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君待ちの星霜 第1話

あらすじ


冴木優太、山村智、高木幸一、吉野佳帆の3人は幼稚園時代から中学卒業まで、ずっと仲が良かった幼馴染。しかし吉野佳帆だけが中学卒業を境に、3人と一切の連絡を断ってしまった。

10数年の時が経ったある日…小学校の同窓会で3人は佳帆と再会し、途絶えていた友情は再開されることに。
年齢的にも結婚の話題を投げかけられる事が増える日々で、恋愛に興味が薄れていた優太の心は日々揺らぐ。
そこに仲間の婚約報告、佳帆の婚活が重なる。

子どもの頃に忘れてきた記憶と、自分でも気づかずに抱えていた想い。
男女の友情と恋愛。男らしさ、女らしさ、結婚の意味。
それぞれの葛藤から、幼馴染4人で繋ぐ答えと、未来とは…。


プロローグ ~25歳~ 


1



『―他に好きな人が出来たの。』

冴木優太、25歳。

恋人の口からこの言葉を聞いたのは、3回め。
いつも自分は、こうやってフラれる。

自分からフッたことはない。
自分から告白したこともない。
片思いしたことはあるけど、玉砕するのが怖いから何もしない。

俺の恋は、相手が自分を好きになって始まり、相手が自分以外を好きになって終わる。

受け身で始まったからって、別に投げやりな付き合いをしたわけじゃない。できる限りその気持ちに応えたいと思ってきたつもりだ。

1人め、2人めの彼女は数ヶ月しか続かなかったけど、3人めの彼女とは
そこそこ長く続いた。お互いの親にも、将来を見据えた紹介をしていた。

なのに、どうして。

「私のことを好きだと言ってくれる人が好き」

”元”恋人になった彼女は、別れ際にそう言った。

『俺、君のことが好きだよ』

彼女は寂しそうに首を振る。

「優太は、”優太を好きな私”が好きだったんでしょ?」

何を当たり前のことを言っているんだろう、と思った。

だって君から告白してきたんじゃないか。
君が俺を好きだということが最初にあって、それで付き合うことになって、それで、一緒にいる時間で俺は君を好きになった。

はじまりの土台に「君が俺を好き」があった。

付き合っていくことで俺も彼女を好きになった。

でも多分、何かが足りなかった。

25歳の夏。

俺は、彼女と別れた。


2


「幸一は彼女とラブラブかぁ」

高木幸一。
幼稚園時代からの腐れ縁の男友達のうちのひとり。
男気があり顔も整っているので、昔っからよくモテる。

俺が彼女と別れる少し前から、幸一は新しい人と付き合い始めた。
タバコをくわえ、少し視線を下げて幸一はつぶやく。

「今回は、多分、今までで1番本気だよ」

モテることもあって、幸一は恋愛経験豊富だった。
でもどれにも特に本気になれず『恋愛は人生の中の単なるゲーム』などと言ってはいろんな女性をつまみ食いし、周りのやっかみを買っていた。

「ふぅん…ついに今回はゲームじゃない恋愛ってわけだ」

智やんがすこし冷めた目で幸一を見ながら言う。
智やんとは、もう一人の腐れ縁、山村智。

小さい頃は「智ちゃん」と呼んでいたはずだが、いつしか「智やん」になっていた。痩せの大食いで、どんなに食べても太らない。
インドアで趣味はマンガかゲーム…と、あまり動かないのにカロリーがどこで消費されているのか謎だ。

幸一はニヤリとしながら返す。

「…今までがクソゲー。
今回は史上最高に面白いゲーム、かな」

智やんは、その言葉を聞いて眉をひそめた。
ゲームを愛するものとしてはちょっと引っかかる表現だったらしい。

「クソゲーにはクソゲーの魅力がありますからね」

智やんは自分の時間や行動が誰かのために制限されることがとにかく嫌らしく、恋愛は絶対にしないと昔から割り切っている。

「ま、俺が時間を費やしたくなるぐらい面白いゲームなら、してみたいと思うけど。何にせよ、恋を楽しめることは純粋に羨ましいよ」

俺はコーラをすすりながら二人のやり取りを無言で見ていた。

「優太は、失恋の傷、少しは癒えた?」

智やんはあからさまにむくれた態度の俺に気づいて声を掛けた。
そういう気遣いが無自覚にさらりと出来るヤツだから、きっと本気で恋愛しようとしたら相手はきっと離れられなくなるだろう。
けど、本人が恋愛を望まないのだから世界はうまくいかないものだ。

