君待ちの星霜 第5話
ひとつ前
”らしさ”
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しゃがみこんで地面を見つめたまま、佳帆が小さな声でつぶやく。
「…かわいいって言われるの、私が嫌がってたこと。
優太、ちゃんと覚えてたんだね」
「そりゃ、本当に嫌がってたもん。
かわいいって言ったら泣いて怒るからさ、俺も幸一も智やんも…実は言葉選びに気を使ってたんだよ。知ってた?」
「…知らなかった」
髪を伸ばしなさいと親に何度言われても、佳帆は何度でも髪を短く切り直した。それを見て、相当長い髪が嫌なんだなと思っていた。
「…どうして、かわいいって言われるのが嫌だったのか。
考えてたんだけど…
私、小さい頃から『女らしくしなさい』って言われるのが嫌だったんだ。大人が『女らしくする』っていうことの意味が、髪をきれいにすることだとか、スカートをはいたり、女の子同士でおままごとをしたりすることだったから。
髪を縛ったら痛いし。
スカートよりズボンが好きだったし。
女の子とするおままごとより男の子とする鬼ごっこが好きだった。
女らしくすることは、私がしたくないことばっかりだった。
なのに、私がしたくないことをしてるときほど、大人は私をかわいいって言って褒めた。
小学校の入学式でさ…
ワンピース着て髪の毛編み込みにしてたこと、覚えてる?」
俺は静かに頷いた。
幸一が「おー。かわいくしてんじゃん」と言った瞬間、佳帆は大声で『かわいいなんて言わないで!!!』と怒鳴って泣いた。俺たちは、何に対して佳帆が怒ったのか全然わからなかった。
「あの日。幸一からかわいいって言われて、心がザワザワした。
特に優太たちには、あの日の私を、認めてほしくなかった」
男にはわからない”女らしく”あることの苦しみ。
ただ、男には男で”男らしく”しろと周りに言われることもある。
でも、その”らしさ”というものは、実は誰が決めたことなのかよくわからない。
「小学校まではまだ良かった。でも、中学校に入って、制服で毎日スカートをはくようになって…
優太も、幸一も、智やんも…少しずつ声が低くなって、背が高くなって…
私も、体つきが変わったり…他にも…色々…。
そうやってハッキリ分かれていったら、私は上手に”したくないこと”から逆らえなくなっていった。
ほんとは嫌なのに嫌って言えずに流されて。
流された自分を認めたくなくて、ひたすら言い訳しながら生きてきた。
”かわいい”は…私が認めたくない自分を周りが勝手に認めちゃう言葉みたいで、何だかずっと怖かった」
「…じゃ、今、かわいいって言われたいと思えたのは…
佳帆が認めてもいい自分になれた、ってこと?」
「…そうかも。なんかね、吹っ切れたっていうか。
したくない髪型なんてやめようって思って、バッサリ切ったら凄くスッキリしたんだよね!これからは自分にうんと正直に生きようと思う」
少し話して気持ちが落ち着いたのか、佳帆は二カッと笑って立ち上がると、俺の隣に座った。
髪を切ったからなおのこと、笑う顔に子どもの頃の面影がある。再会してから今まではこどものころのようには笑えていなかった事もあるのかもしれない。
”女らしい”仕草をしなければと、行動のひとつひとつに重りが付いていたのかも知れない。
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「俺が、佳帆を好きなのはさ、佳帆が女だからじゃないから。
佳帆だから好きなんだよ。
正直に生きるなんて、最高じゃん。
”女らしい”ことより”自分らしい”ことの方がよっぽど大事」
佳帆は横目でこっちを見て「うん」と頷いた。
「でもさ、自分らしいってなんだろうね。
女らしさってある意味凄くわかりやすいけど、私らしさ…っていうのは、全然わかんないよ」
「そうだなぁ…。
笑いたいときに、笑って、
怒りたい時に、怒って。
着たい服を着たいように着て、好きなものは、好きって言うこと。
佳帆が…ずっと我慢してたことをやりたいようにやってれば、自然と佳帆らしさって出てくるような気がするけどね」
その言葉を聞いて、佳帆は少しむくれてぼやいた。
「笑いたい時に笑うとか、怒りたい時に怒るとか。
そんなの全部当たり前のことじゃん。
自分らしさってさー、そんな簡単なものじゃないでしょ」
俺は、そんな佳帆をじろりと見た。
いじめられても笑ったり。
言いたいこと言えないで腹に溜めて後から泣いたり。
君はそれをずっと出来てなかったんじゃないか。
そんな簡単なことが。
「ねぇ、佳帆…
佳帆はさ、ずっと周りを気にし過ぎてそんな簡単な事すら出来てなかったことに気付いてる?
