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9月16日から28日までの読書記録  『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』、『異彩を放て。 「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』、『急に具合が悪くなる』

 うーっ。仕事が詰まっている。緊急案件である志望理由書等の添削は、手元にある分は終えた。これも明日締め切りの外部の問題作成も一応終えて、送付した。小論文の指導のための解答例的なものも書き終えた。

 なのに、東大京大の過去問添削が八通も残っているし、明日の授業の準備もできていない。なのになのに、ぼくはこの原稿を打っている。「馬鹿じゃなかろか?」である。ばかなのだ。防衛機制の逃避だとわかっている。「分かっちゃいるけど、止められない」のだ。

 で、9月16日から28日までの読書記録を。

 「本なんか読んでいる暇があるんだったら、仕事しろよ!」というご注意には耳を貸しません。本を読むために仕事をしているのですからね。主客は、明確です・笑。

 『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(小林せかい著 太田出版 2016)。「未来食堂」については、以前から気になっていたし、ここにも何度か書いた。その店主である小林せかいさんが本を書いていることをこれまで知らず、たまたま教えてくれた方がいてあわてて購入した。もう十年近く前に出されていた一冊。「利他」ウォッチャーとしては、お恥ずかしい限りである。

 小林せかいさんのすっきりした思考が、清々しい一冊だ。小林さんの語る理論が、いちいち極めて理知的で合理的なのだ。「いいことをしている」感が微塵もない。悪く言えば計算ずく、打算的(これは少し違うな)。でも、ウェットなヒューマニズムには、辟易しているのだ、ぼくは。「理知的で合理的な利他」。素敵ではないか!

 「理知的で合理的な利他」の流れで『異彩を放て。 「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』(松田文登・松田崇弥著 新潮社 2022)を読む。2018年に設立された株式会社ヘラルボニーの創業前から2022年までの軌跡が記録されている。最近のヘラルボニーのスピード感には、すさまじいものがあり、ちょっとしたあやうさも感じている。

 でも、それでもね。やっぱり応援したいよね。何よりも、それぞれの作品が素敵だから。欲しいネクタイやシャツもいろいろあるし。これまで作業所の近辺にあるだけだった作品が、さまざまに形を変えて世界中を飛び回る(石破総理がヘラルボニーのネクタイを締めていたり、先日はいとうあさこさんがヘラルボニーを着ていた!)のを、もっと見たい!

 3冊目は『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著 晶文社 2019)。この本が、届いた日の我が家の会話。

 「あれっ、この本読んでなかったっけ?」と、ぼく。
 「読んでたよ。私が読んでていい本だからって言ったら、そのあとで読んでた。そして、いい本だから誰かに貸すって言ってて、それっきり。」と、パートナーのMちゃん。
 「あーっ、やっちまったなぁ。二重の意味でごめんなさい」と、ぼく。
 「本は戻ってきてないし、手元に置いておきたい本だからちょうど良かったよ」と、仏顔のMちゃん。

 もちろん再読する。出会うとはどういうことなのか、時間の「厚み」とはどういうことなのか。一度読んでよかった本は、もちろん再読しても深く刺さるわけで……。

 末期の癌患者である哲学者と社会学者の往復書簡は、互いに誘い合い、もつれ合う。出会いとは、本来こういうものだったはずだなぁとため息をついたりする。

 今の私にはその時間の「厚み」の正体がわかります。私にとってそれは、ラインの中に残された踏み跡の深さです。(p206 磯野)

 偶然を生み出すことが出来たのは、自然発生だけではなく、そこに私たちがいたからです。それぞれに引き出す勇気をもち、偶然を必然として引き受ける覚悟をもって出会えたからです。(p234 宮野)

 こんなにも言葉の溢れるなかを生きているのに、ぼくには「偶然を必然として引き受ける覚悟」も勇気もない。言葉を通して他者を巻き込む覚悟も巻き込まれる勇気もないなぁ。

 うーむ。むむむむむ。

 「言葉を教える」ものの端っこにいる一人として、何だか恥ずかしい。


 ……とりあえず、添削を進めようかな。




 今回も読んでいただき、ありがとうございます。よろしかったら、もう一つ。読書記録33です。


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