「…癒えるもなにも、別に傷ついてない」

「強がるねぇ」

「告白されて付き合って、俺が相手を好きなったとこで向こうが別な誰かを好きになって別な男のとこに行くんだよな…

なんか俺、昔っからそんな恋愛ばっか。
いっつも、ただ振り回されてるだけ。

もう勘弁してほしいよ」

俺はテーブルに突っ伏して、現在、史上最高のゲームを楽しんでいる幸一を上目で見る。幸一は不敵な笑いを浮かべてこちらを見ていた。

「悪いね、ラブラブで」

いい男は、こういう事を言っても全く嫌味がないからすごい。

いや、いい男だからじゃない。
多分幸一だからだ。

そりゃモテるわけだ。俺なんて智やんみたいな気遣いも、幸一みたいな男気もない。二人より良いとこなんて背が高いだけ。
告白される経験があるだけまだいいのかもしれないけど、結局すぐにフラれるというのが自分が見掛け倒しという事を物語っている。

もうめんどくさい。
毎回フラれて終わる恋なら、別にしなくていい。

目の前にあった焼き鳥を頬張り、炭酸の抜けかけたコーラで流し込む。
そして史上最高の恋を楽しんでいる男に、俺は精一杯の強がりを言った。

「幸一は史上最高のゲームのやりこみ頑張ってくださぁい。
ともやん、俺ドラハン始めるから一緒にやろ?」

恋をしようが、恋をするまいが、どんなときもずっと何年も続く腐れ縁の二人と一緒にいる時間が好きだ。

本当は、ここにもう一人。
幼稚園のときから中学までずっと仲が良かった女子がいた。
高校が別々になって自然と途切れてしまったけど。

吉野佳帆。

以前SNSでアカウントを見つけたことがある。
けど、つながろうと思えばこうやって相手を探して繋がれる現代に、ずっと仲良くしてきた3人の誰にも連絡をしないことを考えたら、何となく、そのアカウントにアクションは起こせなかった。

今はどうしているんだろう…と、ふとしたときに思い出す。


あまり女っぽくしたがらず、いつも男のような格好をしていた。
一緒にいる時間が心地いい子だった。

はなまる幼稚園、さくら組で出会った4人。

4人はいつも一緒だった。

…中学を卒業するまでは。

26歳


3


失恋した日から約1年がたった。
何となく一人暮らしの智やんの家に集まっていた、ある日。

「な、小学校のクラス会やろうぜ」

突然幸一がそんな事を言いだした。

のんびりマンガを読んでいた智やんが訝しげに顔を上げる。

「どうしたんだよ、突然」

「いいからやろーぜ?
智やんなら要領いいから、ちゃちゃっとやれるだろ?」

小学校のとき、俺は1組で、智やんと幸一と佳帆は2組だった。
俺たちは幼稚園を卒園してもずっと仲が良かったけど、何故かいつでも俺だけが必ず別のクラス。
あまりに毎回なので先生方の陰謀すら疑った。

「…ちょっと待って、クラス会?」

幸一はニッコリと微笑んだ。多分確信犯だ。

「そう、2組だけで」

「何で1組だった俺の前でわざわざそんな企画立てんの」

それも全部織り込み済みという顔で、智やんはスマホから目を動かさずサラリと言った。

「大丈夫だよ優太。学年で企画する。
まとまったら、アイズブックの同期グループに企画投げとく。

盆休みになると家族持ちになったヤツは合わせるの大変そうだな…
ま、来れるやつだけ来ればいいか。
一応盆は外して…月末の土曜…優太休み?

