、白い流星の先陣――四本の鋭利な脚部を持つ狙撃型ドローン「シーカー」が三機、閉まりかけるシャッターの隙間に滑り込んできた。
「させねぇよ!」
カイは叫び、右腕の義手を前に突き出した。
「ナット、ファランクス・モード!」
『キュイッ!』
カイの肩にいたフェレット型のナットが、一瞬で複雑なパーツへとポップアップ変形し、カイの右腕と合体して巨大な狙撃銃「ファランクス」へと超変形する。
シエルが強化したナノメタル経路を通じて、義手から莫大な電流がファランクスへ注ぎ込まれる。
ズドォン!!
零距離から放たれた極太の光条が、滑り込んできた一機目のシーカーを正面から貫き、スクラップへと変えた。
しかし、残る二機は素早い跳躍でエレベーター内部の暗闇へと飛び散り、姿を消した。

ゴガァァァン!!
重いシャッターが完全に閉まり、外部からの光と轟音が遮断される。
そこは、数百年分の沈黙と、白いインジケーターの微光だけが支配する、冷たく巨大な「巨人の胃袋」の中だった。
Scene 2:鋼鉄の筒(シャフト)の底で
「はぁ、はぁ……。ひとまず、外の奴らは防げたな……」
カイはファランクスをナットへと戻し、熱を持った義手をぷしゅーと冷却しながら息を吐いた。
暗闇の中、アトラスの瞳の金色、ボルダーの緑、デルタの青、そしてヘリックスの紺青の発光ラインだけが、彼らの周囲をぼんやりと照らし出している。
「……シエル、大丈夫か?」
「ええ……なんとか。でも、安心している暇はないわ」
シエルは陶器のように白い手を胸元のチップに当て、顔を曇らせた。
「マザーが、このエレベーターの起動システムに外部からハッキングを仕掛けている。このままだと、エレベーターケージがロックされ、私たちはこのシャフトの底で完全に閉じ込められてしまう」
『索敵報告。先ほど侵入したシーカー二機、頭上のメンテナンスキャットウォークにて潜伏中。我々の動きを監視し、ハッキング完了時の奇襲を狙っている模様』
ヘリックスが、静かに、しかし冷徹に告げた。
『フン、コソコソと隠れるネズミめ。空の戦いなら、このデルタの領域だ!』
デルタが翼を広げ、青い軌跡を描いて暗闇の天井へと舞い上がった。
『ボルダー、足元はお前に任せたぞ!』
『グォオオッ!』
ボルダーが巨大なシールドを構え、カイとシエルを守るように一歩前に踏み出す。
暗闇の頭上から、シーカーが放つ白い熱線がレーザーサイトのように走り、デルタと交錯する。
激しい光のスパークが散る中、カイはエレベーターの制御盤の前にへばりついていた。
「ハッキングを止めるのはシエルに任せる! 俺は……この化け物(エレベーター)の心臓を、物理的に叩き起こす!」

Scene 3:錆びた昇降機を回せ
「おいおい……こいつは傑作だ」
制御盤のカバーを強引に引き剥がしたカイは、思わず笑みを漏らした。
内部のギアドライブは、積年の錆と、金属疲労によって完全に噛み合わなくなり、巨大なクラッチレバーは中央で折れ曲がっている。
動くべき部分が、すべて死んでいた。
「マザーがデータ上でいくらロックしようが関係ねぇ。動くパーツが噛み合ってなきゃ、そもそも動かないんだよ」
カイの瞳に、ジャンク屋としての、そしてメカニックとしての熱い光が宿る。
彼にとって「動くもの」は、玩具であれ巨大なエレベーターであれ、すべて同じだった。
噛み合わせを正し、適切な力を与えれば、必ず動く。
「アトラス! その折れたレバーの根元に、少しだけブレスをくれ! 熱で溶かして、新しい鉄板を溶接する!」
『うむ! 任せよ、マイスター!』
アトラスが口を開き、極小にコントロールされた「ソニック・ロア」の衝撃波と摩擦熱をレバーの接合部へ吹き付ける。
金属が赤く染まった瞬間、カイはそこへ手頃な鉄屑を押し当て、義手の手のひらで力任せに圧着した。ジュウウ!と激しい白煙が上がる。
「よし! ボルダー、インナーフレームのメインギアに手をかけろ! 錆びた歯車を、お前の力で強引に噛み合わせるんだ!」
『グォ……オオオ!』
ボルダーが制御盤の奥の巨大なドライブギアにその太い指をかけ、全身のパワーを込めて回転させる。
ギギギギギ……メキメキッ!
錆が火花となって飛び散り、数百年の膠着が、ボルダーの圧倒的な怪力によって強引に破壊された。]

バチバチバチッ!!
エレベーター基部の超大型発電機が、悲鳴のような放電音を上げ、眠りから覚めた。
インジケーターの白い光が、一気に青へと染まっていく。
「シエル! ハッキングの上書きはどうだ!?」
「完了したわ! 動力供給プロセス、オールグリーン! ――来るわ!」
ゴォォォォォォォン!!!
床が、激しく縦に震えた。
カイたちが立つ巨大な円形のケージが、鋼鉄のシャフトの内壁を削るような音を立てながら、頭上に向かって急速に上昇を開始した。
Scene 4:アセンション(上昇)
「動いた……! 動いたぞ!」
カイは興奮で叫び、上昇のGに耐えながら手すりをつかんだ。
ケージはガタガタと軋みながらも、速度を上げ、鉛色の闇を突き抜けるように上昇していく。
天井の闇から、デルタに翼で切り裂かれたシーカーの残骸が火花を散らして落下していった。
『ネズミ退治、完了です。……やれやれ、手羽先が少し焦げましたよ』
デルタが澄ました顔で舞い戻り、アトラスの横に降り立つ。
ケージの点検用窓から、外の景色が見えた。
彼らが生まれ育ち、錆びた鉄とスクラップにまみれていた「廃棄区画」の大地が、急速に遠ざかり、小さくなっていく。
「見て、カイ……」
シエルが、窓の外を指さした。
上昇するにつれて、年中彼らの視界を遮っていたあの鉛色の「スモッグ」が、徐々に足元へと沈んでいく。
そして、ケージがスモッグの最も分厚い「境界線」に突入した。
一瞬、視界が完全な灰色に包まれる。
しかし、その霧を突き抜けた瞬間――。
「……うわぁ」
カイは、言葉を失った。
頭上に広がっていたのは、人生で一度も見たことのない、どこまでも透き通った、深い紺青の宇宙空間。
そして、その宇宙の海に点在する、本物の、まばゆい星々の輝きだった。
太陽の光が、剥き出しの宇宙線となって彼らの白い装甲を照らし、眩いばかりのコントラストを描き出す。
足元には、灰色の鉛の雲に覆われた、死にゆく星「地球」。
そして頭上には、彼らを拒絶し、しかし彼らが目指すべき、美しく冷徹な特権居住区「エデン」が、蜘蛛の巣のような白いリングを光らせて浮かんでいた。

『美しき、星の海……。私たちが、かつて護っていた領域です』
ヘリックスが、その角を紺青に静かに光らせながら、宇宙を見上げた。
アトラスはカイの肩に登り、その小さな翼を広げて宇宙の風(気圧ドームの微風)を感じていた。
『カイよ。あれが、我らの往くべき戦場か』
「ああ」
カイはゴーグルを額に押し上げ、星の海を、そしてその先にあるエデンを、真っ直ぐに見据えた。
「鉛の空は抜けた。――ここからが、俺たちの本番だ!」
(第10話・了)
次回、第11話「防衛境界線の狩人」へ続く。