もう、誰に何を言われても、好きにやりなよ。
大丈夫だから。周りをもう気にしなくていい。
俺が全部見ててやるから。
佳帆がどんな髪型にしようが、どんな服を着ようが…
俺はいつでも、どんな佳帆にも”かわいい”って言ってやる」
そう言った瞬間、佳帆は目を見開いて軽く咳き込んだかと思うと、俺に背を向けて身体をちぢこめた。
「そそ、そんな、よくそんな、恥ずかしいセリフを真顔で言えるよね…」
照れる小さな背中すら愛おしかった。
ずっとそばにいたいと思った。
「恥ずかしくなんかないよ。
思ってることを言っただけだから」
俺はそう言って、小さな背中を後ろから抱きしめた。
いちばん大切なもの
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抱きしめられた佳帆は、少しビクッと跳ねるとそのまま身体を固くした。
けど、前みたいにジタバタと慌てる事もなく、小声で小さく「…思ってることを伝えることが…恥ずかしいんじゃん」と呟いた。
そして、抱きしめた俺の手に両手を添えて軽く握る。
「でも。ちゃんと伝えないと、伝わらないんだよね。きっと…」
ゆっくり言葉を選ぶ佳帆を待つように俺は目を閉じた。
「優太が私を好きになってくれたこと、本当に嬉しかった。
”付き合う”ってなっても、今まで通り変わらず接してくれたから楽だった。
怖がってる私を待ってくれて…
無理に踏み込んで来ないでくれて…
ありがとう。
私は、ずっとやりたくないことをしてきたから、自分を大切にできなかったのかも知れない。
でも…優太が私を大切に想ってくれてること、伝わってきて。
私も優太のこと大切にしないといけないって思ったし、優太に大切にしてもらえる自分を、大切にしないといけないと思った。
…そういうの、子どもの頃は当たり前だった気がする。
いつの間に失くしてたんだろう。
でも、優太のおかげで…全部思い出せた」
言葉の端々に、ふふ、と小さな笑いを含みながら佳帆はゆっくり話した。
…自分自身の声を聴くことが”自分を大切にすること”だとしたら。
好きな髪型も、遊びたい相手と遊ぶことも、着たい服を着ることも否定されて…
望まれたことをやったときだけ、肯定される。
小さな頃からそれがずっと当たり前に積み重なったのだとしたら。
他者の言葉に流されることは、もしかしたら当然のことだったかも知れない。
いつも人に流されていた佳帆の処世術。
それは、自分の声を聴かないこと。
声をあげることすら、諦めること。
聞き入れてもらえないことがわかると、人は、いつしか声をあげることを諦めるものだ。
本当は俺や、幸一や智やんがその声を聞けたら良かったのかもしれない。
でも俺たちは気づかなかった。いや、佳帆が気づかせないようにしていた。
それはきっと、性別の違いが大きかった。
思春期の佳帆は…男である俺たちに、自分の悩みを吐き出すことは、きっとできなかった。
あの頃の佳帆にとって俺たちは、一緒にいたら返って辛い存在になっていたのだと思う。
ひとり離れることを決めた当時の佳帆の気持ちを思うと、ただ寂しいとしか思わずにいた自分の能天気さが浅ましい。
でも、俺と付き合ったことで、また佳帆の中にある自分自身が声をあげるようになれたのなら。
子どもの頃のように、笑えるようになれたのなら…
こんな嬉しいことはない。
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俺は抱きしめていた腕に少し力をこめて身体をよせると、佳帆の肩に自分の顎を添えた。
そして小さく「良かった…嬉しい。ありがとう」と囁く。
佳帆は身体をビクッとちぢこめて、抱きしめていた腕を振りほどいて立ち上がった。
振りほどかれた手は行き場なく天を仰いだ。
突然手を振りほどかれた事に驚いて呆然としていると、佳帆が何かを思い出したように大きな声で話しだした。
「…あのさっ!?!