時間は19時くらいかな。田村ビルの1階にあるイタリアンのビュッフェが広さ的にも予算的にもいいと思うんだけど」

突然思いつきで幸一が言い出した事に対し、意見を求めているようでいてすでに決まっている独り言をブツブツ言いながら智やんはひとりですべてのことを決めていく。

…なんて仕事の出来る男…。
さすが多数の推薦を受けて中学時代に生徒会長をやっていただけある。

智やんが生徒会長をやっていた1年の学校行事のやりやすさと言ったらなかった。効率化、簡略化、それのマニュアル化。
全く無駄がなかったらしい。
あまりの完璧さに先生方も驚いていたものだ。

そんな飄々とやることをこなしていく智やんに憧れて、俺にラブレターを託す女子もいた。

が、智やんは差出人を誰ひとりとして確認することもなく「捨てといて」と切り捨てた。第三者の俺が捨てるなんて出来るはずもなく、胸ポケットに無理やり何通もラブレターをねじ込んだものだ。

異性からそれだけ言い寄られて全く気にも留めない男というのも珍しいんじゃないだろうか。
その時期俺は一切女子に言い寄られることなんてなかったので、一通ぐらい『冴木君』宛の手紙が紛れ込んでいることを期待して受け取ったラブレターの宛先をみみっちく確認したりしていたというのに。

幸一は幸一で言い寄ってくる女子全てに対し「少し付き合ってみて、いいと思ったやつとちゃんと付き合う」などとのたまい、ラブレターは全て受領し、毎日違う女子と下校したりしていた。
真面目なんだか真面目じゃないんだかわからない。

中学時代、モテるやつ二人に地味な俺は挟まっていた。

モテる男に挟まっていたといえば、4人のうちのあと1人、佳帆。
相変わらず中学も1人クラスの違った俺はどんな空気だったかわからないけど、幸一と智やんと仲良が良かったために男に色目を使っているとか言われたりしていたらしい。

朝、登校したとき靴箱の前で立ちすくんでいたから声をかけたら、靴の中に画鋲が詰まっていて絶句した。
俺が声をかけると、佳帆は一瞬びくっと身体を縮めてから笑った。

「中学入ってから…結構あるんだ」
「気にしてないし、大丈夫だよ。
二人には秘密ね」

本人は笑っていたけど、笑えることじゃないことはわかった。
気にしてないはずなかった。

悪意をつめこまれた靴。
大丈夫なはずがなかった。

でも…誰がやったかもわからないのに、どう動いていいのかもわからなかった。

少しずつやることがエスカレートし、幸一が気づいてブチ切れて、それ以降、いじめは収まったという話は聞いている。

収まったとは言え、その頃から佳帆は俺たちに対してよそよそしくなっていったように思う。

そして俺たちと同じ高校に行くことを避けるかのように、佳帆は中学校から遠い地方の高校を進学先に選んだ。

…そのまま、関係は途切れた。


4


同窓会の企画がアイズブックに投げられた2週間後。

「案外突然声かけても集まるもんだなぁ」

参加者名簿を智やんのスマホで見ながら幸一が言う。
後ろからその一覧を覗き込む。懐かしい名前が並んでいる。

ふと、目が止まった。

”吉野 佳帆”

「佳帆じゃん!!!!!」

反射的に大きな声が出た。
…幸一の耳元で。
耳を押さえながら幸一が振り返る。やばい。

「みみもとでくそデッケぇ声出すんじゃねぇよ…!」

幸一の両手が俺の両頬をひねり上げた。
昔から幸一を怒らせると、この「ほっぺひねり」の刑が定番だった。
本当に耳が痛かったのだろう。
親指が本気でほほに食い込んだ。涙が出る。

「ご、ごめんなふぁい…」

俺と幸一のやり取りを見つつ、平静を保ったまま食べ物を頬張った智やんがつぶやく。

「佳帆、中学卒業してから全然会ってないよな。
会えるなら楽しみだな」

その言葉に俺も思わず涙目のまま笑顔になる。

「そうだね、楽しみ」

「優太は佳帆と離れるの嫌で卒業式で泣いたもんなぁ」

…!?

