私たちの存在証明~心臓音のアーカイブ~
私は今、豊島にいる。
瀬戸内海の東側に浮かぶ、小さな島だ。
初めて豊島にやってきたのは3年前。まだ肌寒さの残る3月の終わりごろ。彼と一緒に出かける初めての旅だった。私はずっと喋り、笑っていたような気がする。たぶん、いつもの何倍もテンションが高かった。
豊島は、2010年に瀬戸内国際芸術祭の会場となって以降、「アートの島」として知られている。アートの島といえば、豊島よりもお隣の直島のほうが有名なのだが、当時はまだコロナ禍の残り香が漂っていたため、人が少なそうな豊島に行くことを選んだ。今から思うと、これはまさに運命だったのかもしれない。
あのときと同じように、彼は港の近くでレンタサイクルを借りた。島内の移動は電動自転車が便利なのだ。島時間がゆっくりと流れる中、穏やかな景色を見ながら自転車を漕ぐのが、とても気持ちよかった。


自転車にまたがり、真っ先に向かったのは「心臓音のアーカイブ」
「心臓音のアーカイブ」はクリスチャン・ボルタンスキーが集めた世界中の人々の心臓音を恒久的に保存し、それらの心臓音を聴くことができる小さな美術館です。ボルタンスキーは2021年7月に逝去されましたが、心臓音の収集は現在も続けられています。「心臓音のアーカイブ」では、希望者がメッセージとともに自分の心臓音を登録することができます。


3年前も、私たちはここにやってきた。建物の中に入ると、左手にリスニングルームがある。3つのブースに区切られていて、目の前の端末で検索すると、登録された「心臓音」を聴くことができる。
耳がすっぽり覆われるほどの大きなヘッドホンを着けると、途端に無音の世界が広がった。画面を適当にクリックし、私は見知らぬ誰かの心臓音を聴いた。
ドクドクドクドクドクドク・・・
ドックンドックンドックン・・・
ドクンドクン・・ドクンドクン・・
耳の中で心臓の音だけがこだまする。不思議だった。同じ人間など誰一人として存在しないように、心臓音もそれぞれ異なっていた。早くビートを打つ人、ドックドックと重低音を響かせる人、まるで歌っているような鼓動の人 etc…..
これはまさに命の音だ。
おもしろ半分に、心臓音を録音しようとした自分が恥ずかしくなった。ここはじっと静かに「命」を実感し、「今を生きている」ことに感謝をする場所であった。
命の音は、私たちの存在証明でもあるのだ。
またいつか。
私たちの音を聴きにこよう。
「今を生きている」証を確かめるために。
あの日、彼と私は約束をした。
その「いつか」が今日、ようやくやってきたのだった。
◇ ◇ ◇
トントン。
突然、肩をたたかれてヘッドホンを外す。
「申し訳ありません。そろそろ閉館のお時間です」
スタッフの女性が言葉通りの申し訳なさそうな顔で、そばに立っていた。
どのくらい、音を聴いていたのだろう。周りを見渡すと、館内には僕一人しかいなかった。腕にはめた時計の針は、閉館の時間をもう5分も過ぎている。
「あ、すみません」
咄嗟に僕は謝罪した。
「いえいえ、大丈夫ですよ。ただ、こちらは港から離れておりますので、船の時間に遅れてしまうとお困りになるのではと思いまして……」
「そうですよね。もう出ます。ありがとうございます」
「また、いつでもいらしてくださいね」
温かな笑顔と言葉に見送られ、僕は建物の外へ出た。目の前には海が広がっていた。


ヘッドホンから離れた耳は、いろんな音を拾う。波のざわめき、風が葉を揺らす音、地球が呼吸をしているようだ。これもまた、「今を生きている」証の音。
昨年の夏。
突然、カナの心臓音は「今を生きている」証から、「あの日生きていた」証に変わった。
ドクッドクッドクッドクッ・・・
カナらしいやわらかな鼓動音が、まだ耳の奥に残っている。しかし、この音もすぐに消えてしまうんだろう。僕の耳は、また別の音を拾わなくてはいけない。それが「生きている」ということだから。

うわぁぁぁーーーーーーー!!
僕は海に向かって叫んだ。
この感情をどこへほうり投げたらよいのか、どの言葉に変換してよいのかわからず、ただただ叫んだ。

カナの心臓は、この地では永遠に動いている。
ひょっとしたら、カナはずっとここにいるんじゃないか?今日も僕と一緒に心臓音を聴いていたんじゃないか?そんな気がしてならない。
またいつか。
ここに戻ってこよう。
カナに会いに。
一緒に僕らの音を聴くために。
僕は僕自身と約束をした。
港に向かって、ペダルを漕ぎ始めた。夕方になり、ずいぶんと風が冷たくなっていたが、寒さは感じない。
「またね」
空からカナの声が聞こえたような気がした。
(1892文字)
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