今日の夜、幸一と智やんと一緒にパスタ食べに行くじゃん?幸一入籍したし、お祝い、渡したほうがいいかもって思ってた!!の!!
…だっ、だから買い物…!!行かなきゃ!!!!ね!!」
せっかく改めて恋人として堂々とくっつけるその甘い時間を、もう少し堪能したかった。そんな本音が思わず「えぇー…」という小さな声に漏れ出した。
その小さな声を聞いた佳帆はさらに慌てて「何がいいかなぁ」と視線を空に彷徨わせた。明らかに動揺している。
俺は口を尖らせて「…別に、お祝いなんてカエルの置物とかでいいんだよ」とぼやいて立ち上がる。お祝いなんてどうでもいいと思った結果、なんとなくカエルって言ってみただけだったのだが…佳帆にとっては何だかそれが気になる単語だったらしい。
「…っカエル?!か、カエル…?幸一、カエル好きだっけ…」と小声でブツブツ言いながら考え込んでいる佳帆の手を横からさらうと、互い違いに指を絡ませた。
「ふぁ!!!!」
今までと違う手の繋ぎ方に佳帆がまた身体をビクッとさせる。
佳帆は指を開いたり閉じたりしてしばらく迷っていたけれど、意を決したように目をぎゅっと閉じて手を握り返してきた。
「…あー…いちいちかわいい」
そう言って佳帆の顔を覗き込む。
慌てて佳帆は空いた手で顔を隠した。
「…恥ずかしいから、もう、かわいいって言わないでいい…」
「いやだ。めっちゃ言う。事あるごとに言う」
「ううぅ…
あのさ…この手は…いつまでこうやって繋ぐものなの?
…なんかもうさっきからドキドキしすぎて…手汗もすごいし…」
しどろもどろになっている佳帆に俺は意地悪に笑って、言った。
「今日はずっと繋いでるつもりだけど。
もう”両思い”だもん、”恋人”ってことで。いいでしょ」
「むっ、むりむり…!心臓がどうにかなる…!!!」
佳帆は手をブンブン振って、繋いだ手を離そうとした。
俺はむしろその手を固く握りしめて笑った。
「買い物、行こっか」
「へ、あ、そ、そうだね…!
カエル!カエルを買うんだったよね」
別にカエルである必要はないのだけど…佳帆の中ではもう『今日は絶対カエルを買う』ことになってしまっていたらしい。
それぞれの気持ち
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「……カエル?なんで?」
夜。ファミレスのテーブルで幸一は佳帆から受け取った包みを開いて言った。まぁ、そりゃそう言うよな。
パニックになりながら佳帆が選んだカエルは、ウエディングドレスを来たカエルとタキシードを着たカエルが腕を組んだものだった。案外結婚祝いっぽいアイテムではある。
「まぁ…サンキューな。」
幸一は迷惑がるかと思ったけど、まんざらでもない顔をした。
その様子を見て智やんが「悪い、俺そういうの考えてなかったわ」と言った。それを見て佳帆が「ごごごめん!!!変な流れを作った!」と慌て、俺はそれを見てまたニヤニヤする。
「お祝いは、したいやつだけがすればいいの。こうやって一緒に飯を食って頂けるだけで俺は十分です」
幸一が丁寧に智やんに頭を下げた。
こんな事はめったにない。
虚を突かれた顔をして智やんが言う。
「そもそも幸一から飯誘ってくるっていうことが珍しいんだよな…。
大抵、遊ぼうとか言い出すのって優太だったから。何かあったん?」
幸一はパスタを一口頬張り、さほど噛まずに飲み込むと
「…なんとなく、こういう時間がこの先取れなくなっていく気がして…寂しくなったんだよ」と目を伏せた。
「寂しくなった!?」「幸一が?」
俺と佳帆がほぼ同時に驚いた声を出すと、幸一は向かい合う俺たちの顔を睨み、かろうじて口角だけ上げた。
「…何か、問題でも?」
俺と佳帆は素早く両手を頬に添え、顔を横に振る。
いつも幸一にひねられるのは俺か佳帆で、智やんが頬をつねられることは殆どない。もはや本能レベルの防御だ。
3人のやり取りを見てうっすら目を細めた智やんが「…わかるよ」と言った。
「今の状況で寂しいなんて思ってんのは俺だけだと思ってたし、一人をあえて選んでるような俺は言っちゃいけないと思ってたけど」
智やんは昔から本当に、恋愛というものに興味がない。
だからと言って俺みたいに、誰かに恋人が出来たときにむくれて機嫌を悪くしたりもしない。いつも冷静で、それでいてスマートで、あまり感情的になることはなかった。