幸一が思わぬ爆弾を落としてきて、俺は固まってしまった。

「泣いたのはそんな理由じゃないよ、卒業式ってさ、なんか、こう…泣けるもんだろ」

俺はそういったけど、幸一は含み笑いをして

「そっか、そっか」と言うだけだった。

7月31日。
同窓会で、10数年ぶりに佳帆に会える。


同窓会


5


同窓会会場はなかなかの賑わいだった。
智やんは何事もなかったように一人で幹事を切り回していた。
何をやらせてもいつも冷静、正確、完璧。
俺は正直、智やんの中身が機械なんじゃないかと疑っている。

会場を見回しても佳帆の姿は見えなかった。
卒業して10年以上経つと誰もかれもが変わっている。

特に女子は変わり方がすごい。
実は変わりすぎてわからないだけで、佳帆も、会場にいるのだろうか。

同級生が声をかけてくる。
懐かしい話に花が咲く傍ら、視線は会場をキョロキョロとさまよっていた。

開始時間から30分が過ぎた。

受付をやっていた智やんが来て言う。

「佳帆、来てねぇわ」

やっぱり、来ていないのか。
変わりすぎてわからないわけではなかった事に、少しホッとした。
一応、小さな頃ずっと一緒にいたんだから多少変わっていてもひと目でわかる自信はあったのだ。

「あいつのことだから、どっかで迷子にでもなってんじゃね」

後ろから幸一がにゅっと顔を出す。

会場の外も見てみるか、という智やんの言葉に3人で外に出た。
通りは人も多く、雑踏の中から10数年会っていない相手を探すのは難しそうだった。少し見渡して、無理そうだと判断すると3人でビルにまた戻った。

「久々に会えると思ったけど…急用でも出来たのかな」

俺がそうつぶやいたのとほぼ同時に智やんが言った。

「…なぁ、あれ」

指差す先に、うつむいた女性が会場から引き返してくる。

こちらに気づくと、女性は立ち止まった。

「…佳帆?」

当時、ショートカットで、遊ぶ時は基本ジャージ。
一緒に遊んでいるときは仲良し4人組の”おとこのこ”と言われた佳帆。

そんな、男なのか女なのかもわからなかった佳帆が、今日は長い髪にワンピースでヒールの靴をはいて、うっすら化粧までしていた。

「嘘だろ…女になってるじゃん」

「…変わるもんだな…」

「でも、佳帆だ!久しぶり!」

3人に笑いがこぼれる。

それに反して、佳帆はずっと固まっていた。

そして、ただ

「ひさしぶり…」

とだけ、小さくつぶやいた。


6


佳帆は明らかに帰ろうとしていた。

「久しぶりに会えたと思ったけど…
佳帆、オマエ帰ろうとしてねえか?」

幸一はまるでいちゃもんを付ける不良のように、首を傾げて佳帆の顔を下から睨み上げた。佳帆が怯んで、そこから一歩身を引く。

「わたし、あんまり友達いなかったこと忘れてたんだよね…
なんか、小学生の頃は楽しかったなーって、ただそれだけで来てみたんだけど、いざ来てみたら全然話したい人いなくて…

そりゃそうだよねって言うか…。

何度か入ろうと思ったんだけど、中に入ろうとしても入れなくて…
受付にも行けなくて、でもせっかく来たしってぐるぐる迷って。

でも、やっぱし…無理そうだから帰ろっかなって…へへ」

笑っているけど、視線は泳いでいる。

ヘラヘラ喋る佳帆を見て思いが交錯した。
多分それは俺だけじゃない。
男3人、返す言葉に詰まった。

数秒の沈黙の後、智やんが口を開いた。

「…小学校から上がって、色々…あったもんな。
正直、参加者リストに名前があっただけで驚いた。
元気そうだな。会えただけでも良かったよ」

”色々あった”

