君待ちの星霜 第3話
ひとつ前はこちらから。
10年越しの
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近くのコンビニに行って、缶コーヒーを買った。
いつもなら甘いカフェオレを飲むのだけど…
今日はあえて、めいいっぱい苦そうなやつにした。
「…苦」
砂糖もミルクも入っていないコーヒーを一息で飲み干し、ため息をつく。
このままほっといたら、きっとまた自然に連絡を取らなくなるだろう。
せっかく同窓会で再会してまた仲良くなれたのに。
…俺、なんであんなこと言ってしまったんだろう。
男と女で友達として遊ぶなんて無理だと言っていた佳帆が、せっかくまた友達に戻りたいと言ってくれたのに。
”友達として”仲良くすること”を望んだ佳帆に『付き合おう』なんて。
そんな言葉望んでいたはずがなかった。
わかってたんだ。わかってたはずだった。
ここのところずっと腹の底に沈み込んでいたモヤモヤが、止める間もなく言葉になってすべて飛び出してしまった気がした。
空き缶を近くのゴミ箱に向けて投げる。
缶は、ゴミ箱の縁に当たって外側に転げ落ちた。
転げ落ちた缶を拾おうとゴミ箱の横で屈み込んだとき、こらえていた虚しさが弾け飛んでそのまま立ち上がれなくなった。
「…ちくしょ…」
何年も見ないようにしていた、虚しさ。
小学校の入学式。「かわいい」と言われた佳帆は、その言葉を泣いて嫌がった。何が嫌なのかわからなかったけど、悲しむところは見たくないと思った。
なのに、俺はそのあと、髪を切った佳帆を泣かせてしまった。
何で泣いたのかわからなかった。
きっと余計な事を言ってしまったのだろう。
中学のとき、靴に画鋲を詰められても、大丈夫と佳帆は笑った。
その笑顔を守りたいと思った。
でも、結局、最後に佳帆を守ったのは幸一だった。
出来ることがあるならしたいと思った。
でも、いつも俺は無力だった。
小さな頃からずっと当たり前に近くにいたから、これからもずっと当たり前に近くにいると思っていた。
近くにいるかぎり、いつか自分が何かしてあげられるはずだと。
でも、佳帆はアッサリと俺たちと離れる選択をした。
高校が変わっても、遠く離れても。きっと連絡をくれると思っていた。
でも、そのまま関係は途切れてしまった。
俺は、別に必要とされてなかったんだ。
…俺だけだったんだ。
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自分の気持ちに気づくのがあまりに遅すぎた。
一番最悪なタイミングで俺の口から出て来た言葉。
それは、本当は10年以上前に伝えたかった言葉。
臆病だった俺はその言葉も言えずに、その気持ちに気づかないようにして過ごしてきた。
離れたあとも必要とされていなかった事実を認めないようにしてきた。
『私のことを好きな人がいい』
去年フラレたときに言われた言葉の意味を理解した。
俺はきっと、無意識に心の片隅にずっと佳帆の存在を置いていた。
そのとき目の前にいる人が別な女性であるときですら、何年経っても、未練がましく。
婚活なんてしてほしくなかった。
彼氏なんて作ってほしくなかった。
結婚なんてしてほしくなかった。
他の男の前で笑ってほしくなかった。
俺の手が届かないところで泣いてほしくなかった。
ただ一緒にいたかった。
笑顔を見ていたかった。
俺は。
いつからなんて思い出せないぐらいずっと前から、きっと。
佳帆のことが好きだったんだ。
ただ当たり前に、隣にいたかった。
スマホを取り出して、佳帆の番号を出す。
このまま、ただ、また関係が途絶えてしまったら。
もう絶対に戻ることはないだろう。
「…出ない、よな」
コール音が虚しく耳の奥に届く。
目をつぶってコール音を数えた。
10回…いや、20回コールして、出なかったら…
”そういうこと”だ。
自分に、そう、言い聞かせた。
いつもの場所
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5回めのコール。
…プツ、と、コール音が途絶えて「もしもし」という声がした。
心臓が跳ね上がった。
思わずはっ、と、小さく息を吐き出す。
絶対に、出てくれないと思っていた。
「…出てくれて、ありがとう」と伝えたあと、次の言葉がしばらく出てこなかった。
「……もう少し、話をさせてほしい」
付き合えなくていい、友だちでいい。
このまま関係が途絶えることだけは嫌だった。
佳帆は、小さな声で「うん」と答えた。
その答えに、少しだけ安堵する。
切れそうな糸が切れないように、そっとたぐるように。
慎重に、間違えないように言葉を探す。
「佳帆…今、どこにいる?」
直接会ってちゃんと話したかった。
あまりに無神経だった自分の行動を謝りたかった。
「わたしたちの、”いつもの場所”」
返ってきた答えは、意外な場所だった。
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…いつもの、場所。
三角公園?
