自己肯定感よりも大切な「自己受容」=「自分を赦す」

2023年の目標・・・というほど、大げさなものではないけれど。

来年はもう少し「自分を赦す」ことをしてみたいなーって。


自己肯定感が低いことを、ずーっと悩んでいました。

自己肯定感を上げたい……上げなきゃ!という気持ちはあるものの、強く思えば思うほど、なかなか変われない自分に、余計につらくなるというか。

たぶん「上げなきゃ!」と思いこんでしまっている部分が、キツイんだと思う。「〜しなければならない」ってのは、生きていくうえでけっこうなストレスになるから。


この、自己肯定感の土台になると言われているのが、「自己受容」

良いところも悪いところも。あるがままの自分を受け入れて、認めてあげるってことね。

自己受容したうえで、自分自身を価値ある存在として、肯定してあげる。それが「自己肯定感」。

自己肯定感のほうが良い部分にフォーカスしているというか。私の中では、ポジティブ万歳!なイメージがあるかな。

対して、良いところばかりに目を向けるのではなく、自分の短所でさえも受け入れるってところが、自己受容。これが自己肯定感との違いなのかな?って、私は考えています。
(専門家ではないので、間違えてたらごめんなさい)


ということは。

自己受容ができていない人間が、自己肯定感を高めることなんて、できるはずがないんだよね。自己肯定感の土台が、自己受容なんだから。

私はまずここから始めなきゃいけなかったんだなーって、いまさらながらに気づいて。

でも、「自分を受け入れる」ってどうすればいいんだろ?自分に自信がない人間にとって、あるがままの自分を受け入れるなんて、超難易度の高い試練。


そんなときに、「自分を赦してあげて」と言われました。

あー、そうか。これか。

「受け入れる」よりも「赦す」のほうが、めちゃくちゃわかりやすい。赦してあげたらいいんだ。

いくら失敗しても、「大丈夫だよ」って赦して、励まして。私が大切な誰かにするみたいに、自分自身にもしてあげたらいいんだ。

そんなふうに考えると、なんだか私も自己受容できる気がしてきました。



話はちょっとそれるんだけど。

クリスマスにサンタさんからギブスと松葉杖をもらった娘の、包帯を巻き直してたのね。

でも、私、不器用だから、こういう作業がすごく苦手で。

「包帯巻くとか、めっちゃヘタなんやけど」って娘に言うと、「知ってる」って返ってきた。

この安心感というのかな?不器用でもヘタクソでも受け入れられてる感覚。
(まぁ、翌日は娘が自分で包帯を巻いていたけども・笑)

できなくても、へっぽこでも、好きでいてくれる存在って、本当にありがたいなーって思った。

これを自分自身にしてあげることができたら、勇気100倍になれる気がするわ。



「自分を赦す」

心の片隅に置きながら、新たな年を迎えたいなと思っています。

ではでは、またー!


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