ひとり別なクラスだった俺はそれをほとんど見ていない。
幸一がブチ切れるきっかけになった何かが起こった時、どんな空気だったかを、俺は知らない。

入り口に立った瞬間、その日の事を、思い出したのだろうか。

俺が何か言おうとした瞬間、佳帆は慌てて言った。

「あ!中学であったことは関係ないよ!?
10年以上まえだよ!?忘れてたし」

笑う佳帆の頬を、険しい顔をした幸一がつかむ。

…いや、まさか。

「嘘、つくな。

痛みってのは…
与えた方は忘れても、与えられた方は忘れられないもんだろうが」

まさか、の、”ほっぺひねり”だった。

「いたい、いひゃい、いひゃい~っ!!」

「嘘をつくやつには、お仕置きです。
あ、俺はね、与えた痛みも忘れてないから。大丈夫」

「なにがふぁいひょーぶなのぉ!!」

頬をひねり上げられながら佳帆が抵抗する。

中学時代の佳帆のほっぺをひねるのと同じノリで、大人の女性になった佳帆の頬をひねるとは思わなかった。

「はいはいはいはーい、レフェリーストップ」

思わず呆然としてしまった俺と違って、智やんは素早く幸一を制した。
頬をさする佳帆の頬に涙が流れる。

その涙が、どちらの痛みによるものなのか、俺にはわからなかった。

さりげなくポケットティッシュを差し出して智やんが言う。

「うん…佳帆、今日は無理すんな。

でも、せっかくまた会えたんだしさ。
別な日に4人で飲も?」

智やんがスマートすぎて俺も涙が出そう。
俺もこんな気の利く男になりたい…。

「賛成賛成!!佳帆、連絡先交換しよう!
連絡するから!飲みに行こ!
俺、酒飲めないけど!」

智やんのようなスマートさは欠片もなく、俺は早口で佳帆をまくし立てた。それを見た佳帆は、子どもみたいにヘラっと笑って「いいよ」と言った。

連絡先を交換して、数週間後飲みに行く約束をして佳帆は家に帰った。

自分のスマホの連絡先の中に、新しく佳帆の名前が並んだ。
それを見ていたら、自然に口角が上がってしまった。

再会


7


「久しぶりの再会に乾杯!」

同窓会の日から数週間たった土曜日。
俺たちは小さな個人経営の居酒屋に集まっていた。

久しぶりに会った佳帆は、見た目が女らしくなった以外、話す時の空気とか、表情とか。中学の頃から全然変わっていなかった。

計算してみたら13年ぶりなわけだけど…
全然そんな長いこと会ってなかった感覚はなくて、まるで数週間ぶりに会ったみたいに会話がはずんだ。

「えー?三角公園、まだあるの!?」

俺たちが小学生のころ「いつもの場所」と呼んでいた団地の中の小さな公園。敷地が三角形だから「三角公園」。
まだ残っていると聞いて佳帆は驚いた。当時からボロい公園だったから、もう無くなってると思っていたらしい。

「遊具はいくつか撤去されたけどな」

「いっつも待ち合わせはブランコだったっけなぁ」

学校が終わったら、家にランドセルを置いて、公園のブランコをぼんやりと揺らして待つ。
約束しなくても、そうしていれば誰かが来た。

俺はいつも学校から走って帰って、ランドセルを放り投げたらすぐに公園に向かっていた。

みんな大急ぎで来るわけじゃなかったから、大抵俺が長いこと一人で待っていた。どうせ待つなら急いで行く必要もなかったのに、何であの頃の俺はあんなに焦って公園に向かっていたんだっけ。

「はー…楽しいな」

ふと、会話の谷間で佳帆がぽつりとつぶやいた。

「私さぁ。今、婚活してるんだよね」

その一言で、男3人は一斉に佳帆を見た。
佳帆は手持ち無沙汰に、ジョッキの表面に付いた結露を親指でなでながら言った。

「この年にもなるとさぁ…周りはどんどん結婚していくじゃん…
子どもいる友だちもいるし…
親は親で、いい相手いないのかってうるさいし…

でもさぁ。合コンとか行っても、何か余計なことばっか考えちゃうんだよ。

印象良くしなきゃとか、付き合いたいと思えるような会話しなきゃとか。
変に力んで、何話していいかわかんなくて。

だから楽しくなくて、会話も出来なくて。
焦って変なこと言って場の空気凍りつかせちゃったりして。

本当は婚活なんてしたくないんだよ、疲れるし!
私自身別に結婚したいわけでもないし!