なんで、そんなところに。
「家に帰るつもりでバス停にいたら、懐かしい地名行きのバスが来て。
なんかね、小さい頃を思い出して思わず乗っちゃった。
ジャングルジム…なくなったんだね」
三角公園は、最近夜になると不審者が出るなんて話があった。
今の時間は、夕方の5時。
季節柄すっかり空は暗くなっている。
佳帆は自分が女らしくなっている自覚がないのだろうか。
薄暗い公園に女性一人でいることがどんなに危険なことか。
悪い想像に、動悸が早まる。
スマホを耳に当てたまま、すぐそばにあったバス停に駆け寄って時刻表を見た。
次に来る便は、30分後。遅い。待ってられない。
走れば20分…いや、全速力なら、15分で着く。
「…急いで行くから、ブランコのところで待ってて」
返事を聞かずに俺は電話を切った。ポケットに乱暴にスマホを突っ込むと、公園の方向へ駆け出す。大丈夫、俺は元バスケ部だ。あの頃なら、コレぐらいの距離、ノンストップで走れた。
大丈夫、大丈夫…大丈夫。
夢中で走りながら、頭の中で呪文のように繰り返す。
もし佳帆に何かあったら、俺のせいだ。
どうか、何も起こりませんように。
陽が落ちて、薄暗くなっていく道を走る。
心臓がばくばくする。
それが走っていることによるものなのか、不安によるものなのかわからなかったが、数年ぶりに本気で苦しいと思った。
でも、そんなことどうでもよかった。
一秒でも早く、あの場所に辿り着くこと。
それしか考えられなかった。
”いい友達”でいよう
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喉の奥がヒューヒューいい始めた。気力だけで足を運ぶ。
やっぱり現役でバスケやっていた頃と比べたら、圧倒的に体力が落ちていることを実感した。
あともう少し、あの角を曲がったら公園が見える。
角を曲がって公園の入り口からブランコの方向を見た。
外灯に照らされたブランコに、佳帆が座って揺れていた。
全力疾走の負荷ですでにはち切れそうだった心臓が、佳帆の姿を確認してさらに強く打った。まともに息が出来なかった。目の前がチカチカする。
良かった。いてくれて良かった。
大きく息を吸って、吐く。
早く、近くに。
ホッとして、呼吸が整うのと共に腹の底から別な感情がこみ上げる。
なんで…なんで佳帆は、いつも自分を大事にしないんだ…と。
いじめに遭っても笑って、仲良くしたい相手と自ら離れた。
周りが”女なのに男と仲良くするな”と言ったから。
クラスの誰かが、親が。
したくもない婚活をして、楽しくもないデートをした。
しんどくなって泣いてしまうほど嫌なのに、婚活をする理由は、自分自身のためなんかじゃなかった。
周りからの目を気にしたからだ。
そうやって、周りのことばかり大切にしながらこれからも生きていくつもりなんだろうか。
乱れた呼吸の合間に大きく息を吸って「佳帆…!」と名前を叫ぶ。
声に気付いて佳帆がこちらを向いた。
ゆっくりブランコの方へ向かって歩きながら、謝るために会いに来たということもすっかり忘れ、息も絶え絶え声を掛ける。
「佳帆はさ…ほんと昔から…
自分の気持ちはいつも置き去りで…
誰かの顔色ばっか伺ってるようなとこ…あったけど…
結婚するかどうかまで、人の目気にしてるなんてさ…
…ほんと…誰の人生、生きてんだよ…
もっと…自分を大事にしなよ…」
傷つけるような事を言って、離れていった相手を追いかけて。
また会えたと思ったら説教するなんてあまりに大概だ。
それでも、どうしても言いたかった。
「街外れの…暗い公園で…
女ひとりでぼんやりすることも…」
少しずつ歩み寄り、俺は肩で息をしながら佳帆の座るブランコのチェーンに荒々しく両手をかけた。
錆びかけたチェーンが、がちゃん、と音を立てる。
「自分を…大事にしてない行動だって…
わかってる?」
佳帆は目を見開いて、俺の顔をじっと見つめている。
「…優太…」
「佳帆、覚えてる?
