第1話 なぜ“いい人”ほど、自分の人生が分からなくなるのか
最初に言います。
あなたが苦しいのは
性格の問題では
ありません。
優しすぎるからでも
気が弱いからでもない。
ただ
自分の気持ちより先に
周りに反応する生き方を
長く続けすぎただけです。

「いい人だね」
「気が利くよね」
「我慢強いね」
そう言われてきた人ほど
人生の途中で
足が止まります。
なぜなら
ずっと
“ちゃんとする”を
優先してきたから。

職場に向かう朝。
席に着く前から
なんとなく空気を拾う。
足音が早い。
誰かのため息が混じる。
今日は忙しい日だと分かる。
本当は
今日は自分の仕事に
集中したい。
昨日から残っている
作業もあるし
体も正直、少し重い。

でも
そう考えている間に、
もう身体が動いている。
「それ、私やりますよ」
「先に片づけますね」
頼まれたわけじゃない。
指示されたわけでもない。
ただ、
場の空気感が嫌で。

自分の余裕より
職場が回ることが優先。
気づけば
いつも“調整役”の位置にいる。
それを
責任感だと思ってきたし
社会人として
当たり前だとも思ってきた。

でも
こういう小さな場面で
自分を後回しにする回数が
積み重なると
少しずつ
自分の感覚が
分からなくなっていきます。

本当は疲れているのに
どこまでが無理なのか
判断できない。
「どうしたい?」と
聞かれても
言葉が一拍、遅れる。
ある日
ふと立ち止まって
こう思うようになります。
「私、何がしたいんだっけ?」

分からなくなったのは
怠けたからでも
弱いからでもありません。
誰かのために
反応し続けた結果
自分を見る余白が
なくなっただけ。
だから
責めなくていい。

でも
ここで一つだけ
知っておいてほしいことがあります。
ここまで気づいても
多くの人は止まれません。
「次は断ろう」
「もう無理しない」
そう思っても
また同じところで
引き受けてしまう。

それは
意志が弱いから
じゃない。
仕組みで、止まれない。
ここまで読んで
「私のことだ」と思ったなら
もう一つだけ。
止まれない人は
頑張りが足りないんじゃない。
止まれない構造の中に
ずっと居ただけ。

次は
その構造が
どうやって作られ、
なぜ壊れないのかを書きます。
手相の母さん さーや
