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読書記録37  すぐ隣にある見知らぬ世界への扉  スティーブン・キング『アウトサイダー』『異能機関』、カルロス・カスタネダ『イクストランへの旅』、夢野久作『死後の恋 夢野久作傑作選』

 本を読みたくない時期に突入している。でも考えてみると、本を読みたい時期なんてあるのかしらん? とも思う。いつも「本を読みたくない」と言いながら、本を読んでいる気がする。ぼくは面倒くさいやつだ。

 国語教師に読書家は少ない。本をたくさん持っている人は多いが、仕事の資料が大半であって、それを楽しみとしている人は少ない……と思う。仕事で読む文章だけで、もうお腹いっぱいになるのだ、きっと。

 で、この年末年始はスティーブン・キング祭り。楽しかった。わくわく、はらはら、どきどき、ひやひやのスティーブン・キングである。あの『シャイニング』のスティーブン・キングである。『スタンド・バイ・ミー』のスティーブン・キングである。

 ことの発端は、本棚から何となく夢野久作の『死後の恋 夢野久作傑作選』とスティーブン・キングの『ゴールデン・ボーイ 恐怖の四季 春夏編』を引っ張り出してきたところにある。どうしてその2冊を引っ張り出してきたのかは知らないが、なんかそういう気分だったのだろう。先に夢野久作を読み始めたが、途中で「違うな」と思ったのだ。いや、夢野久作はいつものように面白いのだ。何が「違う」かというと、次に読むのは『ゴールデン・ボーイ』ではないな、ということだ。

 近くの図書館で『アウトサイダー』と『異能機関』を借りてきた。どちらも上下巻でたっぷりした作りだ。スティーブン・キングは長い方がいい。前者は途中で既に読んだことがあることに気づいたが、気にせず読了した。

 スティーブン・キングの描くアメリカは、日本のマスコミを経由して見るアメリカではない。そこはまだ土の匂いのする土地で、小さな町を出ると砂漠が広がっている。小さな警察署と郵便局、数件の飲食店と飲み屋。住んでいる人はほとんど顔見知りで、大きな事件などここ何年も起こっていない、そんな町だ。

 両作はもちろんホラーでありサスペンスなのだけれど、今回のスティーブン・キング祭りで一番のしみじみを味わったのは、その田舎ぶりだった。

「ニュー・ヨークやロサンジェルスもアメリカなんだけど、アメリカじゃないんだよなぁ」と現地の人が言うのを聞いて、あぁそうだよなと思ったことがある。田舎町と田舎町の間に広大な砂漠が、山岳地帯が、コーン畑が広がる大陸。人は、大陸のほんの小さな部分に住んでいるにすぎないことを日々実感させられている。あの人間以外のものが支配する、だだっ広い空間があってこそがアメリカのリアルで、スティーブン・キングの依って立つところである。

 都市と都市の間に大小の町が存在し、何もない空間などほとんどなくなってしまった日本では、なかなか想像できない。それでも、田舎は田舎で厳然としてある。

 東京や大阪も日本ではあるけれど、実は大多数の日本人はそうではないところで生きている。でも、ぼくらはそのことを忘れがちだ。ニュースの大半は、東京か他の大都市のことだ。地方に住んでいても、それを当たり前のこととして受け入れている。

 やっぱ、おかしいよな。

 いろいろな分断について考える。We are the 99%の時に垣間見えた、新しい世界の連帯の形。ニューヨークで始まった運動が世界に広がった時、国境とは違うもう一つの分断線と連帯の線があらわれた。それは静かに世界に浸透し、今も世界を変えつつあるとぼくは思っている。

 同様に、世界中の田舎町に住む人びとが手を結んで、都市に住む人と戦う(比喩だけどね)日が来るのではないかと、スティーブン・キングを読みながら考える。何もない空間が生む畏怖と想像力が、世界をこんなにも豊かにしている。一方、もので埋め尽くされた都市は、何を生んでいるのだろう?

 さて、もう一冊読んだのはカルロス・カスタネダの3冊目『イクストランへの旅』だ。「観る」ことについて、もう少し考えたくて何度目かの再読になった。気になるところに付箋を貼りながら読むと、付箋だらけの一冊となった。この本については、もう一冊(4冊目『力の話』)読んでから、改めて記録したい。

 あ、同時に読んでいた前述、夢野久作の『死後の恋 夢野久作傑作選』も読了。どれも素晴らしい作品。ぼくは「あやかしの鼓」が好き。『ドグラ・マグラ』も、もちろん面白いが、このような小品も捨てがたい。

 先日届いた『マクトゥーブ』(パウロ・コエーリョ 2024 角川文庫)と冬休みに再読しようと持ち出した『老子』(小川環樹訳注 1973 中央公論社)、そしてカルロス・カスタネダの4冊目『力の話』を、今は同時に読んでいる。

 同じ話を、三人の別の人から聴いているような不思議な感覚に陥る。んっ? もちろん同じ話ではない。大きな池があって、三人がそれぞれの場所で汲んだ水をぼくにすすめてくれる感じ。

 老子のすすめる水ももちろん旨い。
 カスタネダの水も美味しい。
 パウロ・コエーリョの水も味わい深い。

 そんな話は、次の読書記録で。





 読書記録は、ここから始まりました。お暇な時にでも。




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