俺は…いつもここで、みんなを待つ側だった。
よく思ってたんだ…
一人ぼっちの時間ってさ、余計なこと考えちゃうから…
待つ側より、待たせる側の方がいいって」
俺が…いつも一番最初に公園で待っていたのは。
誰もいない待ち合わせ場所に一人でいることが、寂しい事を知っていたからだ。
待っている人がいてくれる事が嬉しいことを、知っていたからだ。
誰かに寂しい思いをさせるぐらいなら、自分がいつもそれを引き受けたらいいと思っていた。でも、そうじゃなかった。
「でもさ…今も余計なこと考えてた。
待つとか、待たせるとかじゃなかったんだ。
この歳になってようやく知ったよ。
俺がただ単に…小心者なだけ…」
呼吸は落ち着いたが、汗がぼたぼた落ちる。
その汗に混じって、目から涙がこぼれ落ちた。
…何で。
泣いている事を誤魔化したくて俺は顔に懸命に笑顔を貼り付けた。
目の前に佳帆がいる。ずっと張り詰めていた気が抜けていく。
まともに力が入らなかった。
チェーンを掴む手が緩む。そのまま身体を落として膝をついた。
通り雨が過ぎ去った公園の、ブランコの下に出来た水たまり。
ズボンの膝に、じわりと水が染み込んだ。
大きく息を吐いて、頭を下げて涙を隠す。
「あーーー…力、抜けたァ…」
乾いた笑いで、情けない自分を誤魔化した。

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しばらく、どう切り出していいかわからずに俺は佳帆の靴紐をぼんやりと見つめていた。汗と呼吸を少しずつ落ち着けて、拳で汗を拭うフリをしながら涙を拭き取る。
「あー…くっそ…
カッコ悪……」
小さく呟いた。こんなはずじゃなかった。
今日はそんな事ばかり思っている。
「…俺……。
さっき、無神経だったよね。
…………ごめん…」
突然告白してしまったことも、説教してしまったことも、泣いてしまったことも、最後の最後に謝っていることも。
どれもこれもいたたまれなかった。
まともに、佳帆の顔を見られない。本当に、カッコ悪いと思った。
謝ることだって、単なる俺の自己満足でしかないのかもしれない。
傷つけてしまった事実は変わらない。
「…いや…」佳帆が静かに口を開いた。
「ここで、謝るのは…
私でしょ…
勝手に怒って逃げ出して…
優太の言う通り、夜の公園に女一人でいるなんて…危ない…よね。
優太さ…カッコ悪くなんてないよ。
かっこいいよ。
だって、私みたいに逃げ出したりしないで、相手とちゃんと向き合おうとしてるもん」
怒ってはいないことに、少しホッとした。
ただ、交際を拒まれた立場で『かっこいい』なんて言われることは返って苦しいものだ。ただ「…そうかな」と苦笑いするしかなかった。
”付き合おう”と口にしてしまった言葉は、なかったことに出来ないことはわかってはいた。それでも。
「付き合おうって言葉は…忘れてよ。
いい、友だちでいたいからさ」
いい友達。
自分で言いながら、胸が締め付けられるようだった。
友達でいるということは、この先佳帆が誰かと付き合っても、結婚することになっても、それを、表面的には祝福する立場になる。
それでも、どんな形でも。
また関係が途切れてしまうことは嫌だった。
カッコ悪い。カッコ悪い。カッコ悪い。
佳帆がなんて言ってくれようと、今日の俺は、今までの人生で5本の指に入るほどカッコ悪い。
水たまりにどっぷり浸かった膝を起こし、立ち上がろうとしたとき、佳帆が言う。
「ねぇ、優太。
友達としての『好き』と、恋愛感情の『好き』って…
何が違うの…?」
ずっと伏せていた目を、思わず佳帆に向けた。
さっき自分の言葉で締め付けた胸が、更にきつく締まっていく。
友達としての『好き』だけなら、俺はこんなに胸を痛めていない。
どんな違いか、なんて…この胸の痛みだけで説明がつく。
それでも、この痛みは、自分が感じない限りわかることはきっとない。
その質問は、今の自分にとって、あまりに残酷だった。
佳帆がその感情を俺に抱いたことが一度も無かったと、わかってしまう。
「…その違いが…わからないのは…」
友達として、またやっていけるだろうか。
この胸の痛みを抱えて、今までのように笑えるだろうか。
いっそ断ち切ってしまったほうが、俺も佳帆も楽になれるだろうか。
「きっと、まだ、片方しか知らないんだよ。
…両方知ったら…
嫌でも、わかるから」
絞り出すように答えを返しながら、ゆっくり立ち上がって佳帆に背を向ける。気にしていないふりをしようと笑った。上手く笑えていただろうか。
「…帰ろ。
もう暗いし、家まで…送るよ」
水たまりで濡れた膝、滝のようにかいた汗。
夜風が身体を冷やしていく。
冷えていくのは身体だけじゃなかった。
このあと一人になったとき、この冷えたものをどう扱っていいか…俺にはわからなかった。
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次の話はこちら。
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