一人であることに何の迷いもないんだろうし、一人でいることが好きなんだろうと思っていた。俺はいつも誰かと繋がっていたい方だから、孤独を愛するような智やんのそういうスタンスに少し憧れすら感じていた。
…だから正直、智やんが寂しいと言ったことに驚いた。
「俺は、さ。
本当に、不思議なほど恋愛したいって思えないんだよ。彼女欲しいとか思ったことないし…ひとりでいる時間、好きだし。恋人いるやつを羨ましいとも思わない。
だからって、いつでもひとりがいいわけでもないんだよな。
でも自分からはなかなか言えなくてさ。正直…声かけてくれるの待ってるとこもある。
幸一が結婚したのも、優太と佳帆が付き合ったのも。
素直に嬉しいよ。ただ…」
智やんは自分の前にあるパスタにフォークを突き刺すと、手持ち無沙汰にぐるぐると回した。言葉を探しているうちに巻き付くパスタは大きな塊になっていたが、それでもなお、智やんは無心でフォークを回す。
「それぞれが、結婚していったら…
恋人とか家族と一緒に過ごす時間の方が優先になって…
友達付き合いなんてのは…きっと。
…おざなりに、なっていくだろ。
さみしいよな…そうゆうの」
惰性で回すフォークを虚ろな目で見つめながら、智やんは卑屈な笑いを浮かべてうつむいた。
…らしくない。
俺の中で…智やんはいつも冷静で、かっこよかった。
こんな笑い方をして、落ち込んだ素振りを見せるやつじゃなかった。
…でも、俺はむしろ嬉しかった。
ふーーー、と長く息を吐いて智やんが言う。
「優太ってさ、いつも思ったことが態度に出るし、何なら言うだろ…すごいよなー。
俺はこれっぽっち言葉にするだけで、もーいっぱいいっぱいだ。
慣れない事するもんじゃないね。
幸一がガラにもなく寂しいなんて言うから、つい…な」
智やんは照れ隠しのように、限界まで巻き付いたパスタを一口で口に詰め込んだ。まさかその量が小ぶりな智やんの口に収まると思わず、ちょっと驚いた。
いつも感情が表に出ない智やんをカッコいいと俺は思っていたのに、智やんは逆に感情むき出しな俺を凄いと思う。
わからないものだ。
「智やん…そんな風に思ってたんだ」
俺が思わず漏らすと、幸一も「…新しい一面見たな」と呟いた。
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智やんは頬をパンパンにして、自分の気持ちを吐露したことへの恥ずかしさなのか、窓の外に目をやって気まずそうにしていた。
俺も幸一も、そんな不器用な智やんの一面を初めて見た事もあって、なんて声を掛けていいのかわからなかった。
「あのさっ、智やん。
私は、恋人も友達も、どっちも大事だと思ってるよ…」
そんな沈黙を、佳帆が破った。
外を見ていた智やんがハッとしたように佳帆を見る。
少し目が潤んでいるように見えた。それを悟られまいとするように何事もない顔をして智やんは水を手に取り、口に含むと口の中のものを少しずつ飲み込んだ。
「…いや、その…
男と女の友情なんて無理だって諦めて、勝手に断ち切ろうとして…
みんなに説教された私が、言うことじゃないかもしれないけど…
今の、私は。男女の友情は無理じゃないと思ってるから」
友達再開した、あの日。
自信なさげに「男と女で友情なんて」と言っていた、あのときの佳帆とは全然違っていた。
自分に正直に生きようと決めたらこんなにも強くなれるのかと、そう思わせるほどに、強い意志を持った顔だった。
「智やんが私に言ったんだからね。
”もっと自分に正直に生きた方がいいんじゃないの”って。
智やんだってそうだよ。
自分に正直になっていいんだよ。
寂しいなら、寂しいって思った時いつでも言ったらいいんだよ。
言われなきゃわかんないんだから。
言わなきゃ、伝わらないんだから…。
もし、智やんが寂しいって言うなら…
私は絶対おざなりになんてしない。
優太だって、幸一だって、そうでしょ」
俺は智やんを見ながら笑って、静かにうなずいた。
智やんは、どこを見ていいのかわからないと言った感じで、ゆらゆらとテーブルの中央のあたりで視線を彷徨わせていた。
幸一はニヤリと笑って「…ま、約束したしな、幼稚園のとき」と言った。
幼稚園の頃の約束?