でも何もしないでいたら、ただ年食ってくし。
売れ残って一人ぼっちになるのも嫌だしさぁ………

付き合うとか、結婚とか考えるようになったら、すっかり男の人と話すのが怖くなっちゃって。

でも、今日はね、みんな男なのに、私、全然嫌だと思わないし楽しい!

それって、無理しなくていいからなんだ!!

相手が男の人だから話すのが怖かったわけじゃなかったんだよ…

私さぁああ……今までずっと…

無理…してたんだ……」


ちょっと目が座ってるなとは思っていた。
相当飲んでるな…とも、思っていた。

すごい勢いでまくし立てて一気に言いたいことを言ったと思ったら、幸せそうな顔で佳帆はどろんとテーブルに突っ伏した。

「…おい、寝てんぞ」

幸一は、くわえていたタバコをふぅっとふかして、タバコを灰皿に押し付けた。

「何か…最後、すげぇ勢いで喋ったな…」

面白い生き物を観察するかのように、智やんは佳帆を眺めている。
確かにすごかった。言葉を挟むスキもなかった。
寝てしまった佳帆がかかえたジョッキを、こぼさないようよけて俺が言う。

「どうすんの、コレ…
佳帆の家なんて知らないし、置いてくわけにもいかないし」

「中学の時住んでたとこからは実家も引っ越してるし…
今、一人暮らしって言ってたけど家なんて知らんしなぁ」

参ったなぁ、という顔をしながら頭をがしがし掻いて、智やんが言う。

「実家ぐらしのお前らが酔いつぶれた女連れて帰ったら、大騒ぎになるだろ…。ったく。何年経っても、手が焼ける子だね…

はーーー…
とりあえず俺んち連れてこうぜ。

ただ、目を覚ましたときに、変な誤解受けても嫌だからさ。
連帯責任。お前らも来てくれよ。

あと、俺非力なんで。佳帆運ぶのは優太に任す」

「な、なんで俺!?」

「オマエが1番でっかいからだよ」

「身体鍛えてるんだから、幸一だっていいだろ」

「いやいや優太、オマエは介護やってるしさ。
足腰立たなくなった人を運ぶのも、ほら、仕事にきっと活きるっていうか」

幸一と智やんは何やかんや言って、俺に佳帆を背負う役を任命した。

会計を済ませて、いざ背負ってみたら、思ったより軽くてびっくりした。

子どもの頃は佳帆のほうが大きかったのになぁ。

長い髪からふわりと香るシャンプーの匂いと、背中に当たる少し柔らかい感触に少しだけドキッとした。

変わってないって思ったけど、やっぱり…
中学生とは、違うよな。


8


「悪いな、優太。家に着いたらコーラあるから飲んでいいよ」

「別に…佳帆案外軽いから平気だよ。
コーラはさっきたくさん飲んだ」

智やんの住むマンションが見えて、おんぶもあと5分程度で終わるかなと思ったそのとき。背中で佳帆が何か小さな声で呟いた。

「ん?佳帆、何か言った?」

振り向こうとしたそのとき、もう少し大きな声で佳帆は言う。

「…きもちわるい…」

その単語を俺が認識する前に、佳帆は俺の背中で吐いた。

何が起こったのかすぐにわからなかった。
着ていたパーカーの布地と背中の間に生暖かいものが流れていく。

「ひいいいいいいいっ」

生まれて初めての感触だった。
普段出したことのないような声が思わず出る。
幸一と智やんは、途方に暮れて立ちすくむ俺を、とても汚いものを見る目で見ていた。

…ひどい。

智やんの家は、昔から俺たちのたまり場だった。
何かあったら何となくふらっと集まって、なんてことない話をして、また日常に戻る。

