暗闇さん

夜が見づらいことは当たり前のことだと思っていた。
小学校の一泊二日の林間学校で、キャンプファイヤーからテントまでの道が見えなかった。
前を歩く下級生の服を「やめろ!」と言われても捕まり続けた。
翌日、「こんなに強く引っ張ってたんだぞ!」と言われたが、何も言えなかった。
母親のピアノ教室についていった帰り道、清流の横で車を止めた。
ハザードランプをカチカチと照らした。
最初は静かに、でもあっという間に賑やかになった。
車がホタルに囲まれた。
一匹だけ、車の中に引き入れた。
運動神経は悪くなかった。
でも、バドミントン、卓球、自分の思う能力と結果が一致しなかった。
負けて悔しかった、こんなはずじゃなかった。
夏休みの夜に小学校に集まって天体観測をした。
見えたふりをした。
日本橋の電気屋のテレビで地下鉄サリン事件のニュースを見た日、やぶ医者通りの眼科に行った。
「少しずつ視野が狭くなる、治療法はない、いつか失明するかもしれない。」
やぶ医者じゃなかった。
体育のバスケットボールの試合で敵にボールをパスした。
教師に「目が見えていないのか!?」と言われた。
ビブスを頭に投げた。
顔を赤くしながらつばを飛ばしてキレていた。
教室で床に消しゴムを落とすと、すぐに見つけあれなかった。
視野に入るまでじっと見つめた。
ごまかしながら学校生活を送った。
家から遠い大学がセンター試験の会場だった。
大学から駅までの道が暗く、林間学校の夜を思い出した。
友達のカバンに「掴まらせてほしい」と頼んだ。
今度は引っ張らなかった。
大学で彼女ができたとき、目のことを話した。
涙を流しながら話して同情を誘っている自分を気持ち悪く思った。
他人に話したのはそれが最初だった。
大学からの帰り道、バイト先からの帰り道、ゆっくり歩いた。
「ゆっくり歩く人」として定着した。
それでも、つまずいて、転んで、ぶつかって、怪我をした。
化学の実験の授業でメスフラスコを落として割った。
視野に入っていなかった。
「それは高いんですよ?」と先生に小言を言われた。
先に左目が見えなくなった。
白杖をインターネットで買った。
昨日までは健常者、今日からは障害者。
スーッと体の力が抜けた。
通り過ぎる人に「すみません」の一言が届かない。
叫びたかった。
「俺を助けろ」
「俺を見るな」
障がい者手帳を取得するために病院に行った。
隣の診察室で年配の先生が若い先生を叱っている声が聞こえた。
「あの人は見えている、ちゃんと診察しなさい。」
見えないと嘘をつく人がいることを知った。
病院で同じ病気の人と知り合った。
駅まで点字ブロックに沿って一緒に歩いた。
彼は白杖を使っていなかった。
ぎりぎりのところで踏ん張っている人がいることを知った。
前を歩く人の足に白杖が引っかかった。
転んだ。
おじいさんだった。
駅ですれ違う人と肩がぶつかった。
「イテッ」と言われた。
「お前が前を見ろよ」と叫んだ。
どうなってもいいと思った。
通りすがりの人に諌められた。
自分で地面に白杖を叩きつけて折った。
ゆっくり歩いた。
惨めな気持ちでいっぱいだった。
「自分だけがツライ思いをしていると思ってるんじゃない?」と言われた。
みんな何かしらの困り事を抱えている。
確かにその通りだ。
でも、自分の傷は誰が治療するのか。
何をするにも時間がかかる。
時間だけは平等、本当にそうだろうか。
「すみません」の声が届かないことに慣れた。
痛い思いをしても道に迷ってもやり過ごせるようになった。
障害受容とは、体裁を繕うことに熟達すること。
右目も見えなくなってきた。
コンタクトレンズのサブスクを解約した。
思っている以上にすっきりした。
生まれつき見えない人に同乗された。
見えていたものが見えなくなるのは大変と。
「失礼なことを言っていたらごめんなさい。」
「大丈夫ですよ」のカツアゲに遭った。
光が眩しい。
暗闇のほうがホッとする。

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