幸一以外の3人は、キョトンとして幸一を見た。
やくそくだよ
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「…え?誰も覚えてない?4人で指切りしたやつ」
幸一は3人の顔を順に見て言った。
正直…幼稚園の頃の記憶なんて、ほとんど曖昧だ。
「園庭で遊んでるとき、佳帆が、みんなとずっと仲良しでいたいって言い出してさ…結婚だとふたりでしか出来ないから、別に結婚じゃなくてみんなで指切りしたらいいじゃんって…砂場んトコでさ…」
ゴニョゴニョ話しながら、幸一は手で口元を覆った。
「…や、ちょっと待って…こんな、ガキの頃の約束しっかり覚えてんのが俺だけとかめっちゃ恥ずかしいんだけど…
もしかしてそんな約束してなかった?俺の妄想?これ」
戸惑う幸一に、含み笑いをして「覚えてるよ」と智やんが言った。
「そのとき優太が佳帆にプロポーズして、二人が婚約したことなら」
その言葉に、えっ、と佳帆がうろたえた。
そんなことあったっけ?と俺の方を見てきた。
俺は咄嗟に目をそらした。
「…とにかく、あのとき約束したんだよ。俺たちは。
ずーっと、仲良くしようぜって」
幸一が、鼻の下をポリポリとかきながら言う。
照れたとき鼻の下を触るクセは、小さな頃からずっと変わらない。
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「…つーわけで、約束破るやつがいたら…俺が針千本、口に突っ込みに行くから」
幸一が言うと本当にやりそうで怖い。
同じことを思ったのか、佳帆が「ねぇ…私、破りかけてたよ…?約束なんて忘れてたしさぁ…死ぬとこだった…」と怯えた顔をする。
一連の流れに、智やんが思わず吹き出した。
「仲良くするって約束を破ったら死ぬなんて、最高の大義名分だな。
ありがたく…ずっと仲良くさせてもらうわ」
俺も、幸一が結婚すると決まったとき。佳帆が婚活しているとき。
誰かが結婚したら、この関係は崩れるのだろうと思っていた。
智やんが言っていたように、友情は、恋愛や家族愛には勝てないのだと。
だから寂しいと思ったし、友達の幸福を素直に祝えなかった。
でも、友達が誰かと恋をしても、家族を作っても。
それでもなお、つながりが確固として残るのだとしたら何を寂しがる事があるだろう。
幸一は一番最初に結婚という形で仲間の輪を抜けるような気持ちになって、改めてそれを確認したくて、今日のこの時間を作ったのかも知れない。
智やんが笑うのにつられて、俺も笑った。
「この先、きっとお互い環境変わっていくだろうけど…それでも仲良くしようよ。
死にたくないし、ね」
幸一が智やんと俺を見て、満足げな顔をした。
「…では、諸君。この先も、この約束は遂行するってことでよろしく」
佳帆も笑い、親指を立てると「了解」と言った。




4人で過ごすその時間は、多分、数十年前と何も変わらなかった。
きっとこの先も…変わらずにあってくれるのだと、思う。
エピローグ
「4人で約束したこと…私、全然覚えてなかったよ」
食事を終えて、家まで送る帰り道。
佳帆が笑いながら言った。
「ああいうのしっかり覚えてるの、幸一らしいよね。
どっか情に厚いっていうか、真面目っていうか」
俺が返すと、佳帆は「わかる」と笑った。
幸一が話した約束の場面と、微かに引き出された記憶。
――――――
「ねぇ、おとーさん。
なんでおとーさんとおかーさんはおそろいのユビワをしてるの?」
「ん?この指輪は結婚指輪って言ってね…
もし離れていても、この指輪を見ることでお父さんはお母さんの事を思い出せるし、お母さんもお父さんの事を思い出せるんだよ。
これは、いつでも、いつまでもずっと仲良しだよって約束の証」
「ユビワでやくそくぅ!