ゲームや話が盛り上がって泊まりになることもあったので、当たり前のように俺と幸一の布団は常備されていた。

シャワーを借りるのもよくあることだったが、ゲロを流すためにかりたのは流石に初めてだ。
さっぱりしたはいいけど、自分の服は洗ってしまったし、小柄な智やんの服は俺じゃ着れない。乾燥機があるから明日には乾くだろうけど、今夜はパンツ一丁で過ごすことになりそうだ。

「やれやれ…。夏で良かったよな」

そんな事をぼやきながら部屋に戻ると、上半身裸の幸一が酔いつぶれた佳帆の前に立っていた。

いや、確かに佳帆はすごく女らしくなったけども!
酔った勢いでそういうのはダメっていうか…

なんで智やんも止めないんだよ!!

「ここここここ幸一!!!
ダメだ、流石にそれはダメだよ!!!!」

近くにかけよって幸一の肩をつかむと、佳帆が幸一のTシャツを着ている。

…あれ?

「こいつの服ゲロまみれだったから、どうやって脱がすか智やんと話してたんだけどさ…
一瞬意識取り戻して、自分で服脱ぎ散らかし始めたから…

慌てて俺のシャツを貸してあげたんですけどー…

それの、ど、こ、が、ダメなんでしょうかね…?」

引きつった笑顔で俺の両頬を幸一がつかむ。
あぁ。これは。ひねられるやつだ。

「ご、ごめん、早とちりしまひた…」

謝る言葉を受け入れることなく、幸一はここ一番の力で俺の頬をひねり上げた。

今日は厄日かもしれない。

佳帆は智やんがいつも寝ているソファベッドに寝かした。
そして男3人で布団に入る。

幸一は佳帆にシャツを貸したので、上半身裸の男が二人。
せめて、なんとなく、服を着ている智やんを挟んで寝ることにした。
小柄な智やんは、大柄で、かつ裸の男に挟まれて寝ることをとても嫌がったけど、そこは我慢していただいた。

朝、起きたら3人で佳帆を説教しよう。
そんな会話と共に、部屋の明かりは消えた。


再開


9


「…ごめんなさい…おぼえてないです…」


説教計画は塵と消えた。

自分の失態が一切記憶にないことを反省して佳帆は泣き出したのだ。

泣き出した相手をさらに詰めるほど、大人げない奴はここにはいない。

「気にしなくていいよ、過ぎてしまえばネタみたいなもん」

俺は笑って声をかけたけど、佳帆はどんより沈んでいた。

「何でこう、私ってやつは…」

沈んでいる佳帆をニヤニヤ眺めながら幸一が言う。

「いや、何か安心したよ。
見た目がだいぶ変わってたからさ。
なんつーか、中身も変わっちゃってんのかなと思ったけど、全然変わってないし」

「変わってない…か…

いや、変わったよ…私。
なんか、ズルズル流されてさぁ…
自分を見失っちゃってるっていうか…」

体育座りでぼやく佳帆に、智やんがコーヒーを差し出して言う。

「何いってんの。そうやって流されるのも昔からだよ。
いっつも人目気にして、自分の意見言えなかっただろ。
つまり、変わってないってこと。

まぁ…もういい年なんだから、いい加減流されるのはやめて、自分の気持ち大事にしたほうがいいと思うけど?」

カップの中に映る自分の顔を見つめて、うう、と小さく佳帆は声を漏らした。

10


4人で話していると子どもの頃に戻ったみたいだった。

「これからは、また仲良くしようよ」

俺がそう言うと、佳帆はちょっと戸惑った。

「もう私達、大人だし…
こんな歳になって、また、お友達とか無理じゃない?

