23時55分の保冷剤【ショートストーリー】
カランコロン。
重い扉が開くと同時に、くすんだ鐘の音色が響いた。
ここは、金・土・日曜限定でオープンするカフェバー。中学の同級生だったサクちゃんのお店。平日は本業で忙しいため、週末だけ店を開けているのだ。
「詩織、いらっしゃ~い」
いつもの笑顔でサクちゃんが迎えてくれた。今日が日曜日で本当によかった。このまま一人で家に帰るなんて、耐えられなかったから。
◇ ◇ ◇
「だから、あの男はやめときなさいって言ったのよ」
サクちゃんが半ば呆れたような視線で、私を見つめた。
「だって、まさかあたし以外に3人も女がいるなんて思わないじゃない。なんなのよ、アイツ!」
興奮して、つい大きな声が出てしまう。先ほど、サクちゃんが作ってくれたハイボールはすでに空っぽだった。
「アイツさ、今どこに住んでると思う?六本木のタワマンだよ、タワマン。どっかの金持ちの女にうまく取り入ったんでしょ。マジ、もう最悪。キモすぎる」
「ある意味、港区男子ね」
感情にまかせてまくしたてる私に、サクちゃんが冗談ともつかない一言を返してくる。
気持ちが収まらない私は、さらに続けた。
「好きだとか愛してるとか、よく言えたよね。そんなこと、これっぽっちも思ってなかったくせに。口から出まかせの、薄っぺらな港区男子だよ。薄すぎて何の味もしない、このハイボールと一緒」
私は目の前のグラスを手に取った。空っぽのグラスに取り残された氷が、寂しげに光っていた。
「あら、アンタが悪酔いしそうだから、薄めに作ったのバレた?」
悪戯が見つかった子どものような顔で、おどけるサクちゃん。
「一口目からバレバレだわ。男だけじゃなくて、サクちゃんにまで騙されるなんてなー。あーぁ。もう人生詰んだーー」
グラスを再びコースターに戻し、私はカウンターの上に顔を突っ伏した。なんで、こうなっちゃったんだろう。初めてアイツをこの店に連れてきたときから、「笑顔が胡散臭い」って言われてたのに。あのとき、サクちゃんの見る目を信用しなかったから、今頃になってバチが当たったんだろうか。
「だけど、早めに本性がわかって、よかったじゃないの」
「うん」
「そんなクズみたいな男は、金持ちの年上女にくれてやったらいいのよ」
「うん」
「とっとと忘れて、次の恋を探せば?」
「ん・・・」
「なに?どした?」
一瞬の沈黙が流れる。次の一言を記憶の中からすくいあげるように、私は口を開いた。
「アイツ、女がいっぱいいる割に、誕生日や記念日をちゃんと覚えててくれたんだよね」
「うん」
「体調悪いとき、夜中なのにポカリとかゼリーとかいっぱい買って駆けつけてくれてさ」
「うん」
「仕事でミスったときも『大丈夫大丈夫、詩織なら次はうまくやれるよ』って、ずーっと励ましてくれて……」
ハァーッと短いため息をつくと、サクちゃんは私に言った。
「早く泣きなさいよ」
「は?なんで泣かなきゃいけないのよ」
テーブルから顔を上げて、サクちゃんの方に視線を向けた。
「泣いていいって言ってんのよ」
サクちゃんの眼差しは、全てを見透かしているようだった。
「どうしようもないクズ男だけど、好きだったんでしょ?」
バカ!サクちゃんのバカ!そんなふうに言われたら、私は・・・
「う、うわぁぁぁぁーん」
サクちゃんの言葉に、涙腺が崩壊した。そっか、私、泣きたかったのか。
サクちゃんは黙って、私の頭をポンポンと2回撫でてくれた。なんだよ、もぅ。彼氏かよ。
ワーワー泣きながらも、頭の片隅で「他にお客さんがいなくてよかった」と安堵している私がいた。めちゃくちゃ悲しいはずなのに、どこか冷静で。そんな自分がなんだか滑稽で、「生きてる」って感じがした。
ひとしきり泣き叫んだ後、サクちゃんが「ほら」と保冷剤を手渡してきた。
「アンタ、明日仕事でしょ?そのままだと、目が腫れて、えらいことになるわよ。これで冷やしときなさい」
保冷剤の冷たさが体の奥にじわーっと沁み込んで、ぬくもりに変わっていく。
「持つべき者は友。よーくわかったでしょ。これからはアタシのこと、もっと大切にしなさいよ」
サクちゃんがニヤリと笑いながら言った。悔しいけど、その通り。持つべき者は友だ。
ふとスマホの画面に目をやると、23:55という数字が見えた。日曜の夜が、まもなく終わろうとしていた。
(おわり)
《今週の三題噺》
1.タワーマンション
2.保冷剤
3.毎週金・土・日オープン
▼この記事はヤスさんの三題噺企画に沿って書きました。
説明しよう!三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。頭をフル回転させながら、「どうつなげる?」「オチどうする?」という落語的プレッシャーが味わえます。エピソード構成力、語彙力、そして無茶ぶり耐性まで育つ、文章版・筋トレRPG。それが三題噺。やってみなきゃ、もったいない!
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