カッコいー!」
「…お父さんは死ぬまで約束を守るつもりだよ。
優太もそういう約束出来る相手と結婚するんだぞ」
「うんっ!!」
――――――――
「守らなきゃ、針千本…か」
俺がぽつりと呟いたのを聞いて、佳帆が俺の方を見て笑う。
「大丈夫だよ、ちゃんと、約束守るから」
指を絡ませて手を繋ぐ事に、佳帆はもうすっかり慣れたらしい。
暗い道を手を繋いで歩く。佳帆のアパートが見えてきた。
俺は繋いでいた右手を一回離して、佳帆の左手薬指に微かに触れた。
「…ずっと仲良しの約束、だよ?」
「うん」
「…俺も…守る」
―――本当に好きだと思った人と結婚するのが一番いいのよ――
俺は結婚を単なる人生のステータスのようなものだと思っていた。
だから周りから結婚結婚と言われる度に意固地になった。
佳帆が婚活を頑張る度に、なんで婚活なんてするんだ、と思っていた。
―――俺は、結婚は、自分が本当にしたいと思った相手とするもんだと思ってる―――
しなければいけないと思ってする結婚なら、する必要なんてないと思っていた。
そして…結婚したいと思う日なんて、どうせ来ることもないと思っていた。
でも、結婚は単なるステータスなんかじゃない。
「…優太」
アパートの階段を先にのぼっていた佳帆が振り向いた。
「なに?」
階段の途中で突然振り返ってくると思わずに戸惑った瞬間…佳帆は俺の肩に手を置いて、一瞬だけ唇を重ねてきた。
「…へへ。お昼の、不意打ちの、お返し」
そう言うと、恥ずかしそうに自分の部屋の前に走っていった。
…くそ。それは反則だろ。
俺は、一瞬固まってしまった時間を追いかけるように大股で佳帆を追いかけ、部屋の扉の前でカバンの中の鍵を探している肩を掴むと少し強引に口づけを返した。
カバンから出しかけていた鍵が地面で音を立てる。
このまま、ずっと一緒にいたい。離れたくない。
唇を離したあと、強く抱きしめたときに佳帆が震えた声で言う。
「ごめん…優太、さすがに今”家に上がってく?”とか言えるほど、さすがに、私、まだ、心の準備とか、できてなくて」
俺は、ふふ、と苦笑した。
「また待つのかぁ」
佳帆が俺の背中に優しく手を回した。
「…いつも、待たせてばっかでごめんね…」
「平気。慣れてる」
―俺の恋は、相手が自分を好きになって始まり、相手が自分以外を好きになって終わる。
そんな恋の仕方は、もう終わりだ。
――――
「ね、ケッコンって、なかよしのひととするんでしょ?
じゃあ、わたし、みんなとケッコンしたいな」
「あはは、かほちゃん。ケッコンはひとりとしかできないよ」
「…えー?そうなの?ひとりになんてきめられないよ…」
「あのね!ぼく、かほちゃんとケッコンしたい!!」
「あはは、そうなの?
じゃ、わたし、ゆうたとけっこんすることにしよ」
「ぜったいね!?
おとなになったら、やくそくのゆびわプレゼントする!
まっててね」
――――
小さい頃から当たり前に、どんな時も。
いつも俺が君を待っていたと思っていたけど…
僕も君を待たせていたんだ。
成長したら忘れてしまうような…とても大切な、小さな頃の約束。

**
最後までお読みいただきありがとうございました。
こちらの小説は、元々マンガで描いた作品をメインキャラを変えて小説化したものです。佳帆視点のマンガはこちらから読めます。
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