みんなは男同士だからいいけど…
私は女だし………いでっ」

ごつん。

佳帆が最後まで言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、佳帆の頭に幸一がマグカップを下ろした。
熱いコーヒーがこぼれない程度の勢いで、微妙な気遣いを感じる。

「…狭い世界生きてんなぁ。

男と女が仲良く一緒にいたら、絶対恋に落ちるとか、どちらかがどちらかを性的な目で見るとか…そういうふうに思ってるわけ?」

「え…や、そういう、もんじゃ…」

おどおどと答える佳帆のおでこに幸一のデコピンが炸裂し、佳帆は両肩を耳に寄せて表情を引きつらせた。
…今回は気遣いのない強さだったらしい。

「なんだよ、そういうもん、って。
そうやって自分の考えしっかり持ってないから、いつも流されんだよ。

どうせ『誰かがそう言ってたから』そういうもんかなって思ってるだけだろが。
他人の価値観に流されてんじゃねぇよ。

じゃ、俺たちは今まさにそういう目でオマエを見てると思ってる?
もしそうなら、オマエもうとっくに襲われてるんじゃないの?

あ。むしろオマエが俺たちをそういう目で見てんの?

一緒にいて楽しいって昨日言ってたけど、それでもやっぱ、男と女で仲良くすんのはあり得ないから、今までみたいにまた関係断って離れた方がいいって思ってんの?」

言い返す間を与えまいとしているかのように、幸一は一息で言い切った。
佳帆は何も言い返せずにぐっ、とうつむいた。

男と女。確かに、俺は男だけど、そこに女がいたからって絶対にその人を好きになるわけじゃない。

実際、俺が付き合った女性はみんな、自分から好きになったわけじゃない。
すれ違う女性みんなを性的な目で見てるわけじゃないし、そんなの変態だ。

恋仲にならない異性がいる。

同性でも友人ばかりじゃない。
同性で恋に落ちることだってある。

なら、異性の友人だって、何もおかしなことじゃない。

なのに、何でか、男女の友情は成立しないと考えるのが一般論。

俺だって上半身裸の幸一を見た時点で、反射的にそういう行為をしようとしてると思ってしまった。もし佳帆が男だったとしたら、上半身裸の幸一を見ても止めようとは思わなかったはずだ。
だから俺も、その一般論に流されているところはある。

真っ向から「男女は恋愛・肉体関係だけじゃない」と断言できるのは、ある意味、自分に好意を寄せた女性とたくさん付き合ってみた幸一だからこそ言える言葉なのかもしれない。

…くそ。かっこいい。

佳帆は手に持ったコーヒーカップの中をじっと見つめながら、うじうじと唇を尖らせた。

「そりゃ…そりゃ、関係断つのは、寂しいよ。

みんなと、仲良く出来た方が…いい。

…けど…」


…けど。

”やっぱり、無理だよ”


そう言いたいんだろう。

佳帆は、せっかくまた会えたのに、こうやって今一緒にいるのに、またそっと距離を置いて俺たちと離れようとしている。

「…そうやって、”けど”とか言ってさ。
『この歳だし』『男と女だし』『周りから変に思われるし』とか言い訳探して、自分の気持ち置いてけぼりにしようとしてるんじゃないの。

流されて、無理してたから楽しくなかったって言ってたじゃん。
また無理する生活にわざわざ戻る必要ないでしょ」

俺は、思わず佳帆にそう言った。
だってこのまま、また何事もなかったように関係が途絶えるのは寂しいじゃないか。本人同士、別に嫌い合っていないのに、世間体とか一般論を気にして仲良く出来ないなんて、おかしいじゃないか。

普段あまり強く言わない俺までが口を挟んだことで、佳帆は、”けど”の後ろの言葉を思わず飲み込んだ。

「じゃあ、さ」

「男と女でも、恋とか、そういうの抜きでさ。
また…友達として、子どもの頃みたいに仲良くしてもいい?」

ずっとうつむいていた顔を上げた佳帆を見て、男3人で顔を見合わせる。

「―当然でしょ?」

示し合わせたように、3人の声が揃った。

佳帆は少し照れくさそうに、それを聞